6-13『虚人』
カノプスの後に続き、白亜の廊下を駆ける二人。
『――』
「また来たっ!」
「もうあなた達は敵じゃない!」
二人の侵攻を食い止めようと数多くのVOIDが投入されてくるが、その全てが破壊され続け、二人の進んだ後には白い血と屍が山となり続ける。
ヤタガラスと共に同時多発的に各施設を攻め入られた財団は混乱を極め、大量のVOID達も上手く統率が取れていないようにも見えた。
『エレベーターは危険ね……時間はかかるけど階段を駆け下りた方が安全よ!』
「うん、わかった!」
「なぁメイ……さっきから誰と会話して……」
地下奥深くへと続くエレベーターと階段が存在する広大なエレベーターホール。
追手を振り払い辿り着いた二人だったが、しかしそこには先客が居た。
「……やっぱり来るのね」
「インナ……っ!」
広く円形の部屋の中心に特異な模様が描かれた白衣を纏ったインナが立っていた。
彼女は静かに、髪の間から目を覗かせ、二人を見つめる。
「そこからどいてくれ、インナ」
「……行かせない。私の信じ続けたモノをくじかせない為に」
「インナちゃん……」
エレベーターと階段の前を陣取り、動こうとしないインナにセイラが歩み寄る。
「どうしてもどかないって言うなら……」
「……来て」
「なっ!?」
セイラに対し、インナが指を差す。
その直後、施設が激しく揺らめき、天井に亀裂が走る。
「何をして……」
「これ以上……近付かないで。引き返して……」
『――』
崩れ落ちる白亜の天井。
そこから現れたのは、巨大な手だった。
「きょ、巨人型のVOID!?」
「二人ともこれ以上傷つけたくないし……殺したくない」
「ここで引き返したってどのみち死ぬ事になるだろうが……っ!」
黒い機械的な装甲を身に纏った、身長二十メートルもあるかと思われるVOIDが天井の穴から腕を伸ばし、覗き見る。
「意地でも引き返さないぞ……インナ!」
「なら……ひねり潰して、デイダラ!」
『――!』
天井を崩し、周囲の瓦礫を撒き散らしながら接近する巨大な腕。
セイラに対して掴みかかろうとしたその手を、触手を絡めて食い止める。
「メイ……隙を見て先に行ってくれ!これ以上は時間が……!」
「で、でもこんなデカいのが相手じゃ……!」
ミシミシと音を立てるセイラの触手。
圧倒的な握力で手が閉じ始め、握り潰さんと次第に指が迫ってくる。
「くっ……これ以上ここで時間を稼がれる訳には……!」
「そのまま……潰して!私の、迷いを!」
『――!』
よもや巨大な手に包み込まれ、潰されんとした、その時。
『そこから――どけ!』
『!?!?!?』
「なっ!?なんだ!?」
異常に連続して発生する振動。
直後、そこに現れたのはもう一体の巨人。
見上げるほどの巨体で走って来た巨人はその勢いでセイラを拘束していたVOIDを掴み倒し、地面にねじ伏せる。
その衝撃でVOIDはセイラの事を手放し、地震もかくやというほどの振動を巻き起こして倒れ伏した。
「あれは……味方なの!?」
「……ヤタガラスか」
「そこの二人!大丈夫かい!」
巨人の胸部に埋め込まれたコクピットのような部位のハッチが開き、ひとりの人間が姿を現す。
ヘルメットをかぶり顔も確認できないパイロットは声から一応年上の女性というのが判別できる。
「た、助けてくれてありがとうございます!」
「いいって事よ!こっちのデカいのは私達に任せて君たちは奥へ!」
『タタラ、相手が起き上がりますよ』
「おっけぇ、もうひと頑張りするよ!」
「な、なんだか分からないけど今のうちに……!」
突然の出来事に呆気を取られたインナの隙を突き、メイとセイラが階段へと駆けだす。
それに気付いたインナが指を銃の形にして向けると、黒いエネルギーの塊のような弾丸が射出され、壁に着弾すると大爆発を起こす。
何とかメイは階段へと続く扉を開き、中に入るがセイラはインナへと向き直った。
「セイラも!」
「ここで食い止めないとダメだ!追いかけられたら意味が無い!メイは先にレンゲを止めに行ってくれ!」
「わ、分かったけど、前みたいに無理は駄目だから……!」
「……分かってる!ポラリスとカノプスもメイと一緒に守ってやってくれ!」
『ラジャー!』
『ラ、ラジャー……』
メイとポラリス、カノプスを扉の向こうへと押し出したセイラは再び扉を閉じ、そこを護るように立ちはだかる。
頭上では二体の巨人が激しくぶつかり合い、その度に激しく地面が振動する。
「やっぱり……お姉ちゃんらしいね」
「妹を止めるのは姉の仕事だ。久々に姉妹で遊ぼうじゃねぇか」
「いつまで……遊びのつもりで居られるかな」
セイラに向けられた人差し指。
次元が歪んでいるようにも感じる漆黒のエネルギーの塊が、彼女の指先で輝いた。
『この先が最深部……気を付けて』
「うん……」
長い階段を駆け下り、最深部へと到達したメイ。
カノプスが制御盤を操作し、扉を開く。
「……これは……!」
そこにあったのは、巨大なプールのような円形の装置。
水が張ってあるかのような揺らめく光の膜が口を開き、薄暗い部屋を妖しく照らしている。
その装置の上には、何やら巨大な氷のような、水晶の塊が吊るされていた。
『あれは……まさか』
「あの結晶、どこかで……」
「……その装置は今、過去の地球へと繋がっています」
「っ!レンゲちゃん……!」
結晶が吊るされている近くの足場に、レンゲは杖を床について立っていた。
彼女は静かに、冷たい瞳でメイを見下ろす。
「過去の地球って……どういうこと?」
「この結晶の中にあるモノ……見えますか?」
「結晶の中に……VOID?」
透き通る結晶の中に封印されているかのように入れられていたのは、一体の黒いVOIDだった。
そのVOIDは眠るように目を閉じ、動く気配は無い。
「この子は始まりの新人類……『ゼロア』。初めて人格、感情を実装した、完全なるVOIDのマスターピースと言える存在です。これから作られるVOIDは、人格と感情を持った完全なる人類の上位互換。全ての存在の始祖たる者になりえるVOIDなのです」
「でもそれをなんで氷漬けなんかに……」
「彼女のデータは全て再構築可能なまで財団のデータベースに保管されています。設計図がある今、彼女には新たな仕事、新たな役目が存在するんです」
装置はゆっくりとその光を増し、重苦しい唸り声を上げ始める。
「彼女は新たなる人類の始祖であり指導者、王となりえる存在。その為にここに居る……ここから過去の地球へと送り、過去の地球に存在した同志たちの手によって、世界に解き放たれるのです」
『そうか!リリスの研究所にあった結晶、希世山に堕ちた隕石の正体は……!』
「さぁ……新たな世界の為の、新たな人類の旅路を、始めるのです」
杖の先端に備えられた鋭い刃で、ワイヤーを両断するレンゲ。
落下した巨大な結晶は装置の歪みの中へと飲み込まれ、激しい光を明滅させながら分子へと還り、姿を消していく。
完全に結晶を過去の地球へと転送した装置は、輝きを赤へと染めていく。
「これで彼女は自らの役目を果たしに旅立ちました。それでは……私達旧人類も最後の仕事を果たすとしましょう」
「レンゲちゃん……これ以上は許せない……!不確かな未来の為に、今いる人達全てを犠牲にすることは、私が止める!」
「あなたには分かりませんよ、メイさん……私達の悲願が。この先にある未来が見えている、私達の眼には……ゲートの接続先を変更開始します。目標は……虚数次元。かの虚空の宇宙に存在する神々を引きずり出します!」
彼女の声と共に、ゲートは更に光を増し、その揺らめく紋様も様相を変え、空間が重く、捻じ曲がるような感覚に満たされた。
それでもメイはレンゲへと向き続け、銃を構える。
「あなたが止めないなら……私が止める!」
「新たな世界と新人類の為に、邪魔はさせません!」
旧来の世界の行き止まり、世界の終わりが密かに見え隠れする空間で、二つの意志はぶつかり始めた。




