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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
1 アリソン公爵令嬢の非社交的な生活
15/128

14 第一王子来訪

 ヴァレンタイン伯爵の帰還は、ジャックが登城した日から二日後に行われた。二日という準備期間の中で、最も時間が掛けられたのが部屋の模様替えであった。


 ブレイク公爵より、時を止める魔法陣はそのまま使うようにと言われたアリソンは、結界強化の際シャロン嬢の部屋にある寝台を確かめた。そして、確認した魔法陣は記載がさっぱりわからなかったのだ。虫食いの激しい本を渡されたかのように、あちこちの情報に穴が空いているようで、このままでは、同じ魔法陣をヴァレンタイン伯爵の寝台に移すことは不可能だ。


 父上は『難しい』って言ったから、何か方法やりようがあるのだろうけど……


 悠長に解読している余裕もなく、アリソンは父のアドバイス通りにする事を決めたのだが、シャロン嬢の寝室をそのまま伯爵用に使う事に、執事ジャックが難色を示した。内装があまりに乙女仕様だというのが理由だ。

 確かに壁が可愛らしい小花柄だったり、カーテンのレースが、女性の部屋という感じが前面に出ていた。ジャックは辣腕振りを発揮して、旧シャロン嬢部屋を伯爵の寝室に模様替えし、使われていなかった一室に、そっくりそのままシャロン嬢の部屋を再現してくれたのだった。執事と女中の計二名でこれらを二日で仕上げたという事が驚きであった。


 伯爵の帰還に際し、結界を強化する他、第一魔法師団から護衛を出す話が出たが、ジャックはそれを固辞した。伯爵が既に死亡している事が外部に漏れるリスクがある事と、女中のナタリーであれば、護衛も務まるからと言うものであった。一つめは納得感がある理由なのだが、二つめの理由は、小心者アリソンにとっては若干の不安が残る理由であった。

 反対されるものと思いきや、ナタリーの名を聞いたオスカーが、『あのジェキンソンだったのか。成程確かに問題無いだろう』と賛成に回り、アリソンを大いに驚かせた。


 そして、ヴァレンタイン伯爵が王城を去る日には、人手が必要であろうと、ヴァレンタイン伯爵家から件のナタリーが手伝いに来た。三十歳くらいだろうか……父のジャックに比べると柔和な印象のたおやかな女性であった。シャロン嬢の姿を捉えると、ジャック同様猛進して伯爵令嬢の手を取り『ご無事で何よりです』と父譲りの明るめの青い瞳に涙を浮かべた。

 まるで演劇の一幕さながらに美しいが、その日は異常な程に護衛の数が多く、アリソンは二人よりもそちらが気になった。どうでも良い話だが、ナタリー女史はヤマダサンの猫パンチの餌食にはならなかった。


 ナタリー・ジェキンソンは、かつて第三魔法師団に籍を置いていた女傑である。自分より強い男となら結婚してもいいと宣言し、数多くの同僚に勝負を挑まれ、その全てをねじ伏せたと年嵩の魔法師団員の語り種だ。結局、武から程遠い文官との結婚を機に、あっさりと魔法師団を去った思い切りのいい女性である。


 ヴァレンタイン伯爵とシャロン嬢、そして通訳のメリッサ嬢と使い魔ヤマダサンが王城を去る時は、魔法師団員の人だかりに見送られたのだが、その九割以上がナタリー目当てだった。





 そんな見送り劇が繰り広げられてから三日後に、一人の男が伯爵を見舞いに訪れた。

 先触れを受けたジャックは『これは困りましたね』と、思案顔であった。


「あのぅ、どなたからのお見舞いですか?」


「ああ、メリッサ様。実は第一王子のエリック殿下がお見舞いに来られるとご連絡を頂いたのです」


 おぉぉぅ……


 アリソンは顔が引き攣るのを感じた。

 エリック第一王子がここに来てヴァレンタイン伯爵のお見舞いとは、父上の悪戯よりも性質タチが悪いものが裏に潜んでいる事を勘繰ってしまう。しかも、ヴィンセント王子同様に、アリソンとエリック王子は非常に薄く面識があるのだ。言いようのない嫌な予感だけがある。

 そして、そういう時は大体嫌な方に動くものだ。ホッとした顔のジャックは、アリソンが想像した通りの事を言った。


「私やナタリーは爵位などありませんので、主人やシャロン様を抜きに会話するのは恐れ多い事でございます。できればメリッサ様に間に入って頂ければと思うところでございます」


 やっぱりそうなるのね……


 ヤマダサンに引っ掻かれたと思えばと潔く諦め『わかりました。私でよろしければ』と答えるアリソンであった。



[メリッサ、私もこっそり王子そのひとを見たいのだけれど……良い?]


 そこへ、シャロン嬢にお願いをされて、アリソンは『ふぇ』と間の抜けた音を出した。

 シャロン嬢は、まだまだ話ができる程ではないまでも、聞き取り力は上がって来ているのだ。近頃はそれが顕著である。


[あの、この前に見たフードの男なら、会って見ればわかるかも知れないと思って……]


 おおおぉぅ。そっちの可能性……


 アリソンの何となく嫌な感じの正体を的確に指摘され、会合を前にして否が応でも緊張感が増すのだった。


 シャロン嬢が王子に会いたいと言った当初、彼女をエリック王子に合わせる事を渋ったジャックだが、ナタリーに説得され、二人を引き合わせる事に合意した。


 ナタリー曰く、王子であれば既に襲撃事件現場にいた助手二人について情報を持っているので、下手に存在を隠すと後々追求される事になるだろうと言う。特に、第二王子襲撃事件に第一王子が関わっていた場合、口封じの要否を確認して来る筈だから、エリック王子にとって無害だとアピールする良い機会なのだ。……と、アリソンには逆立ちしても到底出来そうにない事をサラッと言った上で、


第一魔法師団長オスカーさまが土台を用意してくれたんだから、それに乗っかれば良いのですよ、父さま』


 と、嘯いては『嬢ちゃんは思いっ切りが良いんだナ』とヤマダサンに感心されたのだった。


 ナタリーの所属していた第三魔法師団は、文官と共に外交を行い、諜報活動に身を投じる機会が多い。父親のジャックは第三魔法師団の仕事内容を知っていた為、最終的に折れた。

 そんなナタリー主導で、最初にシャロン嬢の設定(話さない。何か聞かれても微笑むだけ)が決まった。上級精霊語を話せる事については、食い付かれて余計な情報を王子に与える必要は無いとナタリーが言い、ジャックとアリソンはその意見に賛同した。

 次に、アリソンたっての希望で、メリッサ嬢は最初の挨拶後以降は静かにし、会話のフォローはジャックかナタリーが行う事にしてもらったのだった。挙動不審になるからと言う理由でアリソンは二人を納得させた。

 最後に、ヤマダサンは猫っぽくその辺をウロウロして情報を集める事が決まった。





 そんなやり取りなど露知らず、エリック第一王子は、上に立つ者らしく、先触れ通りの時間にヴァレンタイン伯爵家に到来した。

 エリック王子はヴィンセント王子より六歳年上の二十四歳と聞く。弟のヴィンセントが国王陛下と同じ藍色の少し癖のある髪をしているのに対して、兄のエリックは第二王妃コルデリアの血を多く感じる榛色の真っ直ぐな髪をしている。弟が人一倍筋肉質なのに対し、兄の方は華奢だ。あんまり似ていない兄弟だなとアリソンはエリックを見るなり思った。


「急な先触れに応えてくれた事、感謝するよ」


 エリック王子はそう言うと優雅に両唇の端を持ち上げた。


 おおおぅ……


 アリソンは第一王子エリックの目が笑っていない様に、引き攣った笑みを浮かべて『勿体ないお言葉でございます』と言って頭を下げた。第二王子ヴィンセント護衛騎士ジェフリーが過分に友好的すぎたのかも知れない。と、彼女は思う事にした。

 第二王子と護衛騎士の二人が友好的に映ったのは、シークレットシューズ履いているお茶目が過ぎる姿に二人が素直に反応してしまっただけという情けない事情によるものだが、そんな事を知らないアリソンなので、第一王子の印象は若干低めのスタートとなった。


「それにしても、伯爵ご令嬢が目を覚まされていたとは……」


 エリック王子は、これまた優雅な所作でシャロン嬢に目を向ける。シャロン嬢はアリソンとは違い、ゆっくり微笑んだ。


「大変喜ばしい事ですが、残念ながらシャロン様は記憶が混濁しているご様子でございます。長年眠っておられた影響かご自身の事もよく分かっていないようで、お声も失われているご様子でございます」


 執事ジャックが、メリッサ嬢ことアリソンの代わりに応えるのを、アリソンは心の中で感謝しつつ余計な事を言わないように口を引き結んだ。


 余計な事は言わない。無害アピール……っと。

 

「そうか…伯爵のご容体は如何か?」


「主人は依然として、お目覚めになりません……」


 今度はナタリーがハンカチ片手に震える声でそう言い終わると、両目をハンカチで覆って俯いた。小刻みに肩を震わせるその様は、嗚咽しているのだろうと皆に錯覚させる。アリソンは、ナタリー女史の愁傷かつ儚げな演技に、自分にはとても出来そうに無いと、いたく感心するのだった。


エリック王子はその後、シャロン嬢が困っている事あれば力になるので連絡するようにと言うと、伯爵家を後にした。時間にすれば半刻も無かったのだが、一番何もしなかったアリソンが一番擦り減らされていた。


[あの……先程の方ですが、剣に触れた時に見た男ではなかったようです]


 シャロン嬢からそう言われ、『みゅ』という音を立てて、アリソンは脱力したのだった。


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