5-10『愚行の代償』
二週間後……。
「……」
「おはようございます、セイラさん。今日で14日目ですよ」
古天の財団研究支部施設。
厳重に密閉され外気すら入り込まない純白の部屋へ、レンゲが入室する。
そこには裸にされ、両腕両脚に楔を突き刺し鎖で拘束されたセイラが静かに項垂れていた。
全身に大小様々な痛々しく生々しい痣が刻まれ、腕や首筋、腹部などに無数の管を刺しこまれ血液を恒常的に採取され続けている。
左目には眼帯の代わりに封印用と思われる装置が埋め込まれ、容易には引き剥がせない。
「もう……いい加減、終わりにしませんか。十三号サンプル、ポラリスが今どこにあるのか、それさえ教えてくれれば、ここから解放してあげる事が出来るんです。それまでは、ポラリスの代わりにあなたが血液を抜かれ続けるんですよ、セイラさん……」
「……」
「不用意に私も友人を傷つけたくはないんです……お願いですから……」
「……」
レンゲの問いかけにも、セイラは目を合わせる事すらしない。
管から吸い上げられた黒い血液はサンプル用のタンクの中へと貯蔵されていく。
「あなたの血液はポラリスの持つ特異物質とほぼ同じ性質をしています。VOIDの血液を製造する為に必要不可欠な物質です。大まかに20ある原料の中で、十三番のみがまだ複製する事が困難なのでオリジナルとなるサンプルが必要なんです……もし財団の計画を打倒する為に意地を張っているのだとしても無駄ですよ。あなたの体からも採取は出来てしまうのですから。それとも別に、何か隠し場所を明かせない理由でもあるのですか?」
「……」
「……はぁ」
項垂れたまま顔を上げようともしないセイラ。
レンゲは頭を抱え、杖を構え軽く床をトンと突く。
「これ以上痛めつけるような事したくないんですよ……本当なんです。でも……これもこの星の未来の為なんです――っ!」
「……くっ……うっ……」
セイラの体から湧き出す、氷の結晶。
つんざくような冷たさを突き刺し皮膚を突き破り現れる氷は、凍傷を引き起し精神を摩耗するほどの痛みと苦痛を与え、痛々しい痣がまたひとつ、またひとつと増えていく。
「……」
「……本当に我慢強いですね、セイラさんは。また後で来ますから……それまでに考えておいてください」
口を堅く結び、苦痛で顔を歪めながらも態度を変えないセイラを哀れみにも似た目で見つめたレンゲは、静かにこの部屋を後にした。
皮膚から突き出した氷は拘束された状態では取り除く事が困難であり、時間経過と共に溶けていくのを待つしか無いが、氷が溶ける事によって傷口が露出し、再び苦痛を味わう事となる。
ここに拘束され、血液の大部分を抜き取られ続けてから、あの驚異的な能力を再び扱う事が出来ず、脳裏に現れていたあの黒い影すらも、願った所で姿を現す事は無い。
セイラはぼんやりと、新たに腕に作られた氷を見つめる事しか、出来る事がなかった。
「相変わらず意地っ張りだね、お姉ちゃん」
「……元はと言えば、お前が作り出した技術のせいでこうなってるんだ」
「そう……私としては自分の研究の成果が間近で見れて嬉しい」
レンゲと入れ替わるように部屋に入って来たのは、セイラの妹であるインナだった。
「にしても……情けない姿。こうして、お姉ちゃんのあられもない産まれたままの姿を見るなんて何年ぶりかな」
「どうとでも言えよ。二週間前から僕はここに居るってのに、見舞のひとつもしないでよ。相変わらず薄情な妹だ」
「こっちはこっちでいろいろ大変だったの……」
そう言ったインナは、すこし俯き、表情をすこしこわばらせながら顔をあげた。
その黒髪の間から見せる紅い瞳には、どこか涙が浮かんで見えた。
「……マナミお姉ちゃんが死んだ」
「……は?」
「お姉ちゃんが、死んだの。いや、たぶん殺された……」
「何言って……」
妹の口から語られた、ひとつの事実。
セイラは突然のカミングアウトに、眼と耳を疑った。
「古天と神明の間の橋の下で、民間人が見つけたの。死後二週間近く経ってる状態だった。偶然にも、マナミお姉ちゃんの同級生が発見して……」
「待てよ、待ってくれよ……なんで、なんで姉貴がっ!」
「私だって……でも、何が起きたかは推察できる」
「そ、そうだ……姉貴はアイツを……リリスを追っかけてったんだ!アイツはどうなったんだ?」
「……リリスは一週間前に、神明の本部施設に戻って来た。でも、満身創痍のボロボロの状態で……すぐに集中治療室に運ばれたけど、数時間後に死んだよ」
「……相打ちになったんだ」
二週間前、送り出してしまった姉の背中が脳裏をよぎる。
あの時、引き留めて自分達も一緒に向かっていれば、こんな結果にはならなかったかも知れない。
そんな後悔と、リリスに対する行き場の無い悔しさが、セイラの胸をざわつかせた。
「お姉ちゃんの体、酷い状態だった……傷だらけで、たぶん橋から川に落下したんだと思う……二週間も水に浸かってて……」
「……」
「父さんは……代表は、ただお姉ちゃんの遺体とずっと、ずっと一緒に居るみたい。もう何時間も、遺体が安置された部屋から出てくる気配もないらしい……それで……」
「……それで?」
「代表は……計画の前倒しを決行した。今夜……ゲートを稼働させる」
「な……そんな……クソッ……クソ!」
身を捩らせ、鎖が悲鳴をあげる。
しかしそこから抜け出す事は叶わなかった。
「このままじゃ……姉貴が……無駄死になる……っ!」
「……ねぇ、セイラお姉ちゃん……私はどうしたらいいのかな」
「どうしたら……?お前は財団の一員だろ!」
「そうだけど……でも、お姉ちゃんは……人類の為に戦っていた。セイラお姉ちゃんだって……なのに、私は……」
「迷ってるなら……自分の正しい事、やりたい事を信じろ……!財団の言いなりばっかじゃなくて……!」
「……財団の……」
セイラの言葉を聞いたインナは、静かに目を見開いた。
暫く何かを考えるように俯いていたインナは、出口の方へと歩いていく。
「おっ、ちょっと!これほどいてくれよ……!」
「悪いけど……私は、私の信じるモノの為に動くよ」
そう言い残した彼女は、部屋を去ってしまった。
「クソ……なんで……なんで姉貴が……」
ただ一人残されたセイラは、唇を噛みしめ、眼に涙を浮かべた。
必死に振りほどこうとしても、鎖が離れることは無い。
「僕が……僕が何とかしないと……メイを……守らなきゃ……」
そんな声も、無力に還ってゆく。
諦めきれない想いが、涙となって消えていった。
そんな時。
「……ん?」
微かに彼女の耳に聞こえた、金属に何かが擦れる音。
はじめは疲労による幻聴かと思ったが、しかし確かにその音は、頭上から響いている。
「この音は……っ!?」
微かに感じていた疑念は、頭上のダクトから吐き出された火花を見て確信へと変わった。
鉄格子によって閉じられていたダクトから、火花と共に電動ノコギリのような刃が飛び出してきているのだ。
それが完全に蓋を破壊すると、ガコン、という音を鳴らして地面へと落下する。
同時に、ダクトから現れたのは……。
「よし……ごめんね、待たせちゃって」
「――メイ!?」
片腕にチェーンソーのような装備が接続された、メイの姿だった。




