10 道を歩けば王子に当たる
王立学園は、正式名をローランド王立学園という。大昔に魔獣が跋扈していた頃に建造された堅牢な城砦を基に、教育に力を入れた時代のアルブス国王が設立した学校である。主にやんごとない地位にある人々の子息子女が通う学舎だが、稀にそうでもない出自の生徒を迎え入れる事がある……らしい。
レモンパイを食す為、王立学園へ行く事にしたヤマダサンと私……そして、護衛のナタリー。徒歩で行くには少々遠く、魔獣に乗っての移動を私がやんわりと断ったので、ナタリーは馬車を呼ぶ事なく、乗合馬車を使うと言う。伯爵家から馬車を呼ぶと、そのまま私が誘拐される可能性があるだろう……と、それなりの理由であった。
目立たないようにとナタリーの服を着せられたのだが、何だか服に着られている感が拭えない。魔法を扱えるヤマダサンを肌身離さず抱いて移動するようにナタリーに言い含められたのだが、何だか目立っている事がわかる。
見られてる……
馬車に乗る前から好奇の目に晒され、ヤマダサンの後頭部に頬を擦り寄せ癒しを求めた。今思えば、それが世の猫好きの心を鷲掴みにする所作である事など露ほども知らなかった。
ようやく乗った幌の無い乗合馬車は、最初こそ混み合っていたが、一人、また一人と降りて行き、街中を抜けてのどかな田園風景が広がった頃には二人と一匹の他に乗客はいなくなったのであった。
「ナタリーは毎日馬車で通ったの?」
「いいえ、私は学生寮に入りました。通学には少し時間がかかりますから」
「私もそうだったのかしら?」
私からの問いにナタリーは『はい、そうでしたよ』と答え、遠くの空を眺めた。
ナタリーはシャロンの記憶が戻るきっかけになればと期待していたが、本人は遠足気分だ。
レモンパイ……普通の色だと良いなー。
馬車で揺られる事一刻半程であろうか、目の前に巨大な建造物が目に入る。
私が思わず感嘆の声をあげたところでヤマダサンが目を覚ました。レモンパイはもうすぐである。
「そういえば……学園内は自由に入れるものですか?」
ナタリーに今更だと思いながらも訊いてみたところ、ヴェロニカ先生に連絡を入れたと言う。いつの間にやらである。
「守衛に止められた時用に卒業証書や制服なども持って参りました」
「制服……ですか?」
「はい」
制服の用途が思いつかないのだが、ナタリーの自信満々な雰囲気に、曖昧に相槌を打つ事にした。結局のところ、ナタリーの準備した品々は使われなかった。
「貴女は、ヴァレンタイン伯爵令嬢……ですか?」
そう声をかけたのは、以前ヴァレンタイン伯爵を見舞いにやってきた第一王子エリックだった。王家の馬車で門前に乗りつけた第一王子は、剥き出しの乗合馬車に揺られる乗客から私を見つけ出したのだった。
「先日はありがとうございました。殿下」
私はジャック仕込みの美しい所作で挨拶をする。流石にヤマダサンからは手を離した。
第一王子は、柔らかい笑みを浮かべ『お元気そうで何よりです』と答える。
「王立学園に御用ですか?」
「恐れながら……シャロン様の記憶を取り戻すお役に立つかと、オーウェン先生とお会いする予定にございます」
レモンパイを食べに来たと私が言う前に、ナタリーがシャロンの後ろからエリックに応えた。ヤマダサンは私の足元で『にャ〜』とわざとらしく急かしている。前回王子に会った時の設定を覚えていたらしく、猫として振舞う気のようだ。
「成程……少し寄り道しますが、よろしければ帰りは伯爵家までお送りましょう」
エリックは柔和な笑みを絶やさずそう言うと、私の手を取り『もしかしたら記憶を取り戻す役に立つかも知れませんから』と続けたのだった。




