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X1-22『覚悟の目醒め』

 異常な閃光に包まれる空間。

 その空間に迸る、ポラリスの赤い瞳の輝き。

 直後、ポラリスを拘束していた鋼鉄の胴体が弾け飛び、中から溢れ出した眼球と大量の黒血が龍のように宙を舞い、眼帯を引き剥がしたセイラの左目の虚へと宿る。

 空気すら白亜に染まった世界に開く、二つの赤い瞳。


「これが……僕だ!」

『――っ』


 刹那、光が打ち払われるとそこには、ひとりの少女が立っていた。


 不死鳥が翼を広げたような黒と白の髪。

 体から溢れ出す潤沢な神の因子を周囲に纏わせ、僅かに浮遊させているその体。

 黒い爪は鋭く、メイから託されたキャスケットを指先で大事そうに整える。

 そしてその己の願いと意志に燃えるような二つの紅の瞳は、メイの魂を飲み込んで尚、光を溢れさせるのを止めないゲートへと向けられている。


 彼女の名前は星羅イル。

 両断され、装置の爆発に巻き込まれ破滅したはずのその肉体を再生させながら、真の力を取り戻したセイラの姿だった。

 周囲に待っていた因子が手元に収束すると、白と黒、紅が羅列する機械的な外見をしたショルダーキーボードが構築される。

 彼女がそれを一振りすると形状が大きく変形し、大鎌のカタチへと変化した。


「僕の、どんな思考でも現実にする、願いのカタチ!」

『グ……ウアァアアアア!!!』


 叫び声をあげたレンゲが、イルに向けて雷撃の嵐を放つ。

 しかしイルは動じることなく、キーボードに備えられた操作盤を操り掲げると、彼女を守るように周囲に半透明の障壁が展開され、稲妻を受け止め、更にあろう事か集積した電撃がイルへと吸収される。

 障壁を解除し、肩にキーボードを担ぎながら、イルはレンゲへ向けて歩み寄り始めた。


『ウ……ウゥ!』

「所詮は……僕らのまがいもの。それでも、この世界で生きた僕の記憶では、君も友達の一人だったから……」


 雷撃を弾き、吸収しながら接近してきたイルに向け、触手で襲い掛かるレンゲ。

 全方位から予想が付かない鋭く素早い攻撃。

 しかしそれすらもイルは身に纏う因子で全てを読み取り、襲い掛かってくる触手を的確にキーボードで弾き返し、切断する。


「せめてこの世界で、君だけでもその憎悪と絶望の渦から救い出したい、レンゲ!」

『グ、グガァアアア!!!』


 命の危機を本能的に察知したのか、電撃を纏ったレンゲが宙に浮遊し、超高速で飛び上がって逃走を図ろうとする。

 それを目で追ったイルは、キーボードをひと振るいし、地面に勢いよく突き立てた。

 直後、地面に無数の裂け目が現れ、その隙間から無数の黒い腕が飛び出し、宙を飛ぶレンゲを捕まえ、縛り上げるように拘束する。


『ガァ!!!』

「あんまり動きまわると……危ないからな!」


 腰を低く保ち、鎌を肩に構え、力強く地面に踏み込みを入れるイル。

 髪が広がり、風に乗せられてはばたく。

 強く地面を蹴ると、背部から勢いよく因子が拡散し翼のように広がり、その勢いに体を押し上げさせるように空を舞った。


「まずはレンゲ……君を解放する!」

『アァアアアアア!!!!』


 レンゲは身動きが取れなくなりつつも雷撃を放ち続ける。

 その雷鳴の隙間を縫うように飛び、キーボードを大きく振りかぶる。

 レンゲの目前へと急接近したイルは、構えたキーボードを因子の勢いに乗せて、勢いよく振り下ろした。


「少し痛いけど……我慢しろよ!」

『――ッ!!!!!』


 因子を纏った鋭い刃が、レンゲの胸を切り裂いた。

 その時、レンゲの切り裂かれた胸の傷口から、漆黒の因子がドロドロと溢れ出し、イルへと吸収されていく。

 力を奪われれば奪われるほど、レンゲの肌の色が、髪が、目が、人のモノへと戻っていく。

 完全に因子をイルが吸収し尽くした時にはレンゲは元の姿に戻っており、彼女の体を抱きかかえたイルはゆっくりと地上へと降りた。


「よし……」


 レンゲの体を地面へとそっと寝かせると、彼女の、あの桃色の瞳が開く。

 ぼんやりと周囲を見回したレンゲは、イルの顔を見つめた。


「セイ……ラ、さん……?」

「大丈夫か、レンゲ」

「私……戻った……?」


 髪は白いままだが、確かに、人としての意識を取り戻している。

 レンゲの無事を確認すると、イルは再び立ち上がり、ゲートへと向き直った。


「世界中の子機のゲートに関しては破壊出来たが、根本であるここはまだ完全には停止してないのか……もう時間がない、僕も行くよ。メイを助けるためにも」

「でも……あなたは……」

「いいのさ、もうこの世界で死んだことになっても……ゲートを超えた先の世界が、きっとあるはずだからな」


 ゲートの前へと立ち、因子の翼を広げるイル。

 そんな彼女の背中を、レンゲは見守る。


「どうか……どうか、この世界を救ってほしいとは言いません……でも、私の友達だった、メイさんは……メイだけは、よろしくお願いします……セイラさん」

「……こっちの世界は、君たち人間に任せたよ」

「……はい、必ず……!」


 最期に、僅かに振り返り、イルはほほ笑んだ。

 勢いよく宙に舞ったイルはゲートへ向けて急降下し、その渦の中心へと飛び込んだ。

 直後、圧倒的な魂の質量を飲み込んだゲートは暴走したように光を吐き出し、小規模なブラックホールのような、引力の塊となって完全に消滅してしまった。

 もはやそこには、メイやイルの影はない。

 ひとりの存在は、たったひとりの少女を救う為に、旅だったのだ。


 ただひとり残されてしまったレンゲは、願うようにゲートのあった場所と、星々を見つめた。


「お願いします、我々の、『神』よ……」

「全く、人間とは自分勝手なモノだねェ」

「っ!?誰……!?」


 まだ上手く体を動かせず、地面に這いつくばるレンゲの目の前に、突如として現れた謎の人影。

 レンゲの視界には、その人物の靴しか見えていない。


「そんな人間の君に、ひとつ昔話をしてあげよう。遠い遠い昔の……そして、未来の昔話だ」


 ほんの少し大人びた、しかしそれでいて好奇心を抑えきれない子供のような口調。


「その昔、この世界には何者よりも先に、初めて生まれた始まりの人類が居た。その人類は、自分と同じでありながら、生物としての特性が異なるもうひとつの人類と交わり、そうして子孫が生まれた」

「この……声……でもそんなはずは……っ!」


 ふらふらと歩きながら、その人物は言葉を続ける。


「始まりの人間と、その女の話だ。でもね、今の人類は正しい人類じゃない。所詮、混血のマガイモノに過ぎないのさ……何故かって?それは始まりの女が、『過去の神を偽った者』によって造られた、始まりの『人造人間』でもあったからさ。始まりの人間が愛したのはただの泥人形。その泥人形と交わり、今まで脈々と受け継がれてきた人類の血筋は、マガイモノの混血なのさ」

「あなた……何を言って……」

「なら、本当の『始まりの女』は、どこへ消えたのか?『過去の神の名を騙った者』は、誰なのか?君たち人類に分かるかな?」


 レンゲの前に再び立ったその人物は、手に拳銃を構えているのが見えた。

 星光を受けて、黒く、鈍く輝く、人が人を殺す為に生み出した、人類の凶器。

 その銃口は確かに、レンゲの額に向けられている。


「さぞ、始まりの女は悔しかっただろうね……いや、もしかしたらほくそ笑んでたのかも知れない。造り出された泥人形に過ぎない、理想の偶像に過ぎない人造人間と、愛し合う人類……まるでVOIDの持つ力を信じ、新たな人類として送り出そうとした君たちのように」

「それは……あなたが……っ!」

「それでも、愚かな人間には呆れただろうよ、始まりの女は……そうなればこそ、その女は、裏切り者の蛇となり人類を知恵という罠へ陥れようともしただろうし、赤い竜ともなって怒り狂いもしただろうさ……全く、自分達が蔑んだ挙句忘れていた女に、わざわざ禁忌の知恵を与えられぬか喜びした上に、勝手に滅びようとしてるなんて……あっはは。笑いものだねぇ、全く」


 全く笑ってない笑い声。

 レンゲは必死に顔を上げ、その人物の顔を見ようとするが、銃口が額に押し付けられ、顔をあげることすらできない。


「あなたの……邪悪なあなたの思い通りなんかにはさせない!この宇宙を……あなたのような悪魔に、邪竜に……真の邪神に、受け渡してなるものですか!」

「ほぉ?散々自分の体を弄ばれて、そこまでズタボロになったのに、まだ威勢よく喋れるんだねぇ、美奏レンゲ……流石は『元』上司さんだ」

「あなたの思い通りには……させない……」


 ニタリと笑う口元。

 しゃがみ、自分の顔を覗き込む相手の顔。


「人類はあなたを……止める……っ!……リリ――」

「違う違う」

「――っ!」


 唐突に引かれる引き金。


 レンゲの脳を突き抜ける、弾丸。


 噴き出した赤い血と、脳漿の飛沫。


 目を見開いたレンゲは最期のその瞬間に、相手の、真っ赤に染まった二つの瞳を見た。


「――っと、思わず撃っちゃったよ、ごめんごめん!」


 事切れたレンゲは地面へ顔を力なく伏せ、真っ赤な血の池を広がらせた。

 遂に死に絶えてしまった彼女の前でその女は立ち上がり、返り血を浴びた自らの黒い手袋を脱ぎ、レンゲの遺体に向けて投げ捨てる。


「人類よ、これは私からの……お前達に忘れさられた私からの宣戦布告だ。泥人形を愛して夢中になった愚かなお前らの悍ましい腸を、私は内側から喰い潰してみせよう。そうだ!私の名は――」


 天を大きく仰ぐ女。

 もはやその姿は、かつてのレンゲや人々が知っていたモノとは変わり果てていた。


「――『イヴ』」


 星羅の瞬きを喰い殺すように紅い瞳で睨んだ悪魔は、邪悪な笑みをひとつ、浮かべてみせた。

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