X2-24『願い』
宙に咲く花。
渦巻く闇。
星々の輝きすら入り込まない、無間の終点。
辿ってきた航路の果て、宇宙の末端である中心にイルは到達していた。
今まで無数に瞬いていたはずの星々はそこにはなく、静かな闇のみがそこにはあった。
しかし、先ほどからその闇に見え始めた、この空間には決してないはずのもの……花。
空気もなければ光もない。
そんな深海のような場所に、無数の仇花が、宇宙空間を漂い、咲いていたのだ。
「だいぶ深いところまで来たんだな……あと、もう少しだ」
花々の道を通り抜け、更に闇の奥深くへと潜ろうとするイル。
そんな彼に、迫る存在が居た。
「……来たな」
のっぺりとした顔に、ぽっかりと空いた穴。
見慣れた髪に、手にはギターを握ったその姿は、まぎれもなくメイのマガイモノだった。
そのマガイモノは周囲の仇花が姿を変え、変化した虚ろな人のカタチ。
宇宙の中心へ迫ろうとするイルを阻むように、無数のマガイモノが襲い掛かる。
「君たちはきっと彼女が造り出した虚像か……でも今は、前に進むしかないんだ」
襲い来るギターを弾き返し、マガイモノを切り伏せ、先へと突き進む。
宇宙空間には、マガイモノを破壊したことで発生した、血のような花びらが舞っていた。
通った軌跡に花びらを散らせ、イルはより深みへと至った。
無数の仇花が、花畑のように集う、引力の塊、ブラックホールの果てへと。
「迎えに来たぞ、メイ……ずっと、ずっと待たせてしまって、ごめん」
暗闇へと呟くイルの声さえも、宇宙の淵である闇へと吸い込まれる。
もはや誰にも届くことはないと思われたその声に、感応した存在が居た。
『――』
「……っ!メイ!」
遥か、闇の虚ろの中で揺らめく、ひとつの影。
それは周囲のマガイモノや、無数の花びらを闇の中へと収束させ、次第にカタチを成し始めた。
仇花と無数のマガイモノの肉体で編まれた、漂う天の川のようなドレスと巨大な体。
銀河すらも抱けそうなほど、巨大な腕。
透き通る星々の輝きのような色をした髪。
宇宙の中心点たる渦は顔の穴となり、そのぽっかりと空いた虚からはひとつの赤い、赤い眼球が見開いた。
それは、イルがよく知る、少女の姿をしていた。
宇宙の端から端まで届きそうなほど、巨大な女神の姿をした、メイだった。
否、厳密には、メイの集合体ともいえるモノだ。
「そうか……僕が何度も何度も、繰り返してしまったから……その宇宙の輪廻の中心軸になってしまっていた君の、君たちの魂は、ここで集積して……降り積もって……一体化して……全て、僕と、僕の血のせいだ……」
宇宙空間に揺らめくメイは、静かにイルを見下ろす。
彼女はキーボードを構えなおし、彼女の身へ接近しようとした。
「でも、だからこそ、僕は君を救わなきゃダメなんだ……メイ!」
『――』
しかしイルの体は、半透明の障壁によって阻まれる。
「……っ!君が僕を拒絶しようとするのは分かるけど、でも……!」
メイの体から放たれる、無数のマガイモノ達。
障壁へと取りついたイルを引き剥がそうと、彼女達は迫り来る。
「これ以上君を傷つけないと約束する……だから……もうこんな、無意味な繰り返しを、終わらせなきゃいけないんだ!」
マガイモノ達の拘束を振り払い、キーボードの切っ先を障壁へ突き立てる。
ギリギリと火花のような閃光が宇宙空間に散り、彼女の願いの刃が、障壁へ突き刺さった。
しかしそれを破るのには力が足りない。
「君が人だった時に願った……哀しみのある世界を、もう二度と繰り返す訳にはいかない!だから……!」
「てりゃぁーっ!!!」
「なっ!?」
突如背後から響くリオの声。
飛び込んできた彼女はイルの握っていたキーボードに力を合わせる。
「リオ!アイツは!?」
「なんとか元の次元に戻してあげたわ!っていうかあたしが来る前に何とかしなさいって言ったじゃない!」
「……ごめんっ」
「ふん、いいわよ!結局、ひとりじゃ何も出来ないんだから……あたしが、力を貸してあげるっ!」
リオの力が加わったことにより、障壁の裂け目が広がり、亀裂が走る。
圧倒的な力を前に、遂に障壁のカタチが激しく歪み、破かれる。
「行って!イル!」
「おうよ!」
リオが障壁の隙間をこじ開けている隙に、イルは内部へと飛び込んだ。
向かう先は、巨大な女神の頭部。
瞳と化した、宇宙の虚へ。
「今度こそ……願いを叶えるんだ!」
無数のマガイモノが大群となって押し寄せる中を、縫うようにイルは飛び、虚の中を目指す。
自らを止めようと迫り来るマガイモノを押しのけ、虚の中へと手を伸ばした。
「メイ!」
『……イル……セイラ……』
瞳の闇の中に響く、少女の声。
声の在処を探し、イルは周囲を見回す。
「もう……もう終わらせるんだ!君と、僕で、この輪廻を!」
『私は……私達は……何度繰り返して……』
暗闇の中で光る輝き。
外側から見た、眼球のように見えていた紅い光の球体へ、イルは接近した。
『でも……あなたが救うのは、きっと、あなたが知る私だけ……』
「そんなことは……絶対にしない!一人たりとも、君を見捨ててなるものか!」
禍々しい、それでもどこか神秘的な光の中へ、イルは手を伸ばし、手探りでも何かを掴もうとする。
魂を、この抜け出すことの出来ない連鎖の渦から、引き出すために。
「僕は君と、ずっと、ずっと長い間一緒にいた……だから知ってるんだ、全ての君を!」
『――』
「だから……そんな君を、ひとりでも、諦めたりなんかしない!」
『――イル』
その時、セイラの右手に確かに伝わる感覚。
光の中で、彼女の手を掴む者が居た。
「っ!メイ!そのまま……離すなよ!」
『うん、イルっ!』
確かに握り返した細い腕を引き、光の中から引き出そうとする。
無数の光は収束し、女神の体を構築していた仇花やマガイモノ達も、光となって集っていく。
「魂が……今まで降り積もってきた魂が、ひとつに集ってる!」
「君が、君自身を創造するんだ……もう僕の幻想なんかじゃない!君は、たったひとりの、メイだ!」
『私は――メイっ!』
刹那、膨大な光が溢れ出し、三人を包み込む。
たったひとりの存在の、願いによって造り出されてきた虚像の宇宙。
それら全てがひとつに集って、再構築されていく。
今度は、たったひとりの少女を救う為に。
無数の星羅と願いは、ひとりの少女を蘇生した。
ひとつの世界を歩む為の、願いのカタチを――。




