4-9『抗争と敗走』
「はぁ……はぁ……とにかくここから……脱出しないと……!」
『ル!』
薄暗い施設内部を走るポラリスとメイ。
ポラリスは脱出路を把握しているようで、的確に出口へと向け、扉を開放しながら進んでいく。
体力があまりあるとは言えないメイは息も絶え絶えになり、それでもセイラが作り出してくれたチャンスを無駄にしない為、必死にポラリスの後を追いかけた。
そんな二人に、正面から薄明るい星明が差してくる。
「よし……あそこの扉を開けば……!」
『ル、ルラルラ!』
「ありがとう、よろしくポラリス!」
ふよふよと半壊した入り口の扉に近づき、ポラリスがその小さな体からとは思えない怪力で扉をこじ開ける。
何とか錆びついた扉の隙間からメイが身を乗り出し、久々に吸う気がする外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「な、なんとか……出れた……でも、セイラが……」
『――ル!!!!』
「ど、どうしたの……?」
呼吸を整えようとメイが屈んでいると、突然ポラリスが何かを察知したように空を見上げた。
メイも共に空を見上げると、そこにはひとつの小さな影が現れていた。
夜空の星々に紛れる、小さな球体型の体。
蛍光グリーンのような半透明の腕を持ち、その胴体の中央に輝く緑色の瞳が静かに二人を見下ろしていた。
その姿は、まさにポラリスとは色違いでありながら瓜二つの外見をしていた。
「ポラリスが……もうひとり!?」
『……リノ』
『ル、ルラ!』
「なっ……危ない!」
静観していたと思えば、突如としてその生命体は鋭い爪を備えた腕を構え、急降下。
メイに向かって襲い掛かり、弾道を遮るようにポラリスが割って入り何とかその攻撃を阻止する。
『ル……ルララ!』
『リノ……リノ!』
「ちょ、どういうこと……!?ポラリス、あなた戦えたの!?」
突如として現れメイの命を狙おうとする同型の生命体と、彼女を護ろうとするポラリスが、その小さな体からは想像できないほど激しい戦闘を交え始めた。
「この程度……もう僕の相手じゃない!」
「セイラさん……あなたのその力、やはり私達財団が……カゲロウ十四番、十五番!次の一手です!」
次々襲い来るVOIDを切り伏せ、縛殺し、投げ飛ばすセイラ。
尋常ではない意地とガッツで復活したばかりの自身の能力をねじ伏せるように制御し、粘り強く抵抗を続けるセイラに驚きつつも、レンゲは杖を振るい、VOID達に指示を与え次から次へと戦力をぶつけ続ける。
セイラの体には既に大小複数の傷が刻みつけられ、圧倒的な回復速度を持ってしてもそれが追い付いていないのが伺えるが、それでも彼女はメイの方へ敵を寄せ付けない為、踏ん張っていた。
『――』
「既に11体も破壊するとは……こちらの損失も考えなければいけませんが……ですがこのまま野放しにした場合の被害はそれも超えてしまう。ならばやはりこの場で潰すしかありません!ペイルライダー、二番と三番も前へ!」
『――』
「お前らはさっきの……!」
レンゲの背後から現れた二体のVOIDは、先ほどやっとの思いで一体のみ破壊出来た腕部が刃で構築された個体だった。
ペイルライダーと呼ばれた二体のVOIDは鎌腕を振り上げ、セイラへと斬りかかった。
一振りの刃で二つの斬撃を阻止し、更に付き纏う通常型のVOIDも格闘で振りほどくのが限界であり、反撃の隙すら見いだせない。
ペイルライダーの腕力はやはり尋常ではなく、幾度となく攻撃を受け続けた拾い物の刃は次第に悲鳴を上げ始める。
「くそっ……!」
「そろそろ詰みですよ……トランペット!あなたの力をここで試してみます!敵を追い詰めてください!」
『――』
「ま、また新種かよ……って冗談だろ!?」
そう呼ばれて現れた、レンゲと同じ天井の上に立つのは、白い外套に身を包み、片腕がなんと白銀の機関銃に置き換えられたVOID。
その尋常ではない見た目に圧倒される間もなく、空気を揺るがす唸り声のような爆音と共に無数の弾丸が射出される。
咄嗟に刃の腹で防御を試みるが、劇的な破壊力を持つ弾丸の雨はそれだけで凄まじい衝撃を生み、抵抗することも出来ずどんどん抑え込まれてしまう。
遂には刃に亀裂が走り、金属の悲鳴にも似た音を立て、鋼鉄の刃が粉々に砕け散ってしまった。
「う、ぁああ!!!くそっ!!!」
降り注ぐ弾丸を防ごうと触手を収束させガードしようとするが、ビスビスと生々しい音を立てながら数発の弾丸が触手を貫通し、セイラの肉を裂く。
しかしその時。
『――!』
「ど、どうしましたトランペ……うわ!」
トランペットの腕の機関銃があまりにも急激に熱され過ぎてしまったのか、弾丸が上手く射出されないと思った直後、突如として爆裂し、トランペットの半身が爆発に巻き込まれ吹き飛んでしまう。
そのままトランペットは膝を突く形で機能停止し、それに驚いて気を取られ指揮が停止してしまったペイルライダーの背中をセイラがここぞとばかりに蹴り飛ばした。
「ぼーっと……してんじゃねぇ!」
「くっ……やはりいくらなんでもこれは強引過ぎましたよリリスさん……っ!」
蹴り飛ばされバランスを失い地面に倒れ伏したペイルライダーの背中をセイラが踏みつけ、近接武器を構えて襲い掛かろうとしたカゲロウ達を拳銃で正確に射撃し撃ち倒す。
抑え込まれた仲間を開放しようともう一体のペイルライダーが刃を構えて突撃してくるのを見切ったセイラが触手で刃を絡め取り、その勢いを利用して地面に倒れているペイルライダーの首を切り落とさせた。
そのまま素早く触手の伸縮性を利用し体を引き寄せ、ペイルライダーの首を足で挟み込んで頭部を抑え込み、フードの下へ拳銃を潜り込ませて頭部を撃ち抜き機能停止させる。
「はぁ……はぁ……これで……っ!」
「今です!十六番から十九番!」
「なっ……ぐぁっ!」
周囲のVOIDを破壊して気を抜いていたセイラに向け、四方から鋭い刃が備えられた鎖付きのアンカーが射出される。
咄嗟に手鎌で弾き返そうとするがそのうちの2本が腕と腹部を貫通し、しっかりと突き刺さったまま拘束しようとする。
「こ、の……!まだ……まだ!」
『――!』
しかしセイラは腕にアンカーが突き刺さったまま勢いよく鎖を引き、天井の上に立ちアンカー射出機を構えていたVOIDを下へと引き摺り落とした。
「これで――!」
落ちて来たVOIDに追撃を仕掛けようとした、その時だった。
「――なんだ?これ……『氷』?」
手鎌を持ち、振り上げた片手に付着した、星光を浴びて輝く透き通るような結晶。
それは刺すように冷たい『氷』だった。
直後。
「な、なんだこれは!?」
「……捕まえましたよ」
バキバキという音と共に、セイラの脚先から腰にかけてが突如、氷に包み込まれ始める。
恐ろしいほどの速さで氷結が進行し、半身を氷漬けにされたセイラは身動きが取れなくなってしまう。
そんな彼女の後ろに杖を向けて立つ、レンゲ。
杖を握る彼女の腕には、青白く、妖しく輝く紋様が広がっていた。
「どうなってるんだ……!?」
「十七番!十八番!もう一度アンカーを!」
「ぐぁっ!」
避ける事が出来ないセイラの両腕に再びアンカーが突き刺さり、接続されていた鎖が彼女を完全に拘束する。
遂に動けなくなったセイラにレンゲが歩み寄る。
「……これで終わりです。あなたには、支部で聞きたい事が沢山あります」
「なんだったんだ……今のは……」
「……あなたの妹さんの研究成果ですよ、セイラさん。彼女の移送を!」
「くそ……くそぉ……!」
動けなくなったセイラの脚と地面を繋げる氷を砕き、彼女の体を抱えたVOID達と共にレンゲは旧研究所を後にした。
「代表……すみません。私は、確かめたいんです……今一度、娘さんとすこしの時間を頂きます……」
「……どうか無事で……居てくれ……」
担ぎ上げられ抵抗も出来ないセイラは、ひとつ聞こえないように呟いた。
深夜の山中に走る、二つの翠と紅の閃光。
高速でぶつかり合う二つの正体不明の生命体。
『(何故、何故なんだ!なんで僕に攻撃する!覚えてないのか、僕の事を!)』
『(……今の私は前の私じゃないから)』
『(くっ……)』
翠色の生命体が放った鋭い爪を扱う連撃。
ポラリスの胴体にいくつかの傷を与えるが、同時に数発の反撃も相手に伝わっている。
『(……今の私は「カノプス」。君がポラリスであるように、ね)』
『(そうかい……ならカノプス、お前はなんでメイを襲った!?)』
「あ、あの二人……会話してる……?」
メイの耳には妙な電子音にしか聞こえない、二匹の言葉。
しかしそれは彼らにとって、意味のある言葉による会話だった。
『(今の私を作ったのはリリス。なら、私は財団陣営に就くのが自然な流れでしょう?)』
『(お前、リリスの言う事なんか聞いてるのか……!?忘れたのか!?僕たちが何者なのか!?)』
『(何者だったのか、の間違いでしょ?)』
素早くカノプスと名乗った生命体が距離を取ると、その瞳に光が収束し、レーザーとなって撃ち放たれた。
空中で縫うようにレーザーを回避しカノプスに突撃したポラリスが拳で連撃を与える。
『(お前は……本当に僕と敵対するつもりか!?)』
『(当然。だってその方が……面白いじゃない!せっかくのこの状態なら、楽しまなきゃ!私達にとってはこの程度、遊びの戦争となんら変わらないもの、どっちが勝つのか賭けっこして遊ぶようなものよ)』
『(……メイに手を上げたのもそれが理由なのか。僕に本気を出させるための、そんな理由の為にか!)』
『(フフフ……だったらどうする?)』
『(そんなことして……遊びで済まされると思うな!)』
ポラリスの連撃を流れるように受け流すカノプス。
一瞬の隙を突いたカノプスの爪がポラリスの胴体に食い込み、態勢を崩した瞬間、カノプスの鋭い蹴りが炸裂。
『(ぐっ……!)』
『(こんな情けない姿にされてまで、いつまでもシリアスな展開を演じるつもりなんてバカバカしくてやってられないわね。君だってそうだったじゃない……『今この瞬間までの全ての世界を滅ぼし、破壊してきた君』が、一番分かってるでしょう?)』
『(今回は……今回こそは違う……!今度こそ、僕は、僕らは、メイを救う!もう世界を破壊しなくて済むように……このふざけたループから脱出するんだよ!)』
『(肝心の君自身が、まともに自分自身を見ようとしてないんじゃ、どうせ無駄な努力で終わるわよ……ホント、暑苦しくてまじめでいつもの君じゃなくて……バッカみたい)』
レーザーで攪乱しながらカノプスが地上へ接近する。
それを追うポラリス。
『(財団のバカ共から『神』だのなんだの崇められて、そのくせ目玉だけにされて……ホント、私達の運命って……バカみたいね)』
『(……それは僕も否定しない……でも)』
『(なっ……お前っ!)』
「……え?」
突如、カノプスに巻き付く黒い触手。
それはカノプスの下に現れた漆黒の沼から現れたモノだった。
「あれは確か……セイラが出してた……!?」
『(ちっ……相変わらずこの使い方をされると厄介だわ……っ!)』
『(メイに手を上げようとした事実は変わらない。君が冗談のつもりでも、君がかつての僕の協力者だったとしても……友達だったとしても、それだけは冗談で済ます訳にはいかない)』
『(ったく……本当に君は……変わらない、な)』
複雑に絡まった触手は完全にカノプスの身動きを封じ、ゆっくりと沼の中へ引き込もうとする。
『(悪いけど……今は退場してもらわなきゃいけない。メイを護る為にも)』
『(もう、わかったよ……今回は君のその珍しい努力に称して、私の負けって事にしといてあげる……そんな君に、折角だからアドバイスしてあげるわ)』
ずぶずぶと沼に嵌り始めたカノプスはそれでも抵抗することなく、メイとポラリスを見つめる。
『(君の「肉体」が、今さっき財団に回収された。たぶん向かう先は……古天支部よ。取り返せなくなる前に、早く取り返しに行った方がいいわ。そしてそれには支部への潜入が必要になるけど……その時が、この運命から脱出する為の狙い目ね)』
『(……分かった。ありがとう、カノプス)』
『(きっと、またいつもの「日常」に戻れたら、その時は皆でじっくり遊ぼうね……それまでは、メイのことをしっかりと守ってあげるんだよ、ポラリス。いや……「イル」)』
『……』
やがて完全に沼に沈んだカノプスは、もう喋る事はなかった。
彼女を見届けたポラリスは、ゆっくりとメイの傍へと戻る。
「……終わったの?」
『……ル』
「そう……ありがとう、ポラリス」
メイはそんなポラリスを、指でつついた。
「それじゃ……今はとにかく戻ろう。セイラを助けるためにも、次の一手を考えるためにも……」
『ル、ルラ!』
この数時間、騒音が絶えなかった希世山は、遂に静寂に包まれた。
二人は小走りに、そんな山を後にする。
次に差し出す、一手の為に。
これはそんな二人の、敗走だった。




