8-16『神の因子、顕現する天使』
獄炎に包まれる密閉された地下空間。
黒い煙と煤が充満し、喉を焼き焦がすほどの暑さが襲い掛かる。
「熱い……熱いです……でも、これがこの星と宇宙の為になるなら……この身を、焼き尽くしても……!あなた達を……!」
「やめろ!レンゲ!」
「もうやめて、レンゲ……!」
レンゲが発する異常な熱量。
それは彼女の信念や意地が、膨大なエネルギーとなって発火しているかのようだった。
その肌はあちこちが赤熱して裂け、筋肉が露出し、あの白銀で美しかった白衣と古天高校の制服さえも、焼けて、煤けて、見るも無残な姿へ変わり果てている。
額に装着していたティアラが熱によって溶け落ち、その下には、カノプスのモノによく似た碧色の第三の瞳が輝きを放っていた。
その時だった。
『聞こえているか、美奏レンゲ』
「!?この声は!?」
「だ、代表……ッ!?」
「お、親父っ!!!」
施設内の焼け落ちたスピーカーから、ノイズ交じりに声が聞こえてくる。
それはこの財団の代表である男の声だった。
『久しぶりだな、セイラ』
「ど、どこに居るんだ親父!?くそッ……こんな事にしやがって……!!!」
「代表……どうして今……私なんかに……そちらは、大丈夫なのですか?」
『心配する事はない、美奏レンゲ。反財団テロ組織、ヤタガラスは退けた。こちらの犠牲者は殆ど戦闘用に生産されたVOIDのみだ。大きな被害は出ていない』
「よかった……」
「ぐ……なにも、成せなかったの……?」
男の声は、ひと呼吸おくと、再び話を続ける。
『セイラ。お前がそちら側に立っていることは、全てが始まった時から知っていた』
「な、ならなんで止めようとしなかったんだ……!レンゲにだって、僕の正体を簡単に伝えられたはずだ!」
『それは、セイラ。私はお前を、信じていたからだ』
「なっ……!?」
予想外の言葉に、セイラは言葉を失う。
その、なんという感情を形にしているか分からない彼女の表情を、メイが横目に見守る。
『お前が生まれる前……まだ『アイカ』が生きていた頃、私はこれから生まれてくるお前たちに、娘達に希望を託していた』
「アイカって……母さんが生きていた頃って……」
『お前たち娘三人には、それぞれ支えあって、この財団の成す意思を、この星と宇宙の未来を、導く為の希望の舵取り役に、任せたかった。だがその意思を正統に受け止めてくれたのはインナのみ。お前は今こうして私たちに牙を剥き、そしてマナミは……死んだ』
「それは……親父達が殺したんだろうが!」
『そうだ。殺した。私達が……いや、私が、殺してしまったんだ』
「……くっ」
スピーカーの向こうから聞こえる男の声は、震えているように感じられた。
『それは今のお前のように、私達に、この財団に、星の未来に、牙を剥いたからだ。そしてお前も。同じようになろうとしている。お前は……私達と、父と共に未来を導き、いずれその意思を継いで、人類の舵取り役になる気が、今一度ないか……』
「ふざけんな!何が星の未来だ……!じゃあ、メイは!ここにいるメイはどうなるんだ!?」
『選ばれなかった人類は、次の未来へ生きる資格はない。天災に飲まれ、消え、この宇宙の記憶、アカシックレコードの一部となるだろう』
「……っざけんなよ!そんな未来なんて、僕は要らない!メイが居ない世界なんて、例えそうなったとしたら、『僕が滅ぼす』!」
「セイラ……」
『……残念だ』
尋常ではない高熱を放つ焔は渦を巻き、空気を焼く。
この空間で活動出来る時間も、そう長くはならないだろう。
『お前達が生まれる前、三姉妹がまだひとつの小さな細胞にも満たない存在だった時、私とアイカは、お前達に未来を継がせ、託す為に、ひとつの「奇跡」を埋め込んだ』
「……え?な、なんの話だ!?」
『この未来を導く為の「神」を生む為に、かの次元を超えた彼方にいる存在の因子を宿らせた。やがて「神の因子」を宿したその生命の源は、三柱に分裂し、そしてお前達が生まれ……そして、アイカは自壊し、死んだ』
「……じゃあ母さんは……その負荷に耐え切れなくなって……」
『しかし神の因子は上手く三柱には分かれず、ただ一人に偏ってしまった。元の存在の魂がひとつだった故に、それが宿ったのもひとつの魂のみだったのかも知れない。そうして生まれてきた者である『お前』は……まさにこの世に生まれた「神」だった』
「し、知るかよ神とかなんとか……どういう事だよ!」
「……」
汗を流しながら、セイラは食って掛かった。
それでも男の声は、至って冷静に言葉を繋ぐ。
『お前は、人型の肉体という器を持った神として、この世に生まれた。まさに神……いや、女神の転生と言えるだろう。かの次元における記憶や力を全て持ち、生まれた時から完成していたのだ、お前は』
「……」
『だが、その神は我々にはあまり協力的ではなかった。かの次元にて、何かを見てきたかのような……神としての圧倒的な力を持っているのにも関わらず、まるでそれは……人間と変わらないような、生臭い感情を持っていた。私達は、その存在の意志に限界を感じ……「摘出」し、神の因子を人の手によって利用することにした』
「まさか……この目は……」
『人間の肉体に封じられた神の因子を、魂を、血液を通して左の眼球へと収束させ、摘出した。それによって、お前の中に宿っていた魂は抜け出し、かの世界での記憶も全て失い、ただ僅かに残留した神の因子を持つだけの、「セイラ」という名前を持つ人間へと堕落した。それが、失敗作であるお前だ。セイラ』
「だ、誰が……失敗作……だ……」
父の冷徹な言葉が、胸に突き刺さる。
セイラの眼には、今まで感じたことのない涙が宿っていた。
『その後多くの神の因子が、人柱を用いる事で摘出され、「黒血」という形で我々人類でも扱いやすいように実体化された。そうして作られたサンプル達こそが『原初物質生物』達だ。お前が行動を共にしていた、ポラリスやカノプスがそうだな。そして、その紅い瞳を持ったポラリスこそがお前の……』
「そ、それ以上言うな……それ以上言うな!その真実は……僕が、僕自身が掴むまでは……聞きたくない!」
『……そうか』
一時的な静けさが空間を満たす。
焔と鉄が焼ける臭いが、辺りに香る。
『しかし生まれつき因子を持っていたお前や、一時的でも胎内でそれに触れていたインナやマナミと違い、ただの人間にはどうしても定着が難しく、拒絶反応すら起こして体が崩れ落ちてしまう者まで出ていた……そんな中で、だ。美奏レンゲ』
「は、はい……」
『君は、よく成し遂げた。生まれつき因子を持つでもない、人間生まれだった、純粋な人間である君が、完全に神の因子と統合し、自らの意志をその『紅蓮の劫火』へと変えるほどの適合……そこの失敗作と違い、お前は完全に、未来を受け継ぐ為の存在として、覚醒したのだ』
「黙れ!こんな苦しんでいることが……人を超える存在としての覚醒だなんて……!」
「私は……これでいいんです!人を裁くことが、焼き尽くすことが、未来の為となるのなら……!」
『素晴らしい、素晴らしいよ、美奏レンゲ……君こそが、新たな希望だったんだ。君は、神の因子を受け入れ、そして新たな人類の導き手として……『天使』として生まれ変わった、究極の存在となったんだ』
レンゲは静かに、杖を構える。
三又に変異した矛先を、セイラとメイへ向けて。
『今こそ、その神への意志を燃え盛る焔へと変えて、愚かな人類達を焼き尽くし、黙示録を完遂させるんだ。この地球の、星々の、宇宙の為に――』
「うるせぇ!」
「セイラ!」
突如響く、金属音。
セイラは涙を堪えながら拳銃を握り、溶けかけたスピーカーを撃ち抜き、破壊した。
何発も、何発も。
「……もはや、言葉は必要ないという事ですね」
「あぁ……テメェらに大義があるのは分かった……だからこそ、勝った方が、生き残った方が、正義だ!」
「では、仕切り直して……あなた達を、劫火の渦で、燃やし尽くします!この、人を捨てた……サピエンゼルであるこの私が!」
「所詮は人の身のお前たちが人類を裁くなんて……間違っている!メイ、力を貸してくれ……!」
「も、もちろん!ここまで来たんだもん……それ以上に、セイラが失敗作だなんて言ったこと、修正させてやらないと!」
「ありがとう……ここで、止める!」
意志の炎に焼き尽くされる空間。
終わりの時間が差し迫る中、ふたつの意志は、互いに焼き尽くし、互いに破壊し始めた。




