11 ムキムキマッチョとレモンパイ
ヴェロニカ先生と聞いたら、女性だろうなと大抵の人はそう思うように、私も女性を想定していたのだが……ヴェロニカ先生はスキンヘッドで見事な喉仏をお持ちのムキムキマッチョだった。
「まっ! ナタリーちゃん! 元気ぃー? 結婚したのよねー! 羨ましいわぁー!!」
クネっとしなを作るヴェロニカ先生を見た私は、ああ……そっちの方か…と思った。
それをめざとく見つけたヴェロニカ先生は、目を見開き驚愕の表情で私を見つめる。
「貴女は……まさかシャロンちゃんなの?」
「ご無沙汰しております……?」
ジャックの教育は行き届いていたが、流石にこのケースは想定されていなかった。固まる私を見て、ナタリーがすかさず取りなす。
「ヴェロニカ先生、髪型変えたからびっくりしましたわ!」
いや……ナタリーよ、そこでは無いのだよ。
私は困ったら微笑んでおけと言う師匠の教えに従った。それを見たヴェロニカ先生は『歳には勝てなかったのよー。ワタシの頭皮』と、笑って良いのかどうかわからない自虐を口にした。
[レモンパイ〜。にャ〜]
ムキムキマッチョに興味がないらしく、ヤマダサンは私にだけ聞こえる音量でレモンパイアピールを繰り返す。
「あら、可愛い子ね!」
「ヴェロニカ先生……カフェでお話しませんか?この子はレモンパイを食べたくてソワソワしているんです」
ヤマダサンは再び私にだけ聞こえる声量で『嬢ちゃん、でかしたゾ。にャ〜』と鳴いた。
カフェへの道すがら、ナタリーはヴェロニカ先生にシャロンの境遇を語る。ヴェロニカ先生はその筋の女性らしく、『まあ!』とか『なんてこと!』とか間の手を入れてくれる乙女の心を持ち合わせたムキムキマッチョであった。何でも、かつては長くて綺麗な金髪をお持ちだったそうだ。
「シャロンちゃんと仲が良かった生徒ねー。一番に浮かぶのはエレノア王妃かしらー」
「シャロン様が断片的に思い出された記憶では、ナバーロ子爵とご学友だったとか……」
「ああ、そういえば……レアンドロ君とも仲良かったわぁ。彼は今はカイエン公爵の所だったかしら?」
「カイエン公爵……国王陛下の兄君ですか?」
「ええ、そう。カイエン公爵付きの騎士よ。長年ご病気で表舞台には出てこられない方だから、社交の場でバッタリ会う機会はなさそうねー」
ヤマダサンと私は、二人の会話を話半分で聞いていた。カフェはもう目の前だ。
「ヴェロニカ先生、お久しぶりです」
カフェには第一王子エリックが優雅に座っていた。そして、彼のテーブルには数冊の本と紅茶が置かれていた。
「あら、エリック殿下。こちらこそご無沙汰しております。今日はどの様な御用向きで?」
ヴェロニカ先生は上品なその筋の女性らしく優雅に笑みを返した。それに応えるように、上品な所作でテーブルへ招くエリック王子はムキムキマッチョの横に並ぶと細身なのが目立つ。
エリック王子が“ガリ”でヴィンセント王子が“ゴリ”だな……。
ヴェロニカ先生は……ムキムキ姐さん……かな?
私はと言えば、そんな様子を見ながら覚えやすいように心の中で呼ぶあだ名を決めた。ヴェロニカ先生と私は王子と同席し、ナタリーが後ろに控えた。
ヤマダサンはすかさず私の膝の上に飛び乗り、『嬢ちゃん、レモンパイ。レモンパイを頼むんダ。にャ〜』と言うと王子が目を向ける前に視界に入らないよう屈んだ。
「もうすぐ外交で隣国へ向かいますので、少々隣国の情勢を勉強し直したくて本を借りておりました」
エリック王子はそう言うと、紅茶を口にする。
誰が頼んだでもないが、いつの間にか人数分の紅茶が運ばれる。私はレモンパイが欲しいとどうやって切り出すか考えていた。
お菓子が数種類運ばれて来ると、ヴェロニカ先生が『子猫ちゃんお目当てのレモンパイをいただきましょうか』と言い、ヤマダサンと私の好感度を一気に爆上がりさせたのだった。




