007
リンスレット・スカイウォーカーの一族は代々諜報員として王都アスタロテに貢献していた。
あらゆる手段を用いて必要な情報を探る命を受けているスカイウォーカーは常に危険と隣り合わせの人生であった。
暗黒時代の時は敵の動向を探るために、危険と分かっていて王都の外に出て情報を探った実績も持つのだが、代償に多くの仲間を失ってしまった。いま、満足にお役目を果たせる人物はたったの二人しかおらず、このまま悪戯に時が流れれば滅びの時を迎えてしまうであろう。
それを防ぐ為に、リンスレットは強い男性と恋仲になって将来の諜報員を産む必要があった。
「……それで、その強い男性に選ばれたのが俺なわけ?」
「そうよ。あなたはイリア先生を圧倒したし、さっきの話しを聞く限り、大英雄ムトウ・ケンジ様のお弟子さんなんでしょ? 鋼属性なんて未知な属性も兼ね備えている事だし、あなたが適任と思っただけよ」
「盗み聞きしていたとは、あまりいい趣味とは言えませんね」
「それは素直に謝るわ。けれど、あなたが何時まで経っても職員室から出ないものだから、気になって聞いてしまったの」
「なるほど。お話しは大体理解しましたが、その申し出は――」
「聞けないのでしょ?」
「……えぇ。俺にはやるべき事がありますので」
「別にいいわよ。私は後の二人みたいに、あなたの人生が欲しいわけじゃない。私が必要なのはあなたの血筋なんだから」
「……はい? それはどう言う意味なんでしょう」
「私は現地妻でいいわ。あ、あにゃ……。コホン。あなたの子種さえ注いでくれたら、満足するかりゃ……。しますから」
「いま、滅茶苦茶噛んだよね。思いっきり噛んだよね? 実はかなり緊張しているでしょ」
「そ、そんにゃ……。そんな事はありません」
カミカミであった。リンスレットも自覚しているのか、次第に顔が真赤に染まりあがる。
初めは気の強いお嬢さんと思ったのだが、一族の為に見知らぬ男に求婚を申し出た結果であろう。少しでも気を強く持たないと事が事だ。いいように弄ばれる運命が待ち構えているかもしれない。少しでもイニシアチブを取りたいが為の行動であったのだろう。
「エルク。まさかと思うけど、リンスちゃんを抱くとか言わないよね」
「そうだぞ、エルク・クルセイド。私達の誘いを断って、彼女を抱くなんて言わせないからな」
嫉妬に狂った女性二人が、二人の間に割ってはいる。
「だいたい、リンスちゃん。どうしてエルクなのよ。強い男性なら他に幾らでもいるじゃない。六年の先輩方の方がきっと強いわよ」
「なんなら、今度紹介してやろうか、リンスレット・スカイウォーカー。貴女ほどの美貌の持ち主ならば、貴女の望みを叶えてくれる男性は引き手数多であろう」
「それは……」
最もな指摘にリンスレットは答えようとしなかった。
言いずらそうに視線を泳がせるのみ。
「理由は定かでないが、そうしてくれると助かります。それじゃ、この話しはこれにて終了で」
いい加減、この手の話題から離れたかった。
色恋沙汰に興味がないと言えば嘘になるが、今は色恋よりも優先したい事がある。
リンスレットがエミリアの質問に気を取られている隙にこの場から去る事にした。今度は捕まらない様に全速力で。
「……あ。ま、待って!」
背中越しから呼び止められる声が聞こえるが、エルクは止まらない。これ以上の桃色展開はお腹一杯であったし、朱色展開に発展する未来は御免こうむる。
しかし、エルクは最大の失態を犯した事に今更ながら気づく。
「そう言えば、教室はどこなんだよ」
無事に教室へたどり着いたのは逃亡してから三十分後の事であった。
――***――
「あー。皆も既に知っていると思うが、転入生のエルク・クルセイドだ。本日から一緒になって教鞭を受ける事となった」
幾多の視線が集まるのを感じる。視線の主を一人一人確認すると大方の人達は先ほどの教師陣営と同じ様に瞳を輝かせて興味津々と言いたげに目線を向けていた。
「……お前達も気になっていると思うから、少しだけ質問タイムを設けてやる。ただし、一人一回な。終えたらちゃんと授業に集中するんだぞ」
学生達の落ち着きなさを見て、現状だと満足いく授業が出来ないと見極めたのであろう。少しばかり授業が遅れるが、後顧の憂いを絶つ為にエリックは最大限の譲渡をしたのであった。
そんなエリックの気配りに生徒達のテンションは一気に上がる。まさかの質問タイムを設けられた僥倖に生徒達は一斉に質問を始めたのであった。
「えーと」
さながら疾風怒濤。騒ぎ始める生徒達のテンションについていけなかったエルクは、どれから質問を返していいのか迷った時。
「お前ら。そんな一気に質問しても答えられないだろうが、たく。ガンマ、お前から順に質問しろ」
収集がつかなくなりそうになったこの場を納めて指揮を取る。
エリックのおかげで質問タイムは滞りなく進む事ができたのだが、次の質問で治まりつつあったテンションが炎上する。
「つぎ、リンスレット・スカイウォーカー」
その名を聞いて、エルクは嫌な予感がした。
案の定、席から立ち上がった質問者は先ほどエルクに迫った女性、リンスレット・スカイウォーカーであった。彼女は気恥ずかしそうに頬を染めながら、質問を行う。
「す、好きな女性のタイプはにゃ……なんですか?」
「は?」
その場にいた全員――エルクやエミリアを除く――が、信じられないと言わんばかりに目を丸くさせた。クラスメイトが知るリンスレット・スカイウォーカーは生真面目で知られていた。親睦を深める為に放課後に誘えばいつも断るし、この五年間、色っぽい話を聞いた事がない。
彼ら彼女らのリンスレット・スカイウォーカーは委員長タイプとして知られていた。自分の質問に恥じらう乙女のような一面を見たことがなかった。
「……リンスレットさん。そう言った質問はこの場に適していないかと。他の質問にしていただけません?」
普段のリンスレットを知らないエルクは、彼女がこう言った類の質問をしてくるのを予想済みだったのか考える間もなく答える。
「す、すみません」
残念がる表情を隠す事無く席に座る。
可哀想な事をしてしまったかな、と思ってしまうが同情して手を指し伸ばすと痛い目にあうのは自分の方だと理解している。
「じゃあ、最後はエミリア・ブリューナクだな」
「……げ」
最後の最後に最大の難関が現れた事に顔をしかめる。
「エルク。何で、そんなに嫌そうな顔をするのかな?」
「純粋に嫌だからこんな顔になった。……質問があるなら、さっさと質問してくれ」
「先ほどの戦闘で詠唱はおろか、地属性特有の発動条件を行っていませんでしたが、それについてお聞かせください」
「……ありゃ?」
どんな無茶苦茶な質問が来るかと思ったら、他の人たちと比べて結構まともな内容であった。
リンスレット同様に無茶振りが来ると思っていただけに拍子抜けしてしまう。
「確か、地属性は地面に手を触れないと発動しないと習いました。しかし、あなたは接触する事は愚か、詠唱すらしていません。詠唱に関しては色々と予想できるのですが、発動条件の破棄は出来ないはずです」
真剣な顔で質問してくる姿は別人と言いたいぐらい凛々しかった。普段からそんな感じでいてくれたなら、印象も大きく変わっただろう。
エミリアの指摘どおり、地属性の最大の特徴で最大の欠点が発動条件にある。地属性は地に関する物質に術者の手を接触させなければ、大地を操る事が不可能と言われている。
今まで、高名な魔法使いがその欠点を解消しようと挑むのであったが、どんな術式を組み立てても条件を覆す事ができなかった。そんな難点を解消させて実践レベルまで発展させている。地属性に属していないエミリアでも非常に気になる点であった。
「なるほど。ちなみに、詠唱に関しての推測を聞いても?」
「詠唱に関しては様々な技術が発展しています。エルクは【クイック・トリガー】の技法を用いたのでは?」
「【クイック・トリガー】魔力を込めて、登録した動作を行うことで発動させる詠唱技法か。いい読みですが、少し違うかな」
魔法を行使する場合、詠唱と呼ばれる言葉を用いなければならない。
言葉の力を用いて魔力を現象に変換させる一般的な方法であるが、単独で戦う場合はそれが大きな欠点に繋がる。どんな優れた術者でも詠唱中に間合いを詰められたら殺される確率が高くなるためだ。その欠点を補う為に様々な技術が生み出される。【クイック・トリガー】別名【速攻作動】もその一つである。
「違う? それでは、あの詠唱技法はどのような技法を用いられているのですか? まさか【詠唱破棄】じゃないですよね」
「説明すると話しが長くなってしまうんだけど……」
チラッとエリックの方を見やる。これ以上、話しを続けると授業に支障を来たしてしまう。そんな心配を読み取ったのか、苦笑しながらエリックが話しに割って入ったのだった。
「それは俺も気になるところだが、次の機会に回そうか。エルク、悪いが実技の時にでもその技法を教えてくれないか? 後学の為にも是非とも知りたい」
「分かりました。……けど、あの詠唱技法を得た所で地属性でない皆さんには何一つ利点はないと思うのですが、いいんですかね?」
「それはお前の話しを聞いてから考えるとしよう。もしかしたら、その技法を応用する事で更なる技術発展に繋がるかもしれないしな」
「了解です」
「それじゃあ、お前の席は……。エミリア・ブリューナクの横にしてもらおうか」
「あんた、絶対に俺の現状を面白がっているだろう」
ニヤリ、としてやったりと不敵な笑みを見せるエリックにいつか復讐をしてやろうと誓うエルクであった。
――***――
時刻はお昼時。
「……つ、疲れた」
体を机に預ける。
経験した事のない疲れのせいで、現在のエルクはグロッキー状態であった。
「だ、大丈夫。エルク」
満身創痍に近いエルクの様子を見て体調を尋ねるエミリアであったが、彼女の表情はどことなく楽しげに見える。
「無理。まさか、授業の終わりを狙って質問攻めにされるとは思ってもみなかった。中には昔、俺の事をバカにしていた奴もいたぞ」
対イリア戦が衝撃的であったらしく、誰もがエルクと話し合う機会を求めて群がって来た。
その様子を一言で例えると電光石火。
授業の終了の合図と同時に駆け寄る姿は獲物を捉えた猛獣に近いものがあった。
質問の内容の大半はイリア戦で使用した魔法【砂分身】についてであった。勇者達が愛用していた【変わり身の術】をベースにしている事もあってか、自分も使えるのかと問われたのだった。
誰もドリルについて触れてくれなかったエルクからしてみれば、ちっとも面白くなかったが。
「そう言えば、お昼か。エミー、昼食はどこでとればいいんだ?」
何も聞かされない状態のままアカデミーに来たため、当然の如く昼食など用意していない。周囲の様子を探ると用意した弁当を食する者、教室を出てどこかに行くもの見られる。
「大丈夫よ、エルク」
その質問を待っていたのだろうか。
双眸から妖光を灯し始めたエミリアは用意していた弁当箱をエルクに渡す。
「昼食はちゃんと私が用意したから。愛妻弁当よ、愛妻弁当」
「なんで二回言ったの? 大事な事だから二回言ったとでも」
「何なら何回でも言うわよ」
「謹んで遠慮しておく。その、まぁありがとな。しっかし、ちゃんと食べられるんだろうな?」
疑惑の目で頂いた弁当を見る。
見た目からは怪しい所は一つも見当たらないが、相手はエミリア。何か可笑しな薬でも盛っている可能性が否めない。最も惚れ薬の類は早々簡単に手に入らないと思うが。
「失礼ね。何もないわよ。入っているのは愛情だけよ、愛情」
「……なんか余計に心配になってきた」
恐る恐るながら弁当箱を開ける。
そういえば彼女の手作り弁当など食べた事がないな、と思いつつ中身を確認すると想像もつかなかった代物が飛び出して度肝を抜かれる・
「なに、これ?」
「おいしそうでしょ。勇者様が振るった三色弁当をアレンジした七色弁当だよ」
「……あぁ。そんなのあったな。だけど、何でこれ光っているの? しかも虹色に」
弁当の中身はご飯の上に肉や野菜などを乗せた丼の弁当版であった。
暗黒時代に勇者の一人が作ってからと言うもの、巷で大流行したと聞いた覚えがある。今では勇者の仲間の一人がレシピを公開して広めているらしい。
エルクも一度ご馳走になったから、三食弁当なるものはしっているのだがエミリアが作った弁当のように食材自身が光っていた記憶はなかった。
「……相変わらず輝いているね、それ」
エミリアの弁当を覗き見てリンスレットが苦笑いしながら、隣の席に座る。手には可愛らしい小さな弁当箱があり、座ると同時に自分の弁当を広げ始める。
「リンスちゃん。珍しいね、いつもは誘っても一緒に食べないのに」
「きょ、今日はたまたまよ。同じ場所で食べるのが飽きちゃったから、仕方がなく」
「へー」
疑惑の眼差しが注がれる。
自称妻のエミリアからしてみれば、彼女はエルクを掠め取ろうと狙っている泥棒猫。わざわざ自席から移動して食事を取る理由などエルク目当てとしか考えられないエミリアは、リンスレットに向けて牽制を放つのだった。
「さっきも言ったけど、エルクは私の旦那様なんだから。愛人や現地妻なんて認めないからね」
「そもそも、俺はエミーと結婚する気はないぞ」
「エルクは黙ってて」
「……はい」
自分の話のはずなのに、叱咤された事に理不尽さを感じる。
けれども、すごむエミリアに押されて押し黙るしかできなかった。
「少しぐらいいいじゃない、エミーさん。私は強い子の血筋が欲しいの」
宣戦布告と取ったのか、リンスレットも負けじと言い返す。
「ダメなものはダメなんです。他の人にしてください」
「あー。待て待て。当の本人を目の前にして、本人の意思を無視した話しをしないでくれ」
これ以上続けたら、先ほどの二の舞になってしまうのは目に見えていた。それに自分の人生に関わるのにも関わらず、当の本人を蔑ろにされるのは面白くない。
エルクは二人の会話の中に割って入り、気持ちを落ち着かせるように言い聞かせる。
だが、恋する乙女に何を言っても無意味な事をエルクはこの時まで知らなかった。
「黙っていて、って言ったでしょ」
「これは私とエミーさんの問題なんだから」
二人の気迫に負けて「……すみません」と謝罪する事しかできなかった。いっそのこと、このまま逃亡を図るのも手と考えたが、後々の事を考えると今ここで決着をつける方が良いと判断したのだった。
「エルク・クルセイド! エルク・クルセイドはここにいるか!!」
いざ戦地へ赴かん、と決意を秘めて口を開くと同時にエルクを呼ぶ声が教室中に響き渡る。
怒気を孕んだ大声に何事かと視線を出入り口にやり、更なる厄介事がやって来た事に頭を抱えてしまった。
「どこにいる、エルク・クルセイド。マルス・ブラウンが決闘を申し込みに来てやったぞ」
マルスの決闘表明に反応して周囲の人間は頭を抱えて顔を隠すエルクに視線を向ける。
その動きに気付いたマルスもエルクがこの場にいる事を見やり、不敵な笑みを浮かべて更なる宣告を行う。
「そこにいたか、エルク・クルセイド。てめえに決闘を申し込む。エミリアを賭けて俺と闘いやがれ」
「あほか、この恋愛脳どもめ!」
とんでもないことを告げるマルスにエルクはツッコミを行わずにいられなかった。




