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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
2 シャロン嬢社会復帰への道
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8 鉛白の魔術師

 一夜明け、私とヤマダサンは再びヴァレンタイン伯爵の執務室を訪れていた。もう少しわかる事が伯爵の部屋にまだ眠っている事を期待して……である。

 結局昨日はジャックと約束していたマナー講座の時間が迫り、探索を切り上げた為、翌日に仕切り直したという一人と一匹だ。ジャックの講座を終えて、記憶が鮮明なうちにと視えたものを絵にしていた私は朝から若干寝不足だった。そこへナタリーの乗馬講座が開かれ、終わった頃には胸焼けがしていた。


 乗馬って言うから馬に乗ると思っていたのに……


 ヴァレンタイン伯爵家には馬がいなかった。そして例の如く、ナタリーが用意したのは獣舎で飼育している騎乗可能な魔獣だった。見た目はトカゲで、大きめの品種の馬くらいあった。スピードは馬より速くて、音は静かだが加速はエグい……と、私は思った。

 睡眠時間が少なめな時にそんな講座を実習形式で受講した私は、何かを吐き出したいのに出てこない……胸焼け状態になったという訳である。


 うーん、マー◯イオン……


[大丈夫カ?]


[……何とか]


 私は気を取り直してヴァレンタイン伯爵の執務机を物色し始めた。

 ヤマダサンさんは、主にシャロンの付き添い兼癒し担当だ。足元にいたと思えば棚に面白いものがないか、時々耳をぴこぴこさせながら物色らしき事をしている。


[嬢ちゃん、こっちに面白い物あったゾ]


 見上げた棚の上にいるヤマダサンが尻尾でとある本の背表紙を撫でている。私は引出しの物色を中断してヤマダサンの方へ歩み寄る。


[これは何?]


[わかんないけド、こいつには魔術で錠がかけられているゾ]


 ヤマダサンはそう言うと誉めろと言わんばかりに胸を張った。

 私は手を伸ばし本を手に取り執務机の上に置く。視界は揺らぐ事もなく、暗転もしなかった。が、ヤマダサンは開錠してみろと言う。


[約束してたからナ。魔術をちょこっと教えてやるゾ]


[魔術……]


[先ずは魔力を流してミ]


[魔力?]


[んん〜。そこからなのカ?]


 ヤマダサンは『魔力は潤沢なくせに操作できないのカ』と言って、ひらりと机の上に飛び乗り、私の手を机の上に置かせた。


 ぴとっ


 ヤマダサンは私の手の甲に前足を乗せた。ふにっとした柔らかい感覚に僅かにヒンヤリした圧を感じた。


[これはヤマダサンの魔力?]


[そだヨ。本の上でやってみるんだゾ]


 私はヤマダサンの指示通り、本の表紙に手を乗せた……が、そこから先はよくわかっていなかった。沈黙が暫し続いた後、ヤマダサンが首をブルブル振ると『今日は見てるんだゾ』と言いながら、本の上に前足を乗せると柔らかい風が起きて直ぐに収まった。もう開錠できたのだという。


[ぢゃ、見てみるカ]


[うん]


 ヤマダサンは前足で器用に開き、中を覗いて『これは日記だナ』と髭を動かした。私はと言えば、なんとも言えない気分であった。


 鍵付きの日記って……そんな思春期の乙女みたいな事を……?


 頁を繰ろうと私は手を伸ばし、そして景色が暗転し、違うところに放り出される感覚を味わった。





 此処はヴァレンタイン伯爵の執務室……なのか?

 目の前には黒髪の少女が立っている。十六歳と聞いていたが、小柄な少女は十二歳と言われても違和感がない。数年前から彼女が魔法薬学や魔道具開発に与えた功績は“私”の耳にも入って来ていた。あのブレイク公爵が後見人を務めるまだ王立学園に在学中の天才児……


「はじめまして、ヴァレンタイン伯爵。エレノア王妃のご依頼により参上しました。ディアナと言います」


 一礼した後、濃い茶色の瞳が”私“を見つめ、そこに強い意思を感じた。


「エレノア王妃のご友人ですね。ご足労感謝します」


 “私”の言葉にディアナは『私は市井の出ですので、そのように扱って頂く必要はございません』と言い再び頭を下げたのだった。


「私も生粋の貴族ではないので、無難こんな話し方が癖付いただけです。シャロンの部屋に案内しますよ……」


 “私”は彼女ディアナを促し、娘の部屋へと向かった。思えば娘の部屋に入るなど何年も無かった……今は呼吸だけする娘。意識は戻らず、何の毒に倒れたのかもわかっていない。エレノア王妃が手を尽くして毒物を手に入れようと奔走したが、徒労に終わったとディアナから聞かされる。そして毒を仕込んだとされる第二王妃の身の周りを世話していたと言う女が、娘の帰還を前に処刑されたとも……


“私”は妻を助けられなかった時の事を思い出す。思えば、それが負い目となり、娘との交流を避けて来たのかも知れない。ブレイク公爵秘蔵の天才は、眠るシャロンを確認して私が予想していた事と、予想だにしなかった事を口にした。


「私ではシャロン様を目覚めさせる事はできません。でも、鉛白の魔術師である貴方の御力で、与えられた毒物や解毒薬開発をされる間、シャロン様の時間を止めておく事はできるでしょう」


 “私”は彼女ディアナの言葉に縋る事にした。

 そうして、全てが歪み暗転した。





 ……眼前には伯爵家とは比較にならないほど広い謁見の間。目の前にいるのは長年“私”の後援者パトロン


「お時間いただき感謝致します。ファーガス侯爵」


「構わんよ。鉛白の魔術師からの頼みだ」


 ファーガス侯爵は白いものが多くなった金髪を後ろに撫で付け、青い瞳で“私”に目をくれる。

 意匠を凝らしたローブから労働を知らぬ手を見せ、“私”からの手紙をひらひらと揺らしながら『これは読ませてもらったよ』と言った。


 数日前に“私”は奇跡の技とも言える術式を見せられた。自分の娘程の歳の未だ魔導士と呼ばれる立場でもない学生が、圧倒的な才と魔力で娘の時を留める魔法陣を構築して見せたのだ。

 唯、その奇跡を成した娘は、魔法陣の維持に、ブレイク公爵に相当する魔力が必要であると言った。魔法薬学の研究で五大魔術師の地位を得た“私”の魔力では到底足りないという事だ。“私”はファーガス侯爵に魔法陣の効力を維持できる魔石の寄付を依頼したが、彼はこう言った交渉に対する鼻が効く人間だ。“私”の出来る最大限を搾り取る為に呼び出された事を嫌というほど理解している。


「貴公が数年前に開発した魔法薬なのだが……アレを必要とする者たちが領地に多くてね。再び製造してもらえまいかと思っていた所だ」


 “私“は妻を救う為に研究開発していた時に出来た副産物を伯爵が求めている事を知った。

 アレは、痛みから解放する代償に、人格を壊す劇薬であった。


「アレは材料が足りず製造できないのです」


「ほう、私では手に入らない物かな?」


「白竜の鱗が必要でございます」


 “私”は敢えて入手困難な物を伝え、断念させようとした。そして、娘とこれから廃人になる不特定多数を天秤にかける苦痛と、嘘が看破される可能性に、冷たい汗が背中を伝うのを感じていた。


「勿論、貴公のこれまでの功績を軽んじる気はないよ。唯、それなりの投資だ。返答には時間を貰えるかな?」


「勿論でございます」


「そうそう、開発して欲しい薬があるのだが、研究してもらえるかな?」


 ファーガス侯爵は“私”の答えが常に彼を否定しない事を知っている。そして、それが時に“私”を絶望させるという事も知っている。


 そうして再び景色が歪み暗転した。





 此処は……そうか、シャロンの部屋か。

 “私”はディアナが施した魔法陣を見つめて溜息をついた。“私”の研究はファーガス侯爵の望む魔法薬開発に費やし、シャロンは眠り続けて二年が経っていた。魔法薬の研究で名を上げ、鉛白の魔術師と呼ばれるまでになったが、妻を助けられず、娘さえも諦めようとしている……


「ネイサン様。ディアナ様がお見えです」


「わかった」


 ディアナはこの二年の間に、国民の生活水準を引き上げる魔道具を作り上げた功績で爵位を得ていた。今や“私”と同じ五大魔術師の一人だ。


「鉛白の君、式典ではお世話になりました。今日は魔法陣の改修に参りました」


「改修……ですか?」


「はい。術式を見直し、魔力の補充にほぼ頼らないようにします」


 “私”は改めてこの若き天才魔術師との差を見せつけられた。思わず『どうして』と呟いていた。


「貴方がファーガス侯爵の為ではなく、シャロン様の為に時間を作る為です。エレノア様は貴方を信じて待っておられますよ」


 彼女は“私”が『どうしてそこまでしてくれるのか?』と、言おうとしていると思ったようだ。“私”は『どうして魔力補充にほぼ頼らない術式など考えついたのか?』という研究者の探求心による独り言だった。


「その術式、私に教えてもらえますか?」

 

 若き魔術師は『構いませんが、公表しない事を約束してください』と、“私”を真っ直ぐ見て言うのだった。


 そうして再び景色が歪み暗転した。


 

 


 此処は……“私”の執務室だ。

 目の前には、暗い髪色の青年がいる。眼鏡の奥に光る青い瞳に既視感を覚えたが、それが何なのかはわからなかった。

 彼は、もう十八年前に病死したエレノア王妃の事で確認したいと言う。


「実は、毒殺されたと言う噂を聞きまして……」


 ああ、そうか……“私”は彼の目にファーガス侯爵を見ていたのだ。

 そうして再び景色が歪み暗転した。


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