7 お茶会にて
私はエレノア・パーカーからの手紙を一通り読んだ。どうやら、私とエレノア嬢の交流は私が学校へ通い出した十二歳頃から、十七歳になるまで数年続いたようだ。エレノアの方が、幾つか年次が上らしい。
エレノアの手紙によると、小人の事を“鈴”と伏字のように名言を避けているようであった。他の人には小人達は見えていないようで、普段の会話で存在を大っぴらに話せない為、この表現を使う事で落ち着いたようだ。手紙の内容は主にその“鈴”の事ばかりで、中には私の一年次下に“鈴”に好かれる少女の話題が出てきたが、私達二人とは異なり“鈴”が見える人ではなかったようだとエレノアは記していた。
私は視えたものを絵に描こうと隠し部屋から伯爵の執務机に移動し、引き出しを開く。
[あれ……こんな所にもエレノア嬢の手紙?]
そこには“エレノア・ディオン”の名が記されている。王子と結婚した後に書かれたという事か……
手紙に触れると同時に、見えていたものが揺らいだ。
さて……今度は一体どこに?
随分と広い庭を徒歩で移動しているようだ。開けた場所に用意されたテーブルと椅子。
お茶会だろうか……三人分の席とカップが用意されているようだ。前を歩くのは艶のある金髪の女性。
「どうぞ、お掛けになって。」
振り向いた女性がこちらに向かい微笑みかける。が、青い瞳は“私”を見てはいない。横を見ると銀髪の娘、シャロンがいた。シャロンと“私”で顔を見合わせ、二人で頷き合い、席についた。
緩やかな風に乗って、甘い香りがする。お茶菓子だろうか……
「本日はお招き頂きありがとうございます。コルデリア様」
「ヴァレンタイン伯爵令嬢はエレノア妃と懇意にされているのですよね」
コルデリアは両唇の端を持ち上げてシャロンを見つめる。シャロンは短く『はい』と返事をした。緊張しているのかいつもより表情が硬い。
「王立学園で仲良くして頂いたのです」
“私”は第二王太子妃に向かいそう伝える。すると、僅かに顔をこちらに向けて目を細め、『そうでしたか』と、形の良い唇を動かした。
「今日は隣国のお茶が手に入りましたの。是非召し上がって」
「ありがとうございます。コルデリア様」
シャロンがカップに口をつける。
“私”はその時にコルデリア妃が見せた表情に肌が粟立つのを感じた。
虚ろでありながら爛々とした瞳だった。捕食者が獲物を捕らえたと確信したときにこんな表情を見せるような気がしたのだ。シャロンを止めようと手を上げた“私”の視線の先で、彼女の喉が酷くゆっくりと上下したのを見た。
カチャリ
ひときわ大きな音を立ててカップがソーサーの上に置かれると、シャロンは“私”の手から逃れるようにゆっくりと倒れて行った。“私”は彼女の名を必死で呼んだと言うのに、“私”の声が聞こえない。
芝生に横たわるシャロンに駆け寄ると、瑠璃色の双眸が“私”を映し出した。それは徐々に形を崩し、彼女の瞳から目に見えて光が失われて行くのがわかった。彼女の傍には彼女の瞳と同じ瑠璃色をした小人が“私”を見上げている。
“駄目! 死なないで!!”
叫んだ筈が、やはり“私”の声はしない。瑠璃色の小人と緑の小人はシャロンの傍に立ち、彼女の頬に触れる。雲が抜けたのか日の光が一瞬だけ横たわるシャロンに降り注いで、そしてまた曇った。
「まあ、大変だわ」
見上げた“私”の先にコルデリア妃がいた。その瞳はこの時初めて“私”の方を向いていた。
そして、彼女の姿が揺らいだ後、暗転した。
手紙は、ネイサン・ヴァレンタイン伯爵宛だ。差出人はエレノア・ディオン……王妃になったエレノアからだった。
自分は二十年前に毒に倒れたと……先程視えたものがそうなのだろうと思い至った。
[嬢ちゃん、ど〜したんダ?]
ヤマダサンが机の上まで軽やかに飛ぶと、執務机の前に座る私の頬にふにふにと肉球をお見舞いした。
[私が毒を盛られた時の様子が視えたよ]
[おっ。誰にやられたか分かったのカ?]
[怪しい人は居たけど……犯人かどうかは判らないね]
ヤマダサンは肉球ふにふにを止めて、手紙の中を確かめろと封筒に前足をかけてぺしぺしと封筒を叩いてアピールした。
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鉛白の魔術師ネイサン様
この度貴方を襲った不幸、私も大変残念に思っております。
私の隣で毒に倒れたシャロンは、大切な親友です。この悲しみは言葉では言い尽くせません。鉛白の魔術師と呼ばれる貴方が一緒にいれば、シャロンは今も無事であったのではないかと……私の力が及ばなかった事を後悔するばかりです。
奇跡を信じて、シャロンに起きた不幸について、私の良き友人ディアナに伝えました。まだまだ若い魔導士の雛に見える少女ですが、必ずや貴方の力になってくれる事と思います。
どうか心安らかな日々をお過ごし下さい。
エレノア・ディオン
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[ふ〜ん。ディアナねェ〜]
[知っている人?]
[アリソンの母ちゃんだナ。灰色の兄ちゃんが言っていた“慧心の魔術師“ってディアナの事だゾ]
[えっと……上級精霊語……が上手な人?]
[まぁ、そだナ。アリソンよりは流暢だゾ]
シャロンはアリソンに渡した黒髪の女性を描いた絵を思い出した。
[ディアナなら色々知っているって事だナ。ず〜っと出かけてるけどナ]
私は引き出しを漁る事にした。もう二通手紙がある。差出人はディアナとファーガス侯爵だった。触って見ても変化はない。
私は気を取り直し、二通の中を検めた。
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鉛白の魔術師様
シャロン様の寝台に施した魔法陣は、ある精霊を召喚し、魔法陣が指定する範囲に時を留める魔法をかけるものです。魔石を使い魔力を補充し続ければ、シャロン様の時は留まり続けます。既にお伝えした通り、魔法陣の維持に大量の魔石が必要になりますのでご留意ください。
いつか貴方とシャロン様に安寧をもたらす事を祈ります。
ディアナ
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親愛なる鉛白の魔術師へ
この度ご令嬢に起きた不幸にお悔やみを申し上げる。
貴公がこれからも変わる事なくアルブス国に貢献してくれる事を期待し、ご令嬢が眠り続ける為の魔石を研究資金の形で提供することを知らせるものである。
ブレア・ファーガス
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[何か二人共業務連絡みたいな手紙ね。ファーガス侯爵って、第二王子を襲った人達に命令していたフード被っていた人の事かも知れないのよね……]
[そだナ〜]
ヤマダサンが振った尻尾が私の銀髪をなびかせた。
[ファーガス侯爵の娘が、確か第一王子の母親でコルデリアと言う人だよね……さっき視えた感じだと、その女性が薦めたお茶を飲んで私は倒れたみたいでね……]
[ぢゃ、コルデなんちゃらが悪さして、そいつの父ちゃんが尻拭いしたのカ?]
[うーん。まだわかんないよ]
私は立ち上がり大きく伸びをして窓の外を見ると、空が茜色に変わろうとしていた。




