X1-21『瞳』
とある世界の、とある町。
ごく平和だった町にある日、人々の手によって一人の存在が召喚された。
人々はその存在が持つ、人間や生き物、自然や人工物、果てには星や宇宙の闇その全てを構築するモノの原点であるという特性に目をつけ、やがて彼を自分達が信じる『神』に当て嵌めた。
人々は神を信仰し、そして利用しようとした。
しかし、神は、自分が『そう呼ばれる』ことに強い抵抗を持っていた。
自分自身が元居た世界、生まれ育った世界では、自分のような存在はありふれた存在であり、自分を信仰し利用しようとする人々と同じような存在だったからだ。
思考し、願い、それを現実にする。
その力は、彼が生きた世界では当然のことだったのだ。
身勝手に信仰され、利用され続けた神は孤独だった。
本来は人が持つ本質と変わらないはずなのに、全く別の存在、特別視される疎外感。
彼は、人々に信じられているが故の充実と、利用されるが故の苦痛と、そのどちらでもあるが故の孤独を味わい続けた。
そんな彼に、ただひとり、寄り添った少女が居た。
その少女もまた孤独だった。
周りの人々は少女をただそうし易いからという理由で蔑み、軽蔑し、傷つけ続けていた。
その孤独故に、少女に対し神は感応した。
苦痛と孤独の間で苦しみ続ける神を、その少女は自分と変わらない人だと、『友人』だと言って付き添った。
突然引き摺り出された下位次元の異世界で初めて出来た理解者、否、友人。
彼は、その少女に対しては初めて心を開き、その少女の為ならば自身を神と言い崇めるに至った原因の力さえも、惜しみなく扱った。
神は少女を、少女は神を、信仰とは全く違う、人と人として信じあっていた。
しかし邪な考えを持つ多くの人々が、やがて信仰という言葉を用いて、神の力を己の私利私欲の為の手段や目的の一部として利用し始めた。
人々の邪悪な思いと、その行為は今まで以上に神を傷つけた。
それでも、神はひとりの少女の為に耐え続ける事が出来た。
それが人々の、未来の為になるなら、と。
そんな考えも、とある考えを持つ人々によって、打ち砕かれた。
神の持つ全ての存在の本質、原点となる力。
それを利用し、自らの欲望が満たされるためだけの理想郷を造ろうとする一部の人間が現れた。
そしてその人間たちは、自分達以外の人類を全て、ひとり残らず、殺し尽くし、破滅させようとした。
少女の命の危機を案じた神は遂に、少女の為に自らの意志で力を振るい、邪悪な人間達を止めようとした。
少女もまた、そんな自分の信じた神の為に、惜しみのない協力をした。
そして少女は、全ての人類を殺し尽くす、邪悪な意志の権化たる装置を破壊する為に、自らの命を、投げうってしまった。
ただ、少しでも人類を信じようとした神の為に。
装置は停止し、邪悪な人間達の野望は打ち砕かれた。
しかし神は、少女を失ってしまった。
自らが戦う意味だったはずの大切な存在を、死なせてしまった。
底なしの絶望と、人類に対する憎悪は想いとなり、願いとなり、カタチとなり、そして神の在り方を大きく歪めてしまった。
神はこの時初めて、自らをこの世界における『神』であると認めた。
この世界を、宇宙を、次元を破壊し、滅ぼし尽くし、無へと還す『邪神』である、と。
神の、神自身が抱いた願いがカタチになるまでは、そう長くはならなかった。
少女の居ない世界など、存在する意味がない、と。
そう願った神の思い通り、世界は無くなり、『無』すらも残らない。
自らも無へと還る。
そうして世界は完全に終焉する。
そう神は願っていたがしかし、神はもうひとつの、諦めきれない願いを、たった一つ思い描いていた。
『少女が今一度人間として、穏やかに暮らせる世界』を。
「……それがお前の……いや、僕の記憶か……」
『そうだ……お前が目を背け続けていた、今まさに訪れた現実だ』
黒い深海でただ漂い続ける僕に、赤い瞳は告げた。
失っていた、繰り返し続けていた、記憶。
過去の自分である、赤い瞳によって思い起されたその記憶は、僕を本来の『僕』たらしめる鍵となる、言わば『全ての本質である神』と崇められていた『僕の本質』だった。
「そうか……何度も……何度も繰り返し続けて……また僕は……自分が目を逸らし続けていた為に、この選択肢のない運命の分岐点に立ってしまっているのか」
『ようやく、その愚かしさに気付けたか。今更、もう遅いがな。そしてまた、お前は繰り返すのだろう。この世界を滅ぼした末に、再び少女を創造し、輪廻させる……終わらない、運命の輪に閉じ込めて』
「僕が彼女を……メイを、縛り続けてしまっているのか……」
数千、数万、数億と数えきれないくらい繰り返して来た身勝手な世界の破壊と創造、リンカーネイション。
その軸とされ続けた、被害者でしかない哀れな少女、メイ。
僕の身勝手な想いで、願いで、彼女は抜け出せないループに陥ってしまっているのだ。
『もしかすれば、メイは既に感づいているかも知れない。何度も何度も繰り返していることを……それを知りながらも、僕らに何度も何度も協力し、そして命を捨て続けているのかも知れない。『今度こそは』と、僕らを信じて……』
「……でも……」
『もう彼女を、楽にしてやるしかないのかもしれない……この世界で、全て終わりにするために』
赤い瞳は、どこか悔恨の念を感じさせる光を映した。
今まで得体の知れないモノでしかなかったその存在の、人間らしい一面を見て、それが僕自身であることをより思い知らされる。
そんな時だった。
『あんたらしくないわね、ここまで繰り返して来たのも、諦めきれないからこそだったのに』
『リオ……?なぜここに』
「リオ……」
暗闇の中に映る、翠の瞳。
それはカノプスの原点である、リオのモノだった。
かつて神と呼ばれた存在と共に次元を滅ぼし続けたもう一人の『神』。
人々が邪神と化した存在を止める為に対抗処置として呼び出したにも関わらず、自らと同じ存在でありかつての友人だった邪神の手を取り、人類を簡単に裏切ってみせた、女神。
既にレンゲによって魂を喰い潰されたはずの存在が、そこに居た。
『今の私はあくまであんたの記憶と残滓が造り出した幻影に過ぎないけど……そんな事より。あんたら、散々巻き込んでくれたあたしの事も忘れないでよ』
「そっか……リオも巻き込んでしまっていたんだ……今までの、無数のループに……」
『自分の記憶の残りカスにすら言われるんだから、情けないと思わないの?あんたら』
『だが、ここまで繰り返して来て、お前も、メイも、もうこれ以上は……』
『はぁ……それでも、私が言わないといけないの?あんたら自身が気付かなきゃ意味のないことを……って言っても、今の私はあんたらの一部だから同じか』
どこかため息交じりに、翠の瞳は僕を見た。
『私も、メイも、今までずっと付き合ってきた……一度はメイを殺すことでこの輪廻を断ち切ろうとさえしたけど……でも、それでも、私とメイはずっとあんたらのやり直しの手伝いをしてきた。分からない?なんでずっと、ずっと協力してるのか』
「……」
『……』
『……信じてたからよ、あんたを。神でも信仰でもなく、一人の人間として生きようとした、あんたを』
「……っ!そうだ……そうなんだ……」
どんな時も、一緒に居てくれたメイ。
僕の為に、命すら張ってくれたメイ。
億千回と何度繰り返そうと、結局はいつも協力し続けてくれたリオ。
僕の為に、繰り返しを行う為の終わりを手伝い続けてくれたリオ。
彼女たちは、いつだってお互いを信じていて、無限に近いこの永い永い世界の繰り返しを、一緒に生きてきてくれた。
それは、諦めなかったからだ。
信じてくれていたからだ。
その思いを、今更無駄にする訳にはいかない。
何とかして、この状況を打開しなきゃいけない。
僕を信じてくれた、少女達の為に。
「だけど……このまま戻っても繰り返しになってしまう」
『……そうか、今回じゃなきゃダメなんだ。この状況を突破するには』
『やっと気付いたのね。遅かったじゃない』
「どういう事……?」
僕の問いかけに、赤い瞳が答える。
『僕らは肉体と魂に分離されてしまっていた。父親が言ったように、魂や意識を片目に集約されて摘出されることで、本来の『神』としての精神や記憶を封印され、その力を利用するためだけのモノとして扱うことで、僕が後に世界を破壊する事を未然に防ごうとしていたんだ、あの男は』
「でもなんでこの世界でだけ、そんなイレギュラーが……?」
『それは分からないわ。何らかの方法で、あの男は前世の記憶と接続して、自分達の野望が打ち砕かれ、世界が無に還されることを知った。それを未然に防ぎつつ、計画を成功させるために、わざわざ一度人間と神を同化させ、その上で摘出する事で封印するという方法を編み出した……なぜそれに気付けたかは私も分からないけど』
『だがそれが……逆にこのループから抜け出すための、打開の糸口になるかも知れない』
「ならまだ……希望はある、願いは潰えてないってことなんだな」
僕の言葉に、二人の『かつて神だったモノ』が頷いた。
「……教えてくれ、僕の真実を……僕の、本当の名前を……見せてくれ、この先の、世界を」
『……いいんだね。決心、出来たんだね』
「あぁ……メイを救う為なら、もうどんな事も怖くない。一人の少女を救う為に世界を壊すことだって、もう厭わない……」
眼帯を手で握りしめ、引き剥がそうとする。
ギリギリと音を立て、顔に埋め込まれようなそれを、真実から背けようとするモノを剥がし、自分自身の『瞳』で、真実を見たい。
「神でもない、人でもない、ただひとりの『僕』として、かけがえのない『メイ』を、助けてあげたい……それが、今僕自身がこの手で叶えるべき願いなんだっ!」
引き剥がされた眼帯。
解放される瞳。
黒い海に満たされた世界は一転して光に包まれ、晴れ渡る。
白銀の世界で、二つの瞳は混ざり合い、ひとつの人影となった。
『ようやく思い出してくれるんだね、セイラ……ありがとう』
「もう僕は、セイラではなくなってしまうんだよね……でも、それで構わない。メイの為なら……惜しくはない」
『大丈夫、僕らなら、きっと出来るさ……僕らを形作ってくれた、全ての記憶があるなら……もう、間違いはしない』
僕の頬を包み込むように手で触れた人影は、渦となり、彼の左目があったはずの虚へと宿り、紅に輝く。
閉じた瞼の中で、失われた瞳は、記憶は、魂は、願いは、新たに宿った。
「助けよう、メイを……」
『あぁ、そうだな……僕の真の名前は、『イル』……いや』
静かに目を開く。
美しい星々に満たされた宙が、目に映った。
「『――僕らの名前は、星羅イルだ』」




