5 エレノア・パーカー
ジャックに教えてもらうようになり、私のアルブス語は目に見えて上達した。
ここまで出来れば私の謎能力が働いても何を言っているのやらサッパリわからないと言う事が無くなっただろうから、ここは色々なものを触ってみよう……と、思い始めていた。今日はナタリーの講座は無く、ジャックの講座は読み書き立居振る舞いから社交会におけるマナーに移行し、食事をとりながらの実地講座を予定しているので時間に余裕がある。
差し当たっては、私の部屋にあるものから試そうかな……
私はクローゼットの服をぺたぺたと触り、『駄目か。』と呟いた。気を取り直して、本棚にあるヤマダサン御用達恋愛小説に手を伸ばすが、期待に反して出てこない。
他の本はどうだろうかと試すが、視えてくるものは無い。
そんなに出てこないものなのかな……日記つけてたりとか……しないか?
私は日記がありそうな所を狙い、机の引き出しを開けては目に付く物に触れて行くのだが、相変わらず無さそうだ。調度品なんてどうだろう……もうこうなると手当たり次第だ。結局部屋からは覗ける品は出て来なかった。
一つくらいあるだろうとそれなりに期待していたので、私は疲労で脱力した。
[何ダ、家捜しなのカ?]
気がつけば、シャロンがだらしなく寄りかかるソファーの前にヤマダサンがいた。
[私の力で視える品があるかもと思って……探したんだけど全然ダメで……]
[ふ〜ん。この部屋は無かったのカ?]
[色々触ったけど、ダメだった]
ヤマダサンは耳の後ろを後ろ足でもって掻くと、欠伸をして『他の部屋行ってみるカ?』と言う。
[うん]
ヤマダサンに従うように後ろをついて行く。
何故か自信満々な感じのヤマダサンが私には頼りになる。
[ココなんてどうだ?]
ヤマダサンが選んだ部屋の中は、雑然としていた。大量の本と書き付け、薬品と思しき瓶や秤といった実験道具のような品々に私の萎えていた期待感が少し上がった。
[色々あるね。端から試してみるよ]
そう言って、私は山積みの本の一角に手を伸ばした。
本の山からは成果が出てこないが、字が読めるようになったから気がつく事もある。魔法薬、薬学に関する本が多い。
[ヤマダサン、ヴァレンタイン伯爵は薬学が専門なの?]
[ンン〜。そんな感じに見えるナ]
[召喚魔術が専門だと思っていたけど……]
この部屋にある本には、召喚関係の本が無い。研究分野毎に本を分けているのかもと思い直した。
[駄目だー。何も出てこない]
[じゃ、お菓子食べたら次の部屋だナ!]
ヤマダサンは颯爽と部屋を出て厨房へ向かう。尻尾をふりふり歩く様子は、どこか犬っぽい。
「まぁ、探検ですか?」
ナタリーは、ヤマダサンにいつもの黒いプリンを用意していた。ヤマダサンが『そうだゾ!』と言いながらプリンを平らげて行く。あれだけ食べっぷりが良ければ、ナタリーも作り甲斐があるだろう。
「私も小さな頃、探検しましたよ。伯爵の執務室が楽しくって……シャロン様とお部屋に入らせてもらっていました」
「そうなのカ?」
「伯爵の部屋には小さい隠し部屋があるんですよ。ネイサン様はシャロン様と私に使って良いと言って、そこで一緒に本を読んだりしていたものです」
そこ……何かありそうな感じ……
ヤマダサンと顔を見合わせて、お互い次の目的地を見つけた事を確認し合った。
ヤマダサンのお菓子補給が完了したその足で、一人と一匹は伯爵の執務室へ向かっていた。ナタリーの言う隠し部屋は、本棚に模した入口で探検心をくすぐる仕様になっていた。
[ロマンだね]
[嬢ちゃんはこゆの好きなんだナ]
戸口の小ささは、大人が屈んで入れるほど……中は私が立ち上がっても余裕がある高さだ。但し、広さは大人二人が雑魚寝できる程度で広々とは行かない。隠し部屋の中には子供向けと思しき本が数冊、それに小さな机と椅子、箱が数箱置いてある。
私は手近なものから手に取っては検める作業を繰り返す。
それは箱の中にあった封筒を手に取った時、唐突に始まった。
……どこだろう?
ヴァレンタイン伯爵家とは違う。大きな建物に、制服を着た男女が見える。学校のようだ。そこへ後ろから声をかける人物がいる。
「エレノア様、おはようございます」
振り返るとそこには銀髪の娘。その瞳に映るのが今度の“私”だろう。
そして、“私”は、銀髪の髪を捻って遊ぶ青色した小人が映っていた。
「……おはようございます。シャロン様、妖精さんが貴女の髪に悪戯したようですよ」
“私”はそう言うと、シャロン嬢の髪を指で示す。青色した小人は『バレたか』と言わんばかりの顔でさらりと身を翻すと“私”から隠れるようにシャロン嬢の背中に回った。伯爵令嬢はと言えば、慣れたもので『まあ、ありがとうございます』と言いながら髪のほつれを直した。
すると、今度は緑色の小人がシャロン嬢の髪を捻り、それを見た“私”は思わず『ダメよ悪戯しては……』と小声で言う。
シャロン嬢は緑色の小人と目を合わすように首を傾けた後に、“私”を見つめた。
「エレノア様は見えました?」
気がつけば、隠し部屋で封筒を握っていた。
封筒を見ると、それはシャロン宛のようで、差出人は“エレノア・パーカー” と記されていた。




