働き者を見て育つ
銀流は働き者だ。いや、働き狐だ。
移動ができるようになっても、動きが遅い私の代わりに尾を八つに分けた。
七尾はそれぞれ普通サイズの一匹の狐となり、テリトリー内を常に駆け回っている。
最後の一本の尾は銀流にそれまで通りくっついていてフサフサしている。それは取れないそうだ。
それに比べて、ずっと拠点で銀流に言われるままに術を使う私。
うーむ、私も分身体を作るべきか。
別れると言ったら、やはりこの羽だろうか。
鱗粉たっぷりの純白の羽に触れながら考える。
「どうしました?」
「私も羽をちぎって分身体を作ろうかなと。銀流、痛いのが怖いからちょっと引きちぎってくれない?」
ほれほれと背中を見せて羽を揺らす。
でも痛みは怖いのでぎゅっと目を瞑る。
いつ来るか、まだかな。
覚悟を決めているとかさっと、羽に何かが触れるのを感じた。
「いや、無理でしょう真白。私の尾は力をつけると増えていった後付けなので別れることも可能ですが、真白のこれは産まれ付き備えついたものでしょ?」
え、そうなのか。
パタパタと羽を動かしながら振り向くと銀流困り笑いを浮かべながら羽を優しく撫でた。
「それにこんな綺麗な羽を傷つけちゃいけませんよ」
そうか。
そうなのか。
それならば仕方ないと、残念に思いながら羽を揺らす。
「真白も分身体が欲しいんですか?」
「銀流ばっかり働きすぎてるから…」
「大丈夫ですよ、この程度なら苦にもなりません…ええ……この程度……」
ふふふと突然遠くを見て笑いだした銀流。
そのただ事ではない空気に、これ以上この話題はやめた方がいいと察する。
それでも。うーん。
「手伝いたかったんだけどね…」
しょぼくれると、破顔した銀流がわしゃわしゃと乱暴に髪を掻き混ぜて被害にあった触手がぴょこぴょこと激しく動く。
「銀流、それはちょっとやだ」
「ああ、すみません。でも真白の気持ちが嬉しくてね。無理しないで出来ることから頑張りましょうか」
まるで父親みたいにそう言うと、銀流は銀狐に変化した。
しかしそのサイズはいつもに比べるととても小さい。馬くらいのサイズだ。馬並みの狐が目の前で伏せる。
『じゃあテリトリーの見回りを一緒にしましょうか。今六尾からエルフが魔法で大穴を開けたと報告があったので確認したいので』
と、言われても。
いつもとサイズが違うからどう乗ればいいのか分からない。ふさふさの毛並みを撫でて首を傾げると一つの尾で胴体に押し付けられる。
『ゆっくり行きますから、馬に乗るみたいにどうぞ』
「跨いでいいの?」
『どうぞどうぞ』
恐る恐る銀流の背にまたがる。するとすっと銀流が立ち上がって落ちそうになりぎゅっと毛を掴んで何とかこらえる。
そのままゆっくりと銀流の背に乗って、森の中を歩く。
ドライアドのおかげで緑は溢れ、知性のない昆虫もたくさんおる。
獣の姿はないが、そこかしこで生き物の気配を感じる。遠くの方には実がなった木もあるし花が咲いた草もある。
まさに大自然、と言った感じで落ち着かない。箱の中で育った私にはこんな世界、馴染みないものだから。
だから基本的に銀流と一緒の時しか住処の外には出ない。
きっと私は神格化していなければ、一瞬で食われるであろう世界だから。
それでも今の私の仕事はこの森をさらに豊かにすることだから、そっと羽を震わせる。
強くあれ。立派に育て。
思いと術を込めて鱗粉を飛ばす。
鱗粉は風に乗ってキラキラと遠くまで飛んで行った。
『真白、ついたよ』
「わあお」
たどり着いた大穴は、本気で大きかった。
大きな山をくり抜く横穴は大きいサイズの銀流の巣と言われても納得出来るサイズだった。
そして奥も暗くて見えない。
銀流と一緒に中を覗き込む。
奥行きも結構ありそうだ。
「あら、ここに大穴を開けたのは主様達でしたか」
不意に後ろから声をかけられて、振り向いた瞬間飛び跳ねて銀流にしがみつく。
『いや、我らは確認しに来ただけだ』
「そうですの?でしたら我らが住み着いてもよろしいでしょうか?」
『構わないが、それならば強度が心配だな。真白、補強出来る…か…?』
そこに居たのは虫人の長だった。蜘蛛だ、蜘蛛。
銀流を見る目は理知的なのに、私を見る時は美味しそうな獲物を見る目で背筋がゾッとする。
「でき、る、」
チラチラと蜘蛛人見ながら、銀流の尾を抱いて洞窟に向けて吐息を吐く。
吐いた空気は、空中でキラキラと光る糸となる。
糸は洞窟内の壁に張り付いて、もし崩れ落ちる時でも逃げ出す時間程度は保つはずだ。
「絶対に崩れないわけじゃない。崩れる時は逃げ出す時間程度は持つ程度の術をかけたよ」
「それで構いませんわ。ありがとうございます白き姫君」
ずいっと寄ってくる虫人。銀流の尾を抱いたまま、銀流の影に逃げる。とはいえ、私の羽は銀流の影に隠れられるようなサイズでは無いのだけれど。
「ふふ、嫌われてしまっているようで残念ですわ」
『種族的な相性だろう。とは言え、真白の方が強いのだから怯えなくても良いのだよ?』
「理屈じゃないの」
「では私は中の様子を見てまいりますわね」
最後まで私をねっとりと見て、蜘蛛人は洞窟の中に入っていった。
暗い物陰は虫達からしたら森よりも安心を得られるだろう。蜘蛛は怖いけど、彼女達にとって良き巣になることを祈った。
「ターシャ!」
「走ると危ないよ」
駆け出して来た彼女は案の定転びかけて、慌ててそれを抱きとめる。
「気をつけて、もう1人の体じゃないんだから」
ごめんなさいと笑う彼女はもう昔の面影は無い。
初めは彼女に食べ物を差し入れていたけれど、それでは村で彼女の立場が悪くなることを知った。
なのでドワーフの幼馴染と協力して、たくさんの獲物が取れる武器と、運べる荷車を作った。
仲のいい友人たちと狩りをして、みんなで食事を届ける。
人の子達も中に入れたらいいのにね。そんなことを話したことは一度や二度じゃない。
そして大人になった彼女と結ばれて。
けれど彼女も、彼女との間の娘も結界は通り抜けられなかった。
彼女たちの安全のために傍に居たいのに
彼女たちに食べさせるために結界の中に行かなくては行けない。
毎日無事でいてくれと願いながら走って帰り、毎日笑顔で出迎えてくれる二人に心から安堵した。
こんな毎日が続くと思っていた。




