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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
8 禁書に纏わる紆余曲折
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2 若き枢機卿

 連日の大雨が嘘のような、うららかな日の事であった。

 ジュリオは父の名代として枢機卿団の会合へと向かっていた。

 抜かるんだ悪路に悩まされてながらプルルスの山間にそびえ立つ聖教会に到着したジュリオ一行を馴染みのある壮年の司祭が迎えてくれた。

 僅かに口元に笑みを伺わせているが、司祭の表情は冴えない。


「お待ちしておりました。」


「遅れて申し訳ないです。皆揃われていますか?」


「……ええ、オルランド枢機卿を除く皆様お揃いです」


 時間が惜しいとその表情で示した司祭は、手早くジュリオを促しながら会合の間へと誘導した。


 会合の間へと向かう回廊は陽の光が差し込み、ジュリオの少し前を歩く司祭の後ろ姿でさえも荘厳そうごんなものに見せてくれる。離れた所から僅かに子供達の笑い声が聞こえて来た。教会へ訪れた敬虔けいけんな信者の子供かもしれない。と、ジュリオはもう何年も前に父と初めて聖教会を訪れた日の事を何となく思い出したのだった。


「オルランド猊下げいか、会合の間に入られる前にお伝えしておきたい事がございます」


 馴染みの司教はジュリオの方を顧みる事なくそう言った。それはいかにも最年少のジュリオが最後に会合の場へ入るのは好ましくないと言外に示しているようでもあった。


「何でしょう?」


 オルランドの問いが聞こえているのかどうなのか、司祭は回廊を抜け階段を上がり、踊り場に至り、ここへ来てようやく足を止めてジュリオの方を振り返った。余裕がなさそうな表情でジュリオを一瞬見下ろした後に、彼は頭を下げて口を開いた。


「国王陛下と王太子ご夫妻……

 そして、ご一緒に帯同されていたオルランド枢機卿ですが、

 聖廟に向かわれる道中に滑落事故にみまわれまして……

 急逝されました。

 お悔やみ申し上げます」


 ああそうか、憐憫れんびんであったか。

 ジュリオは司祭が頭を下げる前に見せた表情が何であったのかを唐突に理解した。

 それと同時に、自分が最早父の名代でもなくなってしまったのだと理解したのだった。

 恐らく、この会合でジュリオが穴の空いた枢機卿の席を埋める事が決まるのだろう。思えばこの顔馴染みの司祭は先程から自分の事を枢機卿として扱っていたではないか。と、白いものが増えた彼のつむじが持ち上がるのをジュリオは眺めるのだった。





 会合の間に入ったジュリオを迎えた枢機卿団は口々にジュリオの父を悼む言を伝え、ジュリオが席に着くのを促した。

 司祭から伝え聞いた通り、ジュリオが最後の参加者で、空席は枢機卿団の中でも地位の高さを示すかのような位置に残されていた。

 ジュリオは居心地の悪さを感じながら、かつて父が座っていたであろう空席を埋めた。

 当初は、第二王太子妃の選定に関して、教会が推挙する人物について話し合われる予定であったが、今日はそんな話をする訳がないと会合に参加する者全員が理解していた。


「若き枢機卿、遠路ご苦労でした。既に聞き及んでいる事でしょうが、国王陛下、王太子、王太子妃が身罷られました。これにより、王位継承者はダヴィード第二王子となります。問題は……」


 会合を取り仕切る年嵩の枢機卿が口を開き、今日の議題となるべき事柄へと触れようとして、間を開けた。


「第二王子は聖廟に入れないかも知れませんな。入れたとして、精霊王にお会いできるのかどうかが解らない」


 それを引き継ぐように、別の枢機卿が言葉を発した。

 どうやら年嵩の枢機卿は出席者たちに話をさせるタイプの進め方を選んだようだ。


「第二王子妃も同様でしょうな。そもそも、見えざる者をちゃんと見える目を持った姫君に嫁いでもらっていればこのような事にはならなかったでしょうが……」


「今はそれを言っても詮無いこと。ルブルスから別の姫に嫁いでいただく他仕方ないのではないか?」


「二人もルブルスから姫を娶るなどとなれば、貴族院が黙っていないでしょう」


「同感ですな」


「ルブルス国の姫では国民も納得しないでしょう。今回は国内の貴族籍のある娘でなければ、何かと厳しかろう」


 たちまち他の枢機卿たちも声をあげ出す。

 ジュリオは何となく、このやり取りが自分に聞かせる為に再演された特別公演のように思えた。


「いずれにしても、確実に見える目を持つ王妃が必要ですな」


「誰が判別できようか? 亡くなられた陛下か王太子殿下であれば判別できようが……ルブルス王家に頼るしか無いのか?」


「ルブルス王家以外に年頃の姫のいる王家はあったか?」


「いや、聞き及ぶ限り、幼い姫ばかりであろう」


「国内に候補はいないのか?」


「誰が見える目を持つと判別できる?」


「やはりルブルス王家か……」


 ここへ来て、先ほどの盛り上がりとは打って変わって枢機卿の面々は口を閉ざした。

 ルブルス王家を頼るしか術がない。しかし、ルブルス王家であっては困ると……そんな空気が会合内を支配しているのだ。


「オルランド枢機卿は、ご存じですかな?」


 それまで黙っていた年嵩の枢機卿が再び口を開くと、隣に座るジュリオの方に首を傾けた。

 そして、その動作ひとつで皆の視線がジュリオに降り注がれた。


 ジュリオは『何の事です?』とは返さず、わずかに首を傾げて見せた。


 既にどうすべきかはジュリオの来る前に決まっていたのであろう。

 それならば、決まった事を教えて欲しい。

 自分に発言力など露ほどもない事はジュリオ自身よく分かっているのだから……

 と、言いたくなるのを呑み込んで、問いかけた枢機卿の方を見た。


「王位継承者は、聖廟に入り精霊王から精霊と会話できる指輪を受け取る事。

 精霊王は精霊の存在を認識できる者の前にしか現れない事。

 卿がこの会合の名代となるに辺り、

 亡き御父上からどこまで聞き及んでおられるのでしょう?」


 年嵩の枢機卿は整った髭を手で撫で付けながら、そこまで言うとジュリオの答えを待つように再び首を傾げて見せた。


「今仰られた事は、存じております」


「では……ダヴィード第二王子が王位継承可能か、殿下とご学友でもあった卿なら何かご存じでしょうか?」


「それは、判りません」


 ジュリオがそう答えると、枢機卿団の幾人からは、失望半分諦め半分とも取れる溜息が漏れ聞こえてきた。


「……成程」


年嵩の枢機卿は暫し瞑目した。それを皮切りに、再び別の枢機卿が口を開いた。


「やはり、ルブルス国から、王位継承可能な姫を貰い受けるのが現実的であろうな」


「我らいずれかの家に養子として迎え入れた後、王家に嫁がせるのだな?」


「そうだ。貴族院を黙らせるにはそれしかあるまい」


「ルブルスの姫ともなれば、国民の不平が王家に集まってしまう。嫌われ役は肩書と共にルブルスに置いて来て頂くのが宜かろう」


「尤もなことだ」


 枢機卿の幾人から笑いが漏れた。

 つまり、ルブルスの姫君に国を捨ててもらい、表向きプルルスの王妃として王の勤めを担えと要求する事に決まったらしい。

 ルブルスから見れば随分と勝手な言い分だが、プルルスの国が荒れるのはルブルスとしても不都合が多く、無下にはされないだろう。ジュリオも枢機卿団の決定に異存はない。


「……他に妙案が無いようであれば、ルブルスの姫にプルルス国貴族藉を与えた後、王妃に迎える事としましょう」


 瞑目をようやく解いた隣席の枢機卿がそう言うと、ジュリオを含めた他の枢機卿達はそれに同意を示した。


「……ロザーリエ第二王子妃は、どうなりますか?」


 ジュリオがそう訊くと、隣の枢機卿は鷹揚に背もたれに身体を預け進行役から自らを解放してから口を開いた。


「第一王妃として引き続きプルルス王家に尽くして頂こう」

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