X2-23『星羅の旅路』
煌めく星々の海。
何処までも続く暗黒の海。
果てしなく光が渦巻く海……。
ゲートを通り抜けたイルを待っていたのは、果てしない大空、宇宙だった。
眼下には蒼い蒼い、巨大な地球が見え、光も飲み込む宇宙の暗闇に、星々の光が無数に散りばめられている。
「宇宙か……戻ってきたんだな、僕たちは」
ゲートから続く無限の宇宙には、確かに道筋のようなモノが遠くまで続いており、はっきりと目に見える訳ではないがその航路を、イルは突き進む。
しかし彼女の進路上に、何かが闇に紛れ、蠢きながらこちらへ向かって来ているのが目に入った。
「アレは……帰り場所を見失ってここで行き詰ってたのか」
それは無数の赤黒い腕のような形をした触手を全身に張り巡らせ、悍ましく生々しい眼球を中央に備えた、肉の塊のようなケダモノだった。
月すらも飲み込むほどの異常な大きさをしたそのケダモノは、ゲートにより召喚されようとしていた、財団が『神』と呼ぶ存在の一柱だったモノ。
ゲートによりここまで呼び出され、本来存在した次元から地球圏近辺まで呼び寄せられていたにも関わらず、メイの突入によりゲートから押し返され、戻ることも出来ずここで行き詰っているようだった。
更にはその瞳は、イルの背後に残された僅かなゲートの残滓へと向けられており、再び地球へと這いずり出そうと目論んでいるのが目に見える。
「他の連中はこの空間に呼び出される前に止まったみたいだな……お前だけ、この世界に取り残されちまったって訳だ」
『――』
言葉にならない、耳で聞き取ることさえ叶わない、身の毛のよだつ叫び声。
それはこの悲劇に巻き込まれ、自分が利用されているだけと気付いた故の人類への恩讐の叫びなのか、はたまた故郷へ帰ることすら叶わない悲痛な嘆きなのか。
しかしそのケダモノは、眼前から迫りくるイルに目をやると、その無数の触手を激しくうねらせ、威嚇するように叫び声をあげた。
「残念ながら一本道なんだよ、この道は……悪いけど、君にどいてもらわないと、先へ進めないんだ!」
『――!』
今度は確かに分かる、イルに対して敵意を向けた叫び。
放たれた無数の触手はイルに向けて襲い掛かる。
キーボードをブレードのように振るい、迫り来る触手を切り落とすイル。
切断面からは赤紫の血が噴き出し、肉片と共に宇宙空間に漂う。
触手の先端や中央の眼球からはレーザーのような高熱の光の槍が放たれ、イルの行く手を阻もうとし続けた。
「君に構われてしまうと先へ行けないんだ!頼むからどいてくれ!」
彼女の言葉が単純に伝わっていないのか、はたまた同じ超次元の存在だとお互いに分かったから意地を張っているのか、それとも目前の存在が人間のカタチをしている為にその恨みをただただ向けているのか……。
表情も読み取れなければ言語も分からない存在の邪魔に、イルは行く手を阻まれ唇を噛み締める。
同じ別次元の存在と言えども、力の本質は全く別物なため、力を吸収することすら出来ないのだ。
「あまり時間をかけ過ぎるとメイに追いつけなくなる……どうすれば」
『お困りのようね』
「この声はリオ……なっ!?」
突然、どこからともなく聞こえてくる、カノプスの元となった存在、リオの声。
イルが声のする方へ眼を向けて見ると、そこには自分の左手があった。
さらにその手のひらをふと見てみると、なんと翠色の眼球が開いていた。
「気持ち悪っ!お、お前どうして僕の左手なんかにっ!?」
『ちょっと!酷い言い方するじゃない!あんたがレンゲからあたしを吸収してくれたから、魂が全部あなたの体へ移ったのよ!それはともかく、あんた困ってるんでしょう?早くここからあたしを出しなさい!』
「出せって言ってもどうすれば……」
『今のあんたなら、分かるんじゃない?』
「……なるほど、そういう事か」
眼球が埋め込まれた手のひらをケダモノへ向けるイル。
彼女は深く念じるように目を閉じ、意識を集中させる。
直後、星の海の彼方でキラリと光る、翠の輝き。
「今ここで君を創造する……リオ!」
叫び声と共に、左腕の肘から先が突然切り離される。
黒い泥の塊のように変異したその左腕だったモノへ、宇宙の彼方で光った翠の輝き……かつてカノプスだったモノの残骸に残されていた眼球が飛び込み、泥の中に二つの翠の瞳が備わる。
翠の閃光を纏ったその黒血の泥は人のカタチを作り、やがてそれは一人の少女の姿へと成った。
短い透き通るような髪に、白いマフラー。
白いレザーコートとスカートを身に着けたその身の背中には、まるで蛾のような瞳が描かれた翼を備えている。
そしてゆっくりと開かれた、翠の二つの瞳。
彼女こそが、財団がかつて呼び出したもう一人の女神、リオの本来の姿だった。
「ふふ……私、復活!」
「よし、二人で力を合わせれば……」
「な~に言ってるの、よ!」
「……え!?」
二人でケダモノへ向かおうと身構えたイルの背中を、突然物凄い力で蹴り飛ばすリオ。
無重力故の影響で蹴り飛ばされたイルはそのままの勢いでケダモノの横を通り過ぎ、放り出される。
「なっ、なにを!?リオ!」
「あんたはメイを助けに行くんでしょうが!こんなヤツ、あたし一人で抑えるのは十分!はやく、メイを助けにいってあげなさい!」
「……っ!こんな時にまでありがとう、リオっ!」
「あったり前よ!何年間あんたに協力してやってきたと思ってんの!後で追いつくからその時までに終わらせとくのよ!」
目線を進路の先へ戻すイル。
大きく因子の翼を広げた彼女は、凄まじい速さで宇宙の彼方へ向けて飛び去って往った。
「ま、あんたはどうでもいいのかもしんないけどさ……あたし、レンゲの心に触れた時に知ったんだよ」
リオの手に収束する光。
そこに現れたのは、無数の鎌が一体化したような、長く鋭い爪だった。
「あの子は、必死にこの青い地球を、星々を守ろうとしていた。例え自分の信じる財団の長がどんな思いを持っていたとしても、あの子が抱いていた願いは……決して生半可な理想なんかじゃない……確かな決意と覚悟だった」
『――』
「だから、あたしはあんたがあの星を、そこに住む原住民共をぶち殺したい、ぶち壊したいって気持ちも良くわかるけど……私は、自分の決意の為に戦った一人の少女の方に共感させてもらうよ!」
迫り来る無数の触手を華麗に舞うようにして細切れにしてしまうリオ。
噴き出した赤紫の血が、彼女の白い肌に触れる。
「それじゃ、始めようか……!あんたとあたしの『ラストダンス』を!」
『――!』
無数の触手が渦巻く中心点である眼球へ、リオは突撃した。
美しい妖蛾の舞に、華やかな血の華が星々の海に散らばった。




