幕間1 声を変える魔道具はないらしい
アリソンは、非常に困っていた。
最近まで子爵令嬢メリッサとして接していた第二王子と護衛騎士に、明日から公爵令嬢のアリソンとして暫くの間行動を共にする事になるからだ。
子爵令嬢メリッサとして二人に会った時は、目と髪の色を変えていた。但しそれだけだ。声を変えたり、顔の造形を変える工夫はしなかった。まあ、眼鏡はかけてはいたが……
当初は二人に会うのは精霊契約の数時間程度を予定していたのだ。ところが精霊契約当日に第二王子襲撃事件が起きたせいで、そこまで気合を入れていない変装姿で二人と何度も会う事になってしまったのだ。こんな事になるなら、もっと変装に力を入れておくべきだったと後悔しきりである。
せめて声だけでも変えておけば……
アリソンは声を変える魔道具がないか研究所の魔道具一覧を見直す。見るのはこれで四回目なのだが、やはり結果は芳しくなかった。
魔法薬なら何か見つかるだろうかと、魔法薬一覧を探し始める。
うー……
お目当ての効果をもたらす薬は研究所に在庫が無いことがわかった。お手上げだ。
もう、鼻でもつまんで話すか、筆談にでもしようかと投げやり気味になっていた。
「アリソン君、お疲れだねー」
「あ。レオさん、昨日はありがとうございました」
レオナルド・クインシーは魔術研究所の何でも屋のような仕事をしている。学校の講師も務めれば王城の結界も微調整する。アリソンも変装用の魔道具を手配してもらったり何かと世話になっている。
……もしかしたら?
「あのぅ。知っていたら教えて欲しいのですが……魔道具の類で声を変えられる物ってありますか?」
「うーん。聞いた事ないなぁ。慧心の魔術師なら何か個人的に持っているかもしれないけどね」
レオナルドはそう言うと、よくずり落ちる眼鏡を持ち上げて、魔道具一覧を見る。アリソンが先程まで見ていた物だ。
「研究所にある魔道具にお目当てのモノは無いな……メロの種を齧れば声が低くなると聞いたことあるけどなぁ」
「メロの種ですか……?」
メロの種とは、物凄く苦い種だと聞くが、種を絞って取れる油は魔法薬に使われる。アリソンは油の状態でしか見たことがない。期待が膨らむ。
「魔法薬の調合で使うから研究所にもあるだろうね。どこだっけー」
レオナルドは、植物図鑑を繰ると、メロの頁を開いて『こういう種だよ』と言ってアリソンに見せてくれた。種は小指の爪くらいの大きさだ。
「ミルズくんの所行けば、余剰分を譲ってくれると思うよ」
やった!
「ありがとうございます! 早速聞いてみます!!」
アリソンは嬉しそうに頭を下げると、彼女なりの早足でミルズのいる研究室を目指す。
レオナルドは、何のために声を変えたいのか教えてもらう機会が無かったが、もしも教えてもらっていたとしたら、髪形や喋り方変えたほうが効果的だという事を指摘できたろう。先ずは時々漏れる謎の擬音を漏らさないよう自制にする所からだと……
レオナルドに教えてもらったミルズは、年配の人間が多めの研究所内ではアリソンと歳が近めの若い研究員だ。研究室には見当たらない……と、思いきや、研究室の隣に併設された温室で長めの棒を振り回していた。近づくと、細い蔦系の植物をなぎ倒している。更によく見ると、倒した筈の蔦が再び直立し、ミルズの四肢に蔦を絡めようと蠢いていた。
アリソンは、ここで助けるべきか逡巡した。魔法薬に使う植物は特性を利用して収穫しないと、使えない事が多いのだ。そして、アリソンは植物に詳しくない。迷っている間にミルズの身体は萌葱色に覆われた。
「ミルズさん!」
アリソンが威力弱、範囲小に絞って風圧で蔦を切ろうと更に近寄った時『はぁーい』と、萌葱色の塊と化したミルズが呼びかけてに応えて緊張感のない声をあげた。
「ちょっと待ってねー。すぐ終わるからー」
ミルズはそう言うと、蔦の水分を一気に奪った。水魔法を応用したようだ。萌葱色はそのままに、カラカラに乾いた蔦がぼろぼろとミルズの足元に落ちて行く。
「確か……アリソン……さんだね。どうしたの?」
ミルズは地面に層を作った萌葱色の蔦を風魔法でひと所に集めると、ポケットから取り出した袋を広げて、その中に集めた蔦を詰め込んで行く。
「えっと……メロの種があれば幾つか譲って欲しいのです。その、声を変えたくて……」
ミルズはアリソンを見ると『何でまたそんな事?』と言いながらも袋に入ったメロの種をくれた。
「一応言っておくと、コレ苦いらしいよー」
ミルズも食べた事がなかったが、彼は図鑑の記載を信じて苦いと忠告した。
アリソンは頷き、種を一粒外皮ごと食べ『み゛』と音を立てて苦悶の表情になった。硬くて噛めない。
「あー。外皮は剥いたほうが良いよ」
早く言って欲しかったとばかり、歯型の微妙に付いた種の外皮を何とか取ろうと奮闘するが、全然剥けない。角度を変えたり両手で頑張って掴んでは引っ張ったりと……アリソンは彼女なりに頑張った。時々『ふにぅ』とか『みゅうぅ』という気の抜ける効果音らしきものが聞こえてくる。徐々に、アリソンの眉間の憤り筋がみゅみゅと盛り上がる。
取れない……
ミルズは、そんな敗北感が漂うアリソンに、黙って鋏を差し出した。かなり面白いモノを見せてもらったが、年頃の娘をそんな事で笑ってはいけないと思うと、もう黙るしかなかっただけだ。アリソンは渡された鋏を駆使して、ようやく外皮を剥き取ることができた。
やっと、取れた。
労力と実の大きさが一致しないと思いつつ、アリソンはそれを今度こそ口にし、苦虫を噛み潰したような顔をきちんと作って、飲み込んだ。
不味いぃぃぃぃ……
アリソンの眉間には苦悶の皺が深めに刻まれた。
ミルズは、そんなアリソンを見ながら、研究者らしく、興味津々で『気分はどう?』と訊ねた。
「えっと……苦いと言うより、生臭いです。……声も変わっていないかも……」
アリソンがそう言うと、ミルズも外皮をさっと剥いたと思いきや口に放り込んで咀嚼した。
「うーん。苦くは無いけど……」
ミルズも渋い顔をしながら咀嚼し、飲み込んだ。
「成分だけ言えば、一日十粒くらいならお肌に良いと思うよ。声が変わるか実験してみるよ。アリソンさんも何か発見したら教えてね」
結局、アリソンは自分の顔程の大きさがある袋にいっぱいメロの実を持たされ帰路のついた。
やっぱり駄目か……
翌日アリソンの声に変化はなく、彼女はメリッサに変装していた時と同じ声のままヴィンセント王子とジェフリーに会う事になるのだった。
何故か前日に入手した袋いっぱいのメロの種が荷物に紛れ込んでいたが、それが日の目を見るのはまだ少し先の話であった。




