8-17『哀焔のデミセラフ』
放たれる獄炎の火球。
周囲の鋼鉄を溶解させながら突き進んでくる太陽の如き焔の塊を二人は躱し素早く銃を構えると弾丸を撃ち返す。
しかし放たれた弾丸はレンゲの体へと行きつく前に空中で焔に飲まれ消し飛ばされてしまった。
「とんでもない熱……これがレンゲの想いの、魂のカタチだって言うの……?」
「どうしたのですか?もっと……近付いてこないと攻撃が届きませんよ……!」
もはや槍となった杖を振りかぶるレンゲ。
三又へと変化した刃を備える杖に焔が渦を巻いて纏いつき始め、それを勢いよく振りぬくと、鋭い焔の槍が撃ち出される。
「ぐっ!なんだこれは……!」
咄嗟に瓦礫となっていた鋼鉄製の天井の板を触手で拾い上げ盾として構えたセイラが受け止める。
が、その焔の槍は鋼鉄の板を貫き、突き刺さった。
勢いを失った焔の槍はやがて消滅したが、高熱を帯びた鉄板はドロドロと溶け落ちてしまった。
「尋常じゃない!」
「それはそれほど、私の想いが強いという事です!」
レンゲが身を翻すと、焔が爆音と共に熱風を巻き起こし、彼女の体を包むように六枚の翼となって輝きと熱を放った。
翼を大きく広げたレンゲは杖を地面に突き刺すと、手元に焔で鋭く美しい剣を作り出す。
「あなた達がこちらへ来ないなら……私から行ってあげます!」
「来るぞ!」
爆炎を巻き上げ、翼を強くはためかせたレンゲの体が宙へと浮かび上がり、まるで燃え尽きようとする彗星のように、二人へ向けて燃え上がりながら突撃してくる。
「撃ち落とす!」
「無駄なんですよ!」
二丁のバズーカを出現させたメイが砲弾を迫りくるレンゲへ向けて射撃するが、爆風で軌道を歪められた砲弾は周囲の壁にぶつかり、激しく爆裂する。
彼女が迫れば迫るほど、周囲の温度が著しく上昇し、そこに立つ事すら困難になっていった。
「くっ、メイは離れて援護射撃を!」
「分かった……でも……!」
「逃しま……せん!」
「クソッ!!」
星が地面に衝突するかの如き勢いで、レンゲが剣を振りかぶり、セイラへ向け急降下した。
それを待ち構えるセイラは背から無数の触手を伸ばし、それを地面へ打ち込む事で支えを作り出し、かつ手にはマナミが握っていた大鎌を思い描き実体化させたモノを握り、構えた。
「その鎌を持つとは……粛清の炎に焼き尽くされなさい!」
「守ってくれ、姉貴ッ!!!」
遂に衝突する二人。
振り下ろされた焔の剣を大鎌で防ぎ、爆炎の勢いに乗せて急降下してきたレンゲを受け止める。
その直後、二人の間で激しい爆発とも言える焔が噴出し、ギリギリと鍔迫り合う二人を紅蓮の炎が包み込む。
「ぐぅっ……焼ける……っ!」
「セイラ!」
「このまま消し飛びなさい――!」
セイラの髪や服の一部が焼け、肌が焦げ始める。
レンゲを受け止め続ける彼女の持つ大鎌がミシミシと悲鳴を上げ始め、超重量が上から伸し掛かる脚は地面にめり込み始めた。
「ダメだ、このままじゃ……こ、の!」
「メイ!」
「来ますか……!」
ギターを振りかぶり、漆黒の雷撃に勢いを乗せた強烈なフルスイングをレンゲへ向けて放つメイ。
その一撃は爆炎を打ち払い、レンゲへと肉薄する。
強烈で危険極まりない一撃を防ごうと、レンゲは焔の剣を軌道からずらし、ギターへ打ち付ける。
「ぐっ!」
爆発を伴う強烈な衝撃にギターが打ち飛ばされ、メイの手を離れて宙を舞うと地面へと突き刺さって沈黙してしまう。
大きな隙が生まれたメイの首へ向け、焔の刃が迫り来る。
「させるか!」
「っ!」
大鎌の形状を利用したセイラがその焔の刃へ自らの刃を引っ掛け、勢いよく引き込む。
バランスを崩したレンゲの手から焔の剣が消え、それを察知した彼女は再び翼を大きくはためかせ、宙へと飛び上がり距離を取った。
「逃げるな!」
「逃げるわけないじゃないですか!」
周囲に無数の火球を作り出し、それを一斉に雨のように降らす。
無数の焼け付く光弾が降り注ぐ中、二人は必死にその間を縫うように避け続ける。
「これじゃ反撃が……!」
「ギターだけでも……」
「……これでは時間稼ぎにしかなりません……いつになったら装置は……!」
横目でゲートの方を見るレンゲ。
獄炎の中、未だにゲートは紅の輝きを放つばかりで起動可能にまでなっていないようだ。
その狙いがずれた隙に、メイはギターを拾おうと接近する。
「これは……」
ふと、その地面に突き刺さったギターの横に、先ほどレンゲが地面に突き刺した杖が放置されているのを見つける。
「これで……燃え尽きなさい!」
「まずい!一気に終わらせる気か……!?」
手を掲げるレンゲ。
その手の間には、圧縮された獄炎の塊が生成されていく。
それは次第に大きさを増し、もはや地上の太陽と言って差し支えない膨大さへとなり、周囲に高熱を放つ。
「終わらせましょう……!もうこんな小競り合いなんかに意味は……」
「終わらせない……!私は、諦めない!」
「なに……っ!?」
声を発するメイに注目が集まる。
彼女は焔の雨が降り注ぐ中、レンゲの杖を地面から引き抜き、投擲するように大きく振りかぶり、狙いを引き絞って立っていた。
槍とも言える杖には、メイの宿した漆黒の雷撃が纏い始め、禍々しく輝く。
「まさか……させません!」
「メイッ!やっちまえ!」
「これで……切り拓く!」
降り注ぐ無数の炎の雨に肌や衣服を焼き焦がされ、痛みと暑さに耐えながらも歯を食いしばったメイは、杖に己の意識を、力を収束させていく。
それに反応したレンゲが咄嗟に火球の軌道と着弾地点を変え、メイに向けて狙いを定める。
「燃やし尽くす!!!」
「貫け!!!!」
メイの手から放たれる、三つの刃を備えた杖。
それは黒い雷鳴を纏い、途轍もない素早さで投擲され、レンゲへと迫る。
同時にレンゲの手から放たれた火球と杖の切っ先がぶつかり合い、強烈な衝撃波が周囲に走る。
「防いだ……っ!」
「いや、まだだ!」
「なっ……!?」
直後、レンゲの眼に映ったのは、己を守っていた火球を打ち破り、霧散させ、突き抜けてくる、自分自身が今までずっと握り、携えていたはずの杖の鈍色に輝く切っ先だった。
刹那響く、鈍い音。
「ぐがっ……はっ……!?」
凄まじい鋭さと勢いで放たれた杖はレンゲの体を突き抜け、貫いていた。
口から大量の血を吐いたレンゲは自らの胸を貫いた杖を手で握るが、思うように力が入らず、抜くことが出来ない。
次第に焔で形作られていた翼は光を失い、杖を胸に刺したままうずくまって、レンゲは地面へと落ちた。
「わた……しの……杖が……どうして……」
「……すまない、レンゲ」
地面にうずくまったレンゲは胸に突き刺さった杖を握りしめ、霞んだ瞳でセイラとメイを見つめながら、黒血の混じった血液を流し続けた。
「因子との融合の……核である心臓が……つぶされ……たら……」
「レンゲちゃん……ごめん……でも、こうするしか……」
「どう、して……私は……なに、も……出来ない、の……」
彼女の眼に、血の混じった涙が浮かぶ。
「すまないが……僕たちの勝ちなんだ。だから……」
「い、やで、す……私は……まだ……まだ……」
胸を貫いた杖を握りしめ、ギリギリと歯を食いしばりながら、レンゲは杖を引き抜こうとし続けた。
肉と骨に刃が擦れ、血が噴き出しながらも、彼女は諦めなかった。
「もうやめろ……やめろよ、レンゲ!」
「やめて……レンゲちゃん……」
「いや、だ……やめない……私は、私はまだ……何も、何も出来ていないんだ……」
杖が引き抜けるにつれ、塞いでいた栓が抜けていくように血液が溢れ出す。
彼女の瞳には、悔恨と諦めきれない気持ちが混じりあい、それは怨嗟の炎の光を宿し始めていた。
「いつも……いつもわた、しは……イン、ナさんや……リリスさんと、比べたら……まだ、何も、何も!」
「レンゲ!」
「私は、世界を救う……この宇宙を、救う、救いたい……!だから……まだ、生きさせて……!目の前の二人の人間を……殺させて!」
彼女の叫びと共に、杖は完全に開放された。
「まずい……傷が……!」
黒血達が集い、レンゲの胸に空いた穴を塞ごうとする――
しかし。
「ぐっ……!?はっ……!?な、んで……!?」
「なんだ!?」
レンゲの胸の穴から現れた黒血は傷を修復するどころか、彼女の体全身を包みだし、ボコボコと音を立て、肉体を歪めていく。
悍ましい何かに包まれつつあるレンゲは酷くもがき苦しみ、二人に手を伸ばそうとした。
「セイラ、さん……メイ、さん……あ、あぁあ……」
「なにが起きてるの!?」
「……まさか、深すぎる傷の修復をしようとした因子が過剰に反応して暴走しているのか……!?」
黒血から現れた更に純度の高いだろう、どす黒い煤のような因子が彼女の体を蝕んでいく。
全身から血を噴き出し、もう助かるようには見えない。
『やはり、そうなったか』
「また親父の声……っ!?どこから見てるんだ!?」
「だ、代表……」
焔の中から聞こえてくる男の声。
レンゲは声がする方へ、必死に手を伸ばした。
『因子を過剰に埋め込まれた人間が命の危機に瀕した時、その魂の在処を占領し、肉体の主導権を奪い取り、魂の性質そのものすらも自らの都合の良いように変質させてしまう現象。本来適合度が高い個体はそうはならないのだが、やはり』
「なっ……」
「なんとか助けられねぇのかよ!」
『無理だな、一度そうなってしまえば、もはや神との融合ではなく、神そのモノへの豹変となってしまう。もはや、人に戻すのは不可能だろう』
「そ、んな……私、まだ……死ぬ、訳には……」
『だが、これも計画通りだ』
「へ……?」
突然突き放すような代表の声に、レンゲは因子に侵食されていく瞳を見開いた。
『忘れていたのか?儀式には、それに相応しい贄が必要だ。その贄こそが、ゲートを開く最後の鍵と成りえる』
「まさか……最初からこれが狙いで!?」
「まずいっ!」
「そんな……私は、最初から……死ぬ予定で……」
『当然。大義の為に、君は散るんだ。誇り高く、な』
「あ、あぁ……あぁああああああ!!!!!」
絶叫するレンゲ。
直後、凄まじい地響きが施設を揺るがす。
「なにが起きるの!?」
『さぁ、扉を開け、レンゲ。サピエンゼルとしての最後の役目を、誇り高き梟の眼としての責務を、果たすといい。そしてこの先の世界で、見守っていてくれたまえ』
「い、いやぁああああああああああ!!!!」
「うわぁっ!!!」
レンゲの発狂と共に、眩い閃光が天井を突き破り、青白い雷が地下まで突破してくる。
天井が全て崩れ落ち、漆黒の星空が見えたかと思えば、凄まじい落雷の閃光で視界がホワイトアウトしてしまう。
落雷はレンゲとゲートの方へ落ち、尋常では無い衝撃波を生み出す。
「あぁあああアアアアアア!!!!!!!!!!!』
「レンゲちゃん!くっ……なにも見えない!」
「メイ!離れるな!」
網膜を焼き切るほどの光と熱、振動。
それが次第に落ち着くと、そこにはひとつの「存在」が立っていた。
『――』
「だ、誰だ……お前……」
「レンゲちゃん、なの……?」
海月のように青白く透き通る肉体。
脈打つ心臓や血液を送り届ける無数の血管、脳髄、臓器が全て透けて見えるその体には不気味な発光体が神経のように輝き、それはまるで深海魚のようだ。
あの明るい桃色をしていた髪も見る影はなく、半透明の白へと変色し、触手や管のように不気味にうねっている。
透き通る体には時々電撃のようなモノが迸り、落雷の衝撃で焔が消し飛び、暗くなった施設の闇の中で怪しく輝く。
その瞳、目は既に人のモノではなく、5つに分かれた発光体のようなモノが、眼球の代わりとしてそこにあった。
周囲に雷電を迸らせ、不自然に宙に身を漂わせた、レンゲだったその存在は、セイラとメイを見つめる。
『う、ウ――ウルラァアアアアアア!!!!』
「これが……異次元の生命体!?」
「っ!セイラ!ゲートが!」
人のモノとは聞こえない、機械のような強烈な叫び声をあげたレンゲの背後、先ほどまで紅に弱々しく輝くだけだったゲートの薄い歪みが、今や異常な光と闇の渦を巻き、その中心から鋭い光を放っている。
周囲の空間の輪郭を歪ませるほどのエネルギーが収束し始めており、もう既にそれは今すぐにでも止めなければならない状態になっているのが見て分かった。
「早く止めないと……」
「でも簡単にそうさせてくれないみたいだなっ!」
『あ、アァ……あ、セイ、ら……さ……メ、イ……』
「レンゲちゃん……」
頭を押さえ、苦しむような仕草を見せながらも、その発光体のような目からは怨嗟の炎が消えることはなく、それは叫び声となり、二人へ向けられる。
周囲に発生する雷撃がよりその激しさを増し、電撃を身に纏い始めたレンゲが激しく明滅する。
「エネルギーが電撃に変異するほど熱量が暴走しているのか!」
「く、来るよ!」
『アルラァアァアアアアアアアア!!!!!』
レンゲは発狂と共に激しい稲妻と化し、二人へと迫った。
まるで自らの命とその歩んできた人生が、魂を失い食い尽くされて尚、意味のあるモノであって欲しいと、願い、叫ぶかのように。




