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外伝勇者の弟子  作者: 柊柳
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008

「おかしいだろ。女を賭けて、勝手に男二人が決闘するのは」


 再び、決闘場に足を踏み入れたエルクは現在の状況に嘆かずにいられなかった。


「やっと来たか。泣き虫エルク。怖気付いて逃げ出したと思ったぞ」


 エルクを待ち兼ねていたマルスと数名のアカデミー生。全員が戦闘準備を済まして、エルクの前に立っている。


「……なんで、そっちは五人もいるんだ?」


 当然の疑問を口にする。決闘と言ったのだから一対一の対決しか考えていた。


「俺は決闘としか言っていないぞ。誰も一対一の勝負なんて言った覚えはない」


 自信満々に胸を張って言う。

 内心では「してやったり」とさぞかし思っている事であろう。


「あっそ」


 そんな程度で威張られてもコメントに困る。こんな無意味な決闘なんて付き合う必要はないのだが、逃げたり手を抜いてしまうと後のお嬢様方に何を言われるか分かったものではない。

 首を回して尻目で後ろを見やる。エルクが負ける事など微塵も思っていないのか、エミリアは不安の表情を一切見せる事無く、振り返ったエルクに向けて笑顔で手を振るのみ。その隣で「あわわわ」と混乱状態になっているリンスレットの方が可愛らしく見えるのは目の錯覚かな、と考えてしまう。


「……一応聞くが、中止にするつもりはないんだよな。俺、午後の授業がまだなんだが」

「お前が、大人しくエミリアを差し出すって言うのなら考えなくもないさ」

「人身売買紛いな事を要求するなよ。下手をすると捕まるぞ」

「俺は、お前がエミリアの許婚だ何て認めない。彼女はお前風情には勿体無い女だ」

「その点は同意するよ。けれど、それはそっちにも言えることじゃないのか?」

「なんだと?」

「砂埃に対して、数的優位に立って粋がっている雑魚がエミーの伴侶に相応しいと?」


 エルクはわざとらしく肩を竦めて「やれやれ」と呆れて見せる。

 さんざん小者とバカにしていた格下に策を弄した。本来ならば勝つ為に必要な手段であると賛同する所であるが、今回の名目は決闘だ。

 確かに一騎打ちと確認しなかったエルクの落ち度であるが、現状を顧みて逆に言わせてもらうと「マルスは一人ではエルクに勝てない」と言っている様なものであった。


「貴様、黙って聞いていれば好き勝手に言いやがって」

「――マルス様。本当に奴と闘うんですか?」


 憤慨するマルスに向けて、彼の仲間もとい下僕が問い掛ける。


「あん? お前、この俺があの泣き虫野郎に負けると思っているのかよ」

「しかしですね。あいつ、あのイリア先生に勝ったんですよ。俺達では束になっても勝てないあのイリア先生に」

「まだ、そんな事を言っているのかよ。イリア講師が本気で負けるはずがないだろ。どうせ、あの人の事だから手加減して、この泣き虫に花を持たせたんだよ」

「マルス様はその戦いを見ていないから、そんな事を――」

「くどい。これ以上言ったら吹き飛ばすぞ、貴様」


 睨まれて、情けない悲鳴を上げる取り巻きの一人。


「可哀想に。正確に戦力分析をして助言してくれたのに」

「はん。何が正確な分析だ。こいつがそんな芸当を出来る訳がないだろ」

「人を見る目がない奴の下に付いてしまったんだな。同情するよ」


 言い返そうと口を開くマルスだったが、エルクの雰囲気が一変したのを感じ取り背負っていた大剣を取り出す。体勢事態は自然体であったが、纏わりつく空気の質が異様であった。今までに感じた事のない圧力に思わず後退りしてしまうのであった。

 自分がエルクから感じる圧力に呑まれて後ずさった事に気づいた時、マルスの怒りが頂点を超える。


「――やれ。あいつを倒した奴にはそれ相応の褒美をやるぞ」


 取巻きの四名に向けて命令を下す。マルスの指令に従い、四名は得意の得物を取り出してエルクに向けて駆け出すが、直ぐに動きを止めて狼狽し始めるのであった。


「な、何だこれは!? あ、足が……」

「動けない。どうして! なんで?」


 最初に呻き声を上げたのは先陣を切った二名であった。両刃の斧と棍棒を得物としていた両名は己の足が地面に埋まっているのを見て驚愕する。どうにかその場から抜け出そうと試みるのであったが、動けば動くほど埋まってしまい身動き一つ出来なくなってしまう。


「落ち着け。ただの【流砂】だ。その程度、魔力をぶつければどうにかなる。おい、アイツらが抜け出すまでの間――」

「この、クソ……。どこから鎖が。詠唱なんて聞こえなかったのに」

「だ、だから言ったんだ。俺達程度では敵わないって」


 流砂によって身動きを封じられた二人が動き出すまで、残りの二人に指示を出そうとするのであったが、残り二名も別の手段によって動きを封じられていたのであった。

 槍を得物としていた取巻きは、両手両足を鉄の鎖によって拘束されていた。どうにか逃れようと暴れまわるのであったが、それを許さないと鎖が勝手に取巻きの身体を縛り始める。

 残った一人、マルスに向けて戦いの中止を提案した者は格子状の箱に閉じ込められていた。取巻きの全員が一瞬にしてエルクの力によって無力化されたのだった。


「……まだ、やります?」

「……っ!?」


 マルスはエルクの言葉を返す事は出来なかった。

 圧倒的すぎる。実力の違いに今更ながら気づかされる。いや、既にエルクと実力の差がある事など知っていたのであったが、納得する事ができなかったのだ。バカにしていた奴が五年程度で自分など目にもならない程の力を手に入れた。それは許しがたい事であり、認める訳にはいかなかった。

 けれど、これほどの魔法の早業を見せつつも冷や汗ひとつ見せない余裕ぶりを見てしまったら、認めざるを得なかった。エルク・クルセイドは自分ことマルス・ブラウンなんかよりも遥か上の次元にいる。次元が違い過ぎたのだった。


「だからと、言って諦める訳がないだろう」


 ここで負けを認めてしまったら、惚れている女を目の前の男にとられてしまう。

 この数年間、何度も思いをエミリアに告げていた。初めは相手にもしてくれなかったのだが、徐々に心を開いてくれて照れ臭そうな表情を見せ始めていたのだ。このまま思いを告げ続ければ、いつか振り向いてくれると思った矢先に許嫁なんてふざけた野郎が登場した。

 ふざけるな。そんな事、認められる訳がない。エミリアを誰よりも愛しているのは自分だと自負している。どんな困難に落ちようとも、たとえ世界が敵に回ったとしても愛していると言い続けられる自信がある。

 けれど、現実は残酷だ。目の前の格下と思った男は予想を絶するほどの膨大な力を手に入れて戻ってきた。今の自分では到底敵わないであろう。普段通りに戦っていたら。


「……どうしました、マルスさん。聡明なあなたならば、これ以上闘っても無駄と分かったでしょう。傲慢と取られるかもしれませんが、あなたを拘束しなかったのは、何時如何なる時でもあなたを無力化出来る、と警告したつもりです」


 返事が来ない事に目を細めながらも、再度通告を行う。

 数が多かったので、用いられる束縛系統の魔法をフル活動させたのはやりすぎだったかな、と内心冷や汗を流す。しかし、これぐらいしなければ力量の差をはっきりと相手に知らしめる事は難しい。今ので士気が下がって戦意喪失してくれる事を願うばかり。


「降参――するわけないだろう!」


 降伏勧告を無視したマルスに鎖の拘束魔法【鉄鎖】を発動させる。言い終わるのと同時にマルスの足首に絡みつき、身動きを封じる。


「……勝負ありです」


 いくら相手の力量が高くても動きを封じてしまったら御するのは容易い。それに加えて、マルスはエルクが放った【鉄鎖】を解除する手段を持っていないはず。

 この勝負、エルクの圧勝と後ろで見守っていたエミリアとリンスレット判断する。


「強い。……強すぎる」


 一方的な展開にリンスレットはただただ驚くのみ。諜報員の家系として生きてきたリンスレットは強者と接触する機会も少なくなかった。その中の人物と比べてもエルク・クルセイドの実力は群を抜いていた。同い年であそこまでの力を手に入れるのに、どれほどの血反吐を吐いたのだろうか想像を絶する所であろう。

 戦慄するリンスレットの言葉にエミリアは頷く。


「えぇ。昔のエルクを知らなかったら、別人かと思うぐらいの実力。ほんと、強くなったんだね、エルク」


 幼い頃のエルクを知っているエミリアにとっては信じられない光景であった。イリア戦の時に一度見ていたのでそこそこ冷静でいられたが、強くなった思い人の姿に鼓動が強く脈打つのを感じた。

 そんな二人の心情を知る由もなく、エルクは拘束したマルスに三度の降伏勧告を行う。


「いい加減にあきらめたらどうだ、マルスさん。今のあなたの実力では俺にかすり傷一つつけられないでしょう」


 決して驕りで言った訳ではない。

 アカデミーでどれほどの研鑽を積んできたかは知らないが、最初に出会ったときのいざこざでマルスの実力は大体把握していた。


「ふざ、けるな」


 それでもマルスは白旗を上げない。

 ここで降参をしてしまったら、男として完全に敗北を期する事に等しい。

 それだけは絶対に認めてはならない。

 だから――。

 マルスは切札を懐から取り出した。


「泣き虫エルク。確かにお前は強くなったみたいだな。……だがな」


 懐から取り出した切札はワインボトル。通常より小さめのミニボトルの栓を噛みつき、乱暴に抜き取る。


「エミリア・ブリューナクはお前なんかに渡せない。彼女と添い遂げるのはこの俺だ、エルク・クルセイド!」


 中の液体を飲み干す。

 直後、マルスの全身から膨大な魔力が勢いよく放出される。

 魔力の衝撃によってエルクが放った【流砂】【鉄鎖】【鉄格子】が吹き飛ばされ、砂塵と化していった。


「っ!? お前、それは……」

「くくく。これが、本来の俺の持つ力か。……エルク・クルセイド、覚悟しろ。今の俺は、そう易々と捕まってやれないぞ」


 跳ね上がる魔力量と濃度、そして目の下に浮かび上がる青い血管。

 その原因は、最後の最後に服用した液体状の何か。

 それらを総称すると、一つだけ思い当たる節がエルクにはあった。

 なぜならば、暗黒時代を終わらせる為に用いられた薬品。名は強制覚醒剤【インパルス】、自身に秘められた力を無理矢理引き起こして戦闘力を高めるドーピング剤であった。


「覚醒剤【インパルス】。お前、それをどこで手に入れた!」

「教えるか、バーカ」


 愛用の武器を放り投げ、跳び上がる様にエルクへ跳躍する。【インパルス】の効果のおかげで、マルスの身体能力は格段に跳ね上がっていた。文字通り、一足飛びでエルクとの距離を詰めたマルスは強く握りしめた右拳を振り降ろす。

 不意を突かれたエルクは体を半身に捻らせて辛うじて避ける。強化されたマルスの右拳は並大抵の力では粉砕出来ない闘技場の地面を爆砕させ、大地を震動させる。


「この効果は間違いなく【インパルス】。暗黒時代と共に消え失せたそれをなんで」

「闘い中に考え事とか舐めているのか、貴様!」


 戸惑うエルクの脇腹目掛けてマルスは回し蹴りを行う。しゃがみ込んだままの状態で、振り下ろした右拳を軸にした蹴り技にそれほどの攻撃力は有していないはずなのに、腕を交差して防御したエルクの身体を蹴り飛ばしたのであった。


「ぐあっ!」


 防御越しにも関わらず、腹部に予想以上の衝撃が伝わる。

 予想以上のダメージに意識が刈り取られそうになるが、気合で意識を保たせる。投げ出された体を海老反りの様に体を曲げて、痺れ始めて来た両手を地面につけ――エルクの魔法【鉄鎖】が発動する。自分の両腕に鎖を絡ませ、もう片方を地面に固定させて勢いを殺す。引張の力がかかって両腕に多大なる負荷が掛かってしまったが、拳を何度か握って問題ないと判定する。


「ククク。どうしたどうした、泣き虫エルクちゃんよ。最初の威勢はどこに言ったんだ? 随分と愉快な悲鳴を上げるじゃないかよ」


 口角を曲げて盛大に笑いだす。愉快そうに笑い上げるマルスはその場で大きく跳躍させる。


「【蜻蛉羽】」


 魔法名のみで風属性の魔法【蜻蛉羽】を生み出す。文字通りトンボの翅を羽ばたかせ、空中に留まったマルスはエルクを見下ろして言う。


「どうだ、泣き虫エルクちゃん。これが俺の本来の力だ。そうだ、俺はお前に何一つ負けていない。負けていないんだ。なのに、どうしてお前なんかにエミリアがなびく」


 それは紛れもないマルスの本音であった。【インパルス】を服用する事で起こる副作用の一つ、本音を押さえ付ける事が出来なくなる。相性が良いほど副作用の反動も強くなり、ほんの数分で副作用が発生し始めたマルスは【インパルス】と相性が良好と言える。

 ここでいくら言葉を繕った所で相手にしてくれない事はエルクも理解していた。だからこそ、エルクも本音で相手にする必要があったのだ。


「……知るかよ。正直なところ、俺に惚れるエミーの気が知れない。だからこそ、ここは本人に聞くべきだ」

「なんだ、と?」


 思いがけない言葉に絶句する。

 エルクはマルスの反応を気にする事無く、無防備にも背中を向けて矛先が向けられたエミリアへ振り向く。


「そう言う事だ、エミー。お前の本音が聞きたい」

「……ぇ」

「簡単な話だ。お前はマルス・ブラウゼンをどう思っている?」

「それは……」

「朝方の様な態度を取ったら、さすがの俺も男の立場としてお前に怒りを覚えるぞ」


 朝の様子を見てもマルス・ブラウンがエミリア・ブリューナクにぞっこんだったのは考えるまでもなかった。


「断っていました。何度も何度も。私には好きな人がいますから、お付き合いできませんって」

「それは本当の事よ。友人の私が保証人になるわ」


 事実、エミリアは何度も求愛するマルスに困り果てていた。リンスレットも彼女自身からどうすればいいのか、と相談を受けていたので言っている事が嘘ではないと何度も頷いて見せる。


「本人はああ言っているが?」

「ウソだ。確かに最初は拒絶されていたが、今は手の甲にキスする事を許してくれる関係になっていた」

「そうしないと、あなたはずっと着いてくるでしょ」


 エミリアの言葉の真意を確かめる為にリンスレットへ視線を投げかける。目があったリンスレットはエミリアの言っている言葉は正しいと目だけで頷き返す。


「なるほど。これで分かっただろ、マルス・ブラウゼン。お前は最初から眼中になかったようだぞ」

「眼中にない。……俺が」

「お前が何者であろうと関係ない。お前は最初からエミリアに相手してもらえていなかった。まずはその事実を受け止めろ」

「……さい」

「惚れた女を振り向かせたいならば、方法が間違っているんだよ。それぐらい気づきやがれ」

「……まれ」

「お前は――」

「うるさいうるさい、だまれだまれだまれだまれ、だまれよ!! そんなことない。そんなことあるはずない。エルク・クルセイド、お前が彼女を!」


 最初と同様に膨大な量の魔力が放出される。視認化できる程の濃密な魔力を放出したマルスは愛用していた大剣に酷似した武器を二振り形状化させて、両手を大きく広げて見せる。その構えはイリア戦の時に見た比翼連旋に酷似していた。


「聞けばイリア講師の【比翼連旋】は破ったようだな。だが、俺の【比翼連旋】……いや、【比翼飛連閃】は破られまい」

「格好いいこと言っているけど、結局は西の勇者様の物真似だろ? そんな技が通用すると思っているかよ」

「笑っているのも今のうちだ。エミリアはもらっていく。覚悟しろ、泣き虫エルク!」


 頭上へ大きく飛翔させ、エルク目掛けて一気に急降下を始める。落下速度を利用しての比翼連旋。マルスの狙いをそう判断したエルクは迎撃手段を行使する。


「教えてやるよ、マルス・ブラウン。薬では到底たどり着けない領域があるってことを」


 鉄鎖を解除させて、拳を地面に力一杯振り降ろして魔法を発動させる。


「求めるは意志を貫く正道。邪道を否定し、王道に目覚めさせる粛清の鉄鎚。迎い撃て、突き立てろ。これは、腐った運命を殴り付ける鋼の拳なり【赤手鋼拳】」


 初めてエルクがまともに詠唱をしたそれは聞き覚えのないものであった。

 既存の魔法はアカデミーで教えてもらえる。聞き覚えのない詠唱があるとしたら、それは新たに作り出した新魔法に当たる。事実、エルクの右腕を包み込んで巨大な腕を作り出す魔法など今まで見た事も聞いた事もなかったのだから。

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