15 続・アリソン公爵令嬢の受難
アリソン・ブレイクは公爵令嬢という身分にありながら、社会不適合者まがいの生活を許された稀有な魔術研究所の研究員だ。アルブス国随一の魔力量と言われる王族の血を引く父と、アルブス国随一の頭脳と呼ばれる魔術師である母との間に生まれ、そんな両親に感化されたかは定かではないものの、魔法陣の解析及び改良分野で突出した才能を発揮し、次の五大魔術師の有力候補と目される十六歳だ。
そんなアリソンは、本人としては大変不本意ながら、王位継承騒動に巻き込まれメリッサ・ブラッドショウ子爵令嬢という仮の身分のままヴァレンタイン伯爵家に身を寄せ生活を開始。早三日が経過し、伯爵家令嬢のシャロン嬢にアルブス国言語を教えつつ、ヴァレンタイン伯爵が死の直前に起動した召喚魔法陣の解析に勤しんでいた。
だが、それは突如終わりを迎える事となった。
始まりは、メリッサ子爵令嬢宛に届いた魔術研究所からの書簡であった。
うわー。もう、嫌な予感しかしない……
「どうした? 開けないのカ?」
ヤマダサンは頭の後ろが痒いのか、机の角に頭をぐりんぐりん擦り付けていた。
「ヤマダサン、首もげちゃうよ……」
アリソンはそう言うとヤマダサンを抱き上げて、頭の後ろを掻いてやる。ヤマダサンはといえば、『あ〜。ソコソコ』と眼を細めてご満悦だ。
アリソンは溜息を吐いた後、覚悟を決めて書簡の封を切った。
そこにはメリッサ・ブラッドショウ子爵令嬢に、隣国との共同研究に参加してもらいたいと言う内容の督促状に近い協力要請がつらつらと書かれていた。署名は……案の定、魔術研究所長だ。
父上……今度は何をさせようとしているのか……
アリソンの心臓はここ二週間ほどで少しだが強くなった。……と、少なくとも本人は思っている。そんなに動揺していないし、変な声も出していない。と、思っている。
真意を確認する為、久しぶりにブレイク公爵宛に手紙を書くことにした。魔術研究所に出向かないのは、単に彼女が出不精なだけだ。外出中に襲われる心配をしている訳ではない。
「ヤマダサン、これを父上に届けて返事貰って来てくれる?」
アリソンは書き終わった手紙をヤマダサンの鼻先で揺らして見せた。
「ン〜。良いヨ。後でお菓子作ってくれたら」
食意地が張った使い魔ヤマダサンは、母上特製の背負い袋型の魔道具に手紙を詰めると軽快な足取りで、窓から外に出て行った。
暫くして、ヤマダサンが帰って来た。勿論、父から貰ったご褒美と思しき大量のお菓子を魔道具に突っ込んでいた。どのお菓子から食べるか迷っているヤマダサンを見ると、ちゃんと返事を貰ってきたか不安を覚えるアリソンであった。
「ヤマダサン、父上から手紙の返事貰えた?」
「ン〜。これに笑いながら話しかけてたゾ」
ヤマダサンは、ご褒美のお菓子を頬張りながら、母上お手製集音再生用の魔道具を前足を使って器用に取り出した。
これまでの経験から、あの父が笑いながらなんて嫌な予感しかしない訳だが、聞かなければ疑問は解けない。アリソンは魔道具に魔力を流して、父の声を聞く。
「やあ、アリソン。第二王子の聖廟行き、あったでしょ。あれね、ブレイク公爵令嬢に同行して欲しいって依頼が来ちゃった。出発は明後日だって」
ええぇぇぇっ!!!
「精霊契約出来なかったら、せめて魔力の強い魔導士も同行させようって第一王子派と第二王子派の間で話が落ち着いたみたいなんだ」
あぁ、またそんな……
「そこでね、第一王子派のファーガス侯爵から、魔力の強いブレイク公爵家の人間を同行させたらって提案があったそうだよ」
みょおおおぉぉっ!!
「もしかして侯爵、アリソンが邪魔なのかなあ?」
えー……
「ともあれメリッサ嬢が急にいなくなるのは不自然だから隣国へ行かせる事にしたよ。まあ、本物のメリッサ嬢は既に現地にいるから辻褄合わせだね」
あぁ……そうでしたか……
「明日メリッサ嬢を迎えに魔術研究所員を出すから準備しておいてね」
父の声を全て聞き終わると、アリソンは文字通り"無"になった。色々な起こりすぎて、頭がついて来れなくなったのだ。放心、若しくは茫然自失という状態である。目尻に自然と一筋だけ涙が流れたのだが、アリソンは気が付かなかった。そして、ヤマダサンがアリソンの頬を肉球でふにふにと押して声をかけても、暫く反応しなかった……と、後でヤマダサンから聞いた。
正気に戻ったアリソンは、先ず執事に書簡を見せ、明日迎えが来ることを伝えた。ジャックは『随分と急なお話でございますね』と言いつつも、送別会とばかり夕食を豪華にしてくれた。
問題はシャロン嬢だ。上達してきてはいるが、まだナタリーやジャックと十分意思疎通出来る程話せない。
「ヤマダサン……シャロンさんの傍にいてあげてね」
アリソンは、再度魔道具に魔力を流して父の声をヤマダサンに聞かせた。お菓子に夢中で先程は聞いていなかったのではと思ったからだ。ちょっと雑な所はあるが、ヤマダサンがいれば何とかなる筈だ。伯爵家の人達にも、シャロン嬢が話せるようになるまではヤマダサンをシャロン嬢の傍に置いておくことを伝えておいた。
「アリソンは一人で平気なのカ?」
ヤマダサンが目を瞬かせて、訊かれたくない事を訊いてくる。アリソンの眉間に悲哀の跡がくっきり刻まれる。
「頑張るよ」
アリソンはそう言ってヤマダサンの腹に顔を埋めてヤマダサンを堪能するのだった。ヤマダサンは、こう言う時だけ大人しい。
あっという間に別れの朝が来てしまった。魔術研究所からは、結界強化の時と同じクインシー研究員が迎えに来てくれた。そして、ナタリーとジャックが荷運びを手伝ってくれる中、シャロンが現れた。
[これを貴女に……]
シャロン嬢はそう言うと、何枚かの紙を渡してくれた。一番上にあったのは、今より少しだけ若いブレイク公爵夫人の顔だ。画家顔負けの見事な仕上がりだった。他の紙にも絵が描かれている。彼女に視えた物を絵にしたようだ。
[ありがとう。とても嬉しいです]
そう言うと、アリソンは持っていた上級精霊語の辞書に紙の束を挟み込んだ。
シャロン嬢を召喚した魔法陣の解析は暫く無理だなと思うと、無性に寂しくなる。
[私は、貴女が戻って来る頃にはいっぱい話せるようになっています。楽しみにして下さい]
シャロン嬢はそう言うと、アリソンを抱きしめた。
アリソンは息を大きく飲み込んだ後、黙って首を何度も上下に振り、シャロン嬢を抱きしめ返したのだった。




