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5-11『黒鴉の遣い』


「……もう二週間……どうすれば……」


 セーフハウスとして使っていた廃スタジオに二週間も籠っていたメイは、頭を抱えていた。

 財団に囚われてしまったセイラ。

 彼女を助けようとこのまま突入しようにも、自分一人ではどうしようもない事も、そもそも潜入する事すら出来ないのも、分かりきっていたからだ。


『ルラ~』

「……うん、慌てても仕方ないけど……でもセイラがいつまでも無事だとは限らないし……」


 ピアノの上に座っているポラリスがぽつりと鳴いた。

 その時、彼女のスマートフォンが電話を受信する。


「え?誰から……!マナミちゃんだ!」


 画面に映っていた発信者名、それはあの希世山で別れたマナミだった。

 何か糸口が掴めるかも知れない。

 メイは嬉々として電話に出る……が。


『……君が芳邦 メイだな』

「え……は、はい……」


 電話の向こうから聞こえて来たのは、聞きなれない男の声だった。

 その口調はどこか若くも、それでいて成熟した大人の声にも聞こえる。


「あの……あなたは?」

『申し遅れてすまない。私は「クロウ」。ヤタガラスのリーダーだ』

「ヤタガラスって……確かマナミちゃんが話してた」


 財団の思想に対抗するべく設立された組織、ヤタガラス。

 マナミもまた、その協力者だと語っていたのをメイは思い出す。


「その、どうしてヤタガラスのリーダーさんが……マナミちゃんの電話から?」

『とても伝え辛い事なのだが……マナミは殺されてしまった』

「……え?」


 突然告げられた事実に、メイの頭の中が真っ白になる。

 たったひとつの言葉が頭の中でぐるぐる回り、その場にへたり込んでしまった。


『財団のメンバーであるリリスとの戦闘で致命傷を負ってしまったらしい……それで、彼女の持っていたスマートフォンに、伝言が残っていた。「芳邦 メイに伝えて欲しい」と』

「どうして……そんな……マナミちゃんが……」

『……今、君の仲間……永乃心 セイラは財団の古天研究支部に監禁されている』

「そ、そうだ……セイラは無事なんですか?何とか……ならないんですか?」

『無事はこちらで確認出来ている……が、あまり良い状態とも言えない。更に我々は、財団は今夜計画を次の段階に進める事を知った』

「次の段階……まさか、ゲートを?」

『そうだ。財団は古天研究支部の地下に設置された巨大装置を起動させ、ゲートを開く。こうなれば取返しが付かない』


 逼迫した状況の説明を受け、メイは更に混乱が増すばかりだった。


『我々は、この機に乗じて財団を叩くつもりだ。それで、ある程度の混乱を形作れる。そこで、君にお願いしたいのだが……永乃心 セイラの救助に協力出来ないだろうか』

「……っ!セイラの……もちろん手伝いたいですが……でもどうすれば……」

『今そちらに案内役を送り込ませてもらった。そろそろ着くはずだが……』

「え……?ここに……?」


 今まで誰も勘付く事がなかったこの廃スタジオ。

 しかしその時、部屋のドアが何者かにノックされる。

 恐る恐るメイがドアを開けてみるとそこには……。


『……リノ』

『ル、ルラ!?』

「こっ、この前のにせポラリス!?どうしてここが!?」


 どこか得意げそうな眼付をしたポラリスに似た生命体、カノプスがそこに浮いていた。


『そのスタジオは……「私達」にとって少し思い入れがあった場所でね。やはりビンゴだったようだ。彼女はカノプス、我々の協力者だ』

「カ、カノプス……でもこの子はこの前……」

『大丈夫、彼女は自らの意思で我々に協力してくれると申し出てくれた。それに、今回の作戦の案内役にもなってくれる。彼女の認証システムを使えば、財団本部の中枢にすら入り込むことが出来る。彼女の後について行けば、セイラが囚われている場所まで案内してくれるはずだ』

『リノリノ!』

『ル、ルラ……』

「そ、そうなんですか……」


 胸を張るような仕草をするカノプス。

 どこかポラリスは怪訝な目を向けているが、カノプスはフフンと彼を横目に見た。


『もしセイラを救うなら今日しかチャンスがない。いろいろと問題が山積みで直前の連絡になってしまい本当に申し訳ない』

「だ、大丈夫です……協力させてもらいます。セイラを助ける為に」

『ありがとう。我々ヤタガラスは神明に存在する財団本部内部に潜入し、同時多発的に襲撃を開始する。こちらの事は我々が責任を持って任せてもらう。君は、友達の事に集中して欲しい』

「分かりました……よろしくお願いします」

『あぁ、こちらこそ。ありがとう。それでは、どうか無事で』


 通話が切れたスマートフォンをカバンに仕舞い、慌てて装備品類を準備したメイはドアの方へ向かう。


「それじゃあ案内よろしく、カノプス!」

『……リノ!』


 頭上を飛ぶカノプスを追い、メイとポラリスは運命が待ち構える財団施設へと向かった。






 ARGE財団古天研究支部。

 カノプスが案内した裏口のセキュリティを難なく突破し、敷地へと施入したメイは周囲を見回す。


「財団本部が!?わ、分かった今すぐ向かう!何とかサンプルの保護を優先してくれ!」

「なんだってこんな時に……」

「とにかく実験計画に間違いと遅れが出ないように最低限の人員はこちらに残って!」

「……始まったみたいね」

『ルラ……』

『リノ、リノリノ』


 物陰から様子を伺うと、財団の職員達は何か慌てた様子で行動していた。

 どうやらヤタガラスによる本部襲撃が開始されたらしい。

 その混乱に乗じて、影と影の間を走り抜けるメイとポラリス、カノプス。

 カノプスの案内に従い附いて行くと、どうやら中央施設とは離れた場所の地下へと向かっているようだ。


「とにかく急がないと……さっきクロウさんから送られてきた画像を見るにこの場所から中央施設の地下に繋がってるのね」

『リ!』


 扉のセキュリティを解除し、地下へと続く階段を駆け下りると、中央施設と繋がっている空調設備が並んでいる部屋へ出る。


「この通気口を通って行けば……」

『ル、ルラ!』


 鉄格子で塞がれた通気口の向こうを覗こうとしたその時、ポラリスが激しく背後に反応する。

 直後、耳を劈く激しい駆動音。


「な……なに!?」

『――』


 恐る恐る背後に振り向くと、そこに立っていたのは一体のVOIDだった。

 黒いボロ布を身に纏い、その紅い瞳が黒髪の間から煌々と覗く。

 腕と脚には錘に繋がった鎖で巻かれており、この場に監禁されていたようにも思える。

 そして手にはチェーンソーが握られ、それは激しい唸り声を響かせていた。


「まずいっ!」

『――』


 ギャンと鳴き声をあげ振り回されるチェーンソー。

 間一髪でメイが回避すると、コンクリートの壁にズタズタと傷が刻まれていく。

 本来であれば駆動による尋常ではない振動によりまともに動かす事すら困難なはずのチェーンソーを、鎖に接続され身動きが取れ辛い状況でこのVOIDは軽々しく振り回す。

 その度に周囲の壁や物体が容赦なく粉々に破壊され、メイは次第に逃げ場を失っていく。

 ポラリスやカノプスも援護射撃を行おうとするが、歯が立たない。


「なんでこんな所に……って」


 ふと、周囲を見回すメイ。

 暗闇に眼を凝らすとそこには、無数のVOIDの死体が放棄されているのが見えた。


「ここ……失敗作のVOIDの廃棄場!?」

『リ、リノ!』

「しまっ……!」

『――』


 その状況に呆気を取られてしまったメイの横腹に、ぶん回された鎖の先端に接続されていた錘が炸裂する。

 確かに胸の中で何かが砕けるような感覚を覚えたメイはそのまま吹き飛ばされ、壁に激突して地面に野垂れる。


『ルラ!ルラ!』

『リノ……!』

『――』

『ルラー!』

『リッ……!』


 止めに入ろうとしたポラリスとカノプスをいとも簡単に蹴散らし、VOIDがチェーンソーを唸らせながら接近してくる。


「そう、か……あな、たが……ここで、解体の仕事、を……っ」


 自らを確実に破壊しようと近寄るVOIDを目前にして、メイの意識は絶え絶えになっていた。

 唸る駆動音がぼんやりとした頭の中に反響する。


「セイ、ラ……ごめん……」

『――』


 意識が途切れる瞬間に彼女が見たのは、自分の首元に回転する無数の刃が振り降ろされる瞬間だった。

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