9-18『とある天使の追憶』
揺らめく暖かな陽光。
複雑な色模様を瞳に移すその光を、少女は見上げていた。
『……ゲ……レンゲ……』
「お母、さん?」
どこからともなく聞こえてくる声の方へ、少女は手を伸ばそうとした。
届かない、その声の主へ――。
「――レンゲ。美奏レンゲ」
「うん……?はえっ!?」
研究部屋の机に突っ伏して眠ってしまっていた美奏レンゲは声に呼び覚まされ、目を開けた。
自分のことを呼んでいたのは、白色の髪を持つ一人の男だった。
「よかった、気を失っているのかと思ったよ」
「だ、代表!?なんでこんなところに……」
「忘れていたのか?今日は古天の支部へ用事があるから訪れると」
「あれ?でもそれって明日じゃ……えっ!?」
資料でぐちゃぐちゃになった机に埋もれていた時計へ目を落とすと、それはレンゲが想像していた日付よりも1日先を示していた。
レンゲは慌てた様子で代表に頭を下げる。
「も、申し訳ございません!私、もしかしたら1日以上寝続けてたかも知れなくて……」
「あぁ、大丈夫だよ。ここのところ、働きづめで疲れていたんだろう。適度な休息も必要だ」
「本当にすいません……」
申し訳なさそうにするレンゲに、代表は苦笑いを返した。
「……それで、ゲートターミナルの建造進捗はどうだ?」
「あっ、はい!インナさんが主導して、随分順調に進んでいますよ!他の支部との同期試験もしないとですしね」
「そうだな。古天のターミナルは全世界ターミナルネストの中枢部分になる。ここの完成度は間違いのないように、よろしく頼む」
「はい!インナさんやスタッフの皆さんと協力して取り組ませて頂きます」
にこやかにほほ笑むレンゲに、代表は頷いた。
資料を整理し、まとめてファイリングしながらレンゲは口を開く。
「……そういえば、私のお母さんって、どういう人だったんですか?」
「君の母親か。そうだな……」
代表は、顎に手を当て、どこか遠くを見るように記憶に思いを馳せた。
「非常に賢い人だった。この古天研究支部の支部長を、短い期間ながら全うしてくれたし、部下を取りまとめる能力に秀でていたよ。もう十七年も前の事なのが信じられないほどに、鮮やかに覚えているな」
「そうだったんですか」
「あぁ、本当に優しい人だった。君を身ごもってからも、ギリギリまで一生懸命仕事に取り組み続けていた……その無理が祟ってしまって、君を産んですぐ亡くなってしまったのかも知れない。もしそうだとしたら、私の責任だ……すまない」
「えっ、えぇっ、ち、違いますよ!大丈夫です!お母さんは、凄く立派な人だったんですね!」
「あぁ、立派だったさ。君にも、その面影がしっかり残っている」
代表の言葉に、レンゲはどこか悲しそうにも、懐かしそうに話しを聞いた。
「そんな君が、母と同じ地域の支部長を務めているのは、なんとも思うところがあるよ」
「私も、母から受け継いだこの仕事を誇りに思っています。だから、お母さんが目指した目的……願い……この星と、宇宙の救済を、しっかりとお手伝いしたいです」
「立派だな、美奏は」
「いえ、そんな……」
窓から差し込む暖かな夕陽の光が、照れ隠しのようにレンゲの顔を照らす。
白亜に煌めく研究施設は、人が築き上げた文明の集大成でもあり、その整列された美しさに心を奪われる。
「私、もっともっと頑張ります!お母さんの意志を継いで、お母さんの為にも、この世界を、星を、宇宙を変えて見せます!そのために、もっともっとお手伝いさせてもらいますから!」
「……ありがとう。君のような人と、もっと早くに出会えていれば……」
「え?」
「……これからもよろしく頼むよ、美奏レンゲ」
「はい!」
どこか代表の眼に映った、寂しそうな光にレンゲは気づかず、胸を張って笑んで見せた。
「それでは私は、地下のターミナルの様子を視察しに行かせてもらうよ」
「分かりました、下で頑張ってるインナさんにもよろしくお願いしますね」
「あぁ。また、次の機会に」
「えぇ、分かりました!」
部屋を去っていく代表の背中を見届けたレンゲは、窓から外の世界を眺める。
白衣の胸元につけられた、財団と生徒会長のバッヂが、日差しを受けてキラリと輝いた。
「お母さん、私……頑張るね」
夕陽に照らされた少女の意志は、彼女の胸に力強く刻まれた。
顔も見たこともない、それでも大切な母親の残した、大切な意志を。




