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精霊召喚の娘  作者: 鰀目唯香
8 禁書に纏わる紆余曲折
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3 見える目を持つ姫達

 ふわっふわとした頬が上下に動くと、僅かにシャリシャリと咀嚼音が聞こえてくる。この音を聞くことが許されるには、手ずから種を渡した者のみ与えられる特権だと……理屈抜きにオリガは思うのだ。


 要するに、束の間の現実逃避である。


 何が間違いだったかと言えば、やはりプルルスの魔導士ウルバーノをクロカワの元へ連れて行った事だろう。クロカワが自己紹介をした直後に魔導士ウルバーノクロカワを攻撃したのだから。

 その後起きた事はオリガにとっても途切れがちで、しっかりとした形を成してはいない。

 気がつけば突如箱舟に戻っていた。クロカワを攻撃した魔導士も、同行していたアルブスの魔術師達も、アルブスの魔法師団の面々もそこにいたが、ユリウス先生とクロカワは見当たらなかった。


 強制転移術と気がついたのはふた呼吸ほど費やしてからだった。大半の魔導士達は転移術の魔力に当てられたのか青い顔をしていて、留守を預かっていた魔導士達が何か言って此方に駆け寄ったのだが……何と言われたのか思い出せない。


 ユリウス先生を探さないといけない。


 あの時は、その事だけがオリガの頭を支配した。

 オリガがユリウス先生の魔石を辿り転移術を展開した時、アルブスの魔術師達が何か言おうとしていたようなのだが、その表情は一瞬の後に崩れて見えなくなった。


 そして……突如身を捩る苦痛が全身に走り、訳がわからないまま死を覚悟して……気がついた時には傍に青年の姿をした白竜クロカワがいた。


 長めの髪に遮られ、その表情はわからなかったが、身に纏う冷気に、クロカワの不況を買ってしまった事は理解できていた。

 結局、先んじてクロカワの住処に到着していたアルブス国の面々や白猫の姿をしたクロカワの娘に取りなしてもらい、クロカワの様子が軟化するまで、底冷えのする広い空間で粉々になったユリウス先生だったモノを見る事しかできないでいた。クロカワの住処に張り巡らされた結界に絡め取られて死んでしまうところを、助けられたのだという話は、クロカワの娘が教えてくれた。オリガ一人を救う為に、結界を一度破壊したとも言われ、謝罪する以外何もできなかった。


 そうして、オリガの途切れがちな記憶の中で、最後にクロカワが言った。


「正しい経路で訪ねて来るのなら、その時は貴女の話をゆっくり聞こう」


 そう言われた後に、粉々になったユリウス先生、アルブスの面々と共に再び箱舟へと転移させられたのだ。


 折角クロカワに会えたと言うのに、話も何もできなかった。


 それが、姉達からユリウス先生の魔力補充という立場を奪ってフィーニスまで行ったオリガの成果の全てだ。あまりにも情けない。


 しかも、国王や姉達の前で王位継承権は要らないと偉そうな事を言った結果が、王にプルルス行きより先にルブルス国内を調べるべきではと諭され、王立図書館に入り浸っている。王位継承権は剥奪される事もなく、オリガの言った一言は……有耶無耶になったのだろう。

 そんな国王陛下との謁見から数日が経過し、図書館内の閲覧室に置いっていない書庫にも足を踏み入れたが、結果は芳しくない。

 わかった事と言えば、ルブルス国内にあるユリウス・ルバーシュ著作の書物全てよりも、アルブスの魔術師一人の蔵書の方が上回っていた事くらいだ。見目はオリガの妹達と同じ歳頃だが、冥加の魔術師が持つユリウス・ルバーシュ著作物への造詣は数十年研究を重ねたとの言に偽りなく、ルブルス魔導士達も文字通り脱帽し、彼女の手足と成り下がった。

 慧心の魔術師と同じ地位にある御仁だと言う事を改めて知らしめてくれた訳で、その見目に引きずられてオリガを含めたルブルス陣は彼女の実力を見誤っていたと言わざるを得ない。


 言い換えるなら、オリガはあまり役には立っていない。


 そんな後ろ向きな気持ちを汲んでくれているのかどうなのか、数刻毎にアルブスの王子が()()を引き連れてオリガの元へとやって来てくれる。律儀な御仁だなとオリガは思いつつ、開き直ってその厚意にしっかり甘える事にしている。


「調査状況は如何ですか?」


 エリック王子は食事を終えたヴィンセント王子(弟君)を名残惜しそうに騎士に預けてから、現実逃避中のオリガに尋ねた。その表情はルブルスの姉妹間には無い、上品に繕われた優しさを感じさせられるが、細められた眼差しは、単純に自分を気遣ってくれているのだと人の機微に鈍いオリガとて理解できる。


「残念ながら、ルブルス国内で閲覧できる書物に手掛かりとなりそうな物はありませんでした」


 何なら冥加の魔術師殿の方がアテになるくらいです……と、までは流石のオリガも言えなかった。そこへ、傍で休憩中の冥加の魔術師(アークライト伯爵)が口を挟んだ。


「若い頃から多くの技術書を残して来られた方です。ユリウス・ルバーシュ卿がプルルスに居られた頃に何か残された可能性は高いと思いますわ」


「そうか……可能性の程は解らないけれど、行って見る価値はありそうだね」


 そう王子が呟くと、小さな魔術師はその両拳をあわせて前のめりに『ええ、そうなのです!』と、応えた後に王子に一歩近づくと続けた。彼女の勢いに押されたか王子が背を後方へと反らせた。


「エリック殿下のお許しを頂けるのであれば、私、プルルスに行って参りますわ!」


「うーん、どうだろうね? 私からお願いしたとして、包み隠さず教えてくれるかどうか……アルブスとプルルスは国交がほぼ無いから。難しそうだね」


 それを聞いた冥加の魔術師は鼻筋に皺を拵えて唸った。

 唸り声に驚いたのか、癒しのアリハム(ブレイク公爵令嬢)がピクりと身体を振るわせるとオリガの指を両手で捕まえてスンスンと鼻を擦り付けた。


 異母姉ロザーリエに取りなして貰えるだろうか……


 オリガは『大丈夫よ』と、小さな癒しにだけ聞かせるように言うと、傍に控える王子の侍従にアリハムを手渡した。


 いや、ルブルス出身の王子妃の事を、プルルス侯爵家の人間が果たしてどこまで信頼してくれるかどうか……そんな考えがオリガの頭をもたげると、安易に冥加の魔術師を喜ばせる事を口にすべきではないと思い直すのだった。



***



 謁見の間に通されたプルルスの遣いと名乗る男を見た時、ペトラは表情を殺した。

 彼の傍らに精霊が居たのだ。果たしてこの男には見えているのかどうか……それを観察するように、彼と精霊を一つの風景のように見つめる事にした。


「謁見のお時間を頂き、感謝いたします」


 男は恭しくこうべを垂れて見せた。

 隣に座している国王ちちが、手を軽く上げると、ペトラの方を見て頷いた。いつも通り、仕切るようにという事らしい。


「遠路ご苦労さまです、オルランド枢機卿。お顔を上げて下さい」


 ペトラがそう言うと、男は顔をあげた。

 歳はペトラよりも幾つか上であろうが、枢機卿を名乗るには些か若い……と、言うのがペトラの印象だった。


「早速ですが、本日はどのような御用向きでルブルスまで来られましたか?」


「実は、三日前の事になりますが、プルルス国王陛下、王太子夫妻が事故にみまわれ急逝されました」


 隣の国王が軽く身じろぎしたのを視界の隅に捉えながらペトラは自分の務めを続けた。


「それは、突然のご不幸、お悔やみ申し上げます」


「……恐れ入ります」


 枢機卿は、今から本題に移るのだと分かり易い表情を見せると、続けた。


「そこで、プルルスの第二王子と新たに婚約していただける方を探しております。プルルスの聖廟へ入り、王たる証を得る事の可能な方です」


 ペトラは、目を凝らして枢機卿の表情を見た。

 プルルスの教会は年若い者に嫌な役を押し付けたのだろう。厚かましい事だとペトラは思っていた。『プルルスの第二王子は王位が要らないのか?』と訊いてやりたい所を自制して、枢機卿には傍らの精霊が見えていないのだと理解した。


 見えていれば、目の前にいるこの男が新たなプルルスの王になれば良いのだから……


「他国でもお探しですか?」


「先ずは、親交の深い隣国からと……」


 何と白々しい事……


 ペトラは枢機卿の厚顔ぶりに嫌な笑みが漏れてしまった。

 プルルスは、ルブルスの事を決して良くは思っていない。かつてプルルスの王族であった一族が作った裏切り者の国として認識されているし、ルブルスが栄える事など許せよう筈もない。むしろ、卑屈に頭を下げてプルルス国に従うべき……くらい思っているだろう。

 そんなプルルス国民の認識を改めようとしない教会も王家も、ルブルスの旨みだけが欲しいのだと……そのくらい、ルブルスで教養を得た者であれば容易に理解できる事だ。


「ふむ、ダヴィード王子は聖廟へ行かれたのかな?」


 珍しく国王が自ら口を開くと、枢機卿は『いいえ』と、短く応えた。


「であれば、先ずは聖廟に向かわれる事をお勧め致します。幼少期に見えていない場合にも、後に見える事もあると聞いた事があります」


 ペトラがそう言うと、枢機卿の視線は国王からペトラへと移された。


「それは貴方のご経験でしょうか?」


「いいえ、先達から伝え聞いた話です」


「ロザーリエ殿下は……如何でしょう?」


「私には判りかねます。よろしければ、ご自身でご確認されては?」


 ペトラは、いささか攻撃的だと自覚しながらそう返してしまったのだが、心を鈍くして表情を消して見せた。

 

「まぁ、もうすぐ産まれる子が王たる証を得る可能性もあろうて」


 国王がそう言うと、枢機卿は怪訝な表情を浮かべて『それはどう言う事でしょうか?』と、返した。


「ああ、初耳であったかな?

 ダヴィード王子とロザーリエ妃との間にできた御子の事だよ。

 半年もすれば産まれるであろ?」

 

 国王の言葉に枢機卿は驚きを露にして『何と……ご懐妊されていたのか』と、独りごちた。


 ペトラはその様子を見ながら、異母姉ロザーリエと夫を分けあうのは果たして自分かそれともオリガのどちらになるのだろうと思うのだった。


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