005
誰かが職員室の話しを盗み聞きしていたのであろうか。イリアVSエルクの話しは一時間もしないうちに全校生徒に広がり、戦いの行く末について盛り上がっていた。
曰く「俺らの代でイリア様に勝てる奴はいない」とか「あの砂埃のエルクが何分持つか賭けない」やら持ち切りであった。
暗黒時代が過ぎてからと言うもの、刺激が足りなかったのか二人の決闘はお祭り騒ぎにまで発展していった。
「……イリア様。この決闘は内密に行われるのではなかったのですか?」
最初に目にしたのは『イリアVSエルク。美女と野獣戦』と書かれた横断幕であった。
「そのつもりだったのですが」
これにはイリアも驚きの一言であった。
授業の邪魔になりたくない故に、イリアは誰の目も届かない場所を指定したはず。それにも関わらず、二人の戦いを一目見様とアカデミー生やあろう事か教師陣営も集まっていたのだった。
「はいはい、お二方。お待ちしておりましたよ。ささ、控え室を用意いたしましたのでお二人はそこで時間が来るまでお待ちください」
呆然と立ち尽くす二人に近寄ったのは新聞部の腕章を付けていたアカデミー生であった。イリアとエルクは捲し立てる勢いで話しかけて来た新聞部一同の勢いに押され、それぞれ用意された控え室に入る事になった。
――***――
「……それで、これはどう言うことなんですか?」
訳も分からずに控え室に待機させられたエルクは用意された椅子に座って、自分をこの場に移動させた女性を睨みつける。
「ははは、ごめんね。私はアカデミー新聞部所属のリリス・ヴィーナス。リリスって気楽に呼んでよ。決闘する前に、色々とお話しを聞きたいんだけどいいかな?」
「ダメだ、と言った所で聞いてはくれなさそうですね」
子供のように瞳を輝かせているリリスを見て、エルクは渋々であったが彼女達の要求にこたえたのであった。
「手短にお願い致しますよ」
「うんうん。ありがとね。それじゃあ、エルク・クルセイド君十七歳。五年前にアカデミーに入学するものの、とある理由で自主退学。ここまではあっているかな?」
「そこから始めるんですか? まあ、あっていますが」
「男子生徒が嘆いたのを聞いたのですが、【鏡花水月】のエミリアさんとご婚約なされたとお聞きしましたが、真相はいかに?」
「あれは彼女のシャレにならない冗談だよ。俺は婚約したつもりは一切ないから」
「つまり、エミリアさんが言った事は単なる彼女の願望だと?」
「願望じゃなくって、単なる虫除けじゃないかな? 婚約者がいると知れば、無駄に男連中は近寄ってこないだろ? まあ、意中の相手も遠ざけてしまう恐れがあるのは否めないのだが」
「なるほどなるほど。それでは、ここから本題なのですが、イリア様と戦ってかつ見込みはあるのですか?」
「どうだろうね? そもそも強いの、あの人」
「へ?」
まさかの質問に意気揚々とインタビューを続けていたリリスの動きが止まる。
「あの……。イリア様に勝つ見込みがあるから、今回の戦いを受けたんですよね」
「勝つ見込みと言うか、あの人おそらく実践経験ゼロだろ? そんな奴に負ける道理はないんだが」
「まぁ、暗黒時代は西の勇者様の支援活動で忙しかったみたいだし。戦場に赴いたって話しは聞かないわね」
「だろ? そんな奴に負けるつもりなどサラサラないよ」
「なんか意外ね。聞いた話しでは砂埃なんて悪名を付けられ、いつも苛められていたって聞いていたんだけど」
「否定はしませんよ。あの頃の俺は色んな意味で弱かったですから」
「今はそうでないと?」
「それは、この戦いを持って証明させてもらいましょうかね」
「期待しています。決闘後もまた、インタビューをお願いしますね」
短く礼を述べる。
そろそろ決闘場へ足を運ぼうとすると、スタッフと書かれたマントを付けていたアカデミー生がエルクを呼びに来た。
「エルク選手。お待たせしました。決闘場へ移動してください」
呼びに来たスタッフの指示に従い、エルクは決闘場へ移動する。道中、イリアと戦う人間がどんな人か気になったのか朝方と同様に野次馬が集まり、物珍しそうにエルクを見ていた。
まるで珍獣になった用で居心地が悪かったが、直ぐに決闘場へ辿り着く事が出来たのは幸いであった。
『さぁ、ご覧ください。西の門から登場したのは、かつて砂埃と悪名を付けられた裏切り者。エルク・クルセイドです』
決闘場へ着くと待っていたのは激しいブーイングであった。
『お聞きください。このブーイングの嵐を。それもそのはず、彼は一度去ったにも関わらず、図々しく再びアカデミーの敷地を跨ごうとしております。そんな事が果たして許されるものなのでしょうか』
実況者の言葉よってブーイングの音量が増していく。
完全な孤立無援な状態にエルクは苦笑いせざるを得なかった。嫌われている事は自覚していたが、ここまで非難を浴びる事になるとは思っても見なかったのだ。
『対するは、我々の女神。魔法の天才にして西の勇者様のお仲間。四つの属性を自由自在に操るは、イリア・X・ブレイバーです』
エルクの時と違って盛大に歓声を上げてイリアを迎える。
「待たせたかしら、エルク君」
「いえ……。女性は準備に手間取るものらしいですから、これぐらいは全然待ちますよ」
「あら。嬉しい事を言ってくれるのね。なら、もう少し待ってもらいましょうか」
もう少し待って欲しい。事の真意を図り損ねたエルクは何を意味するのか問いただそうとすると、イリアの服が光り輝いている事に気付き、距離を開けて身構えたのであった。
「何が始まった?」
先ほどから身構えているのだが、攻撃らしい攻撃は一度も来ない。これでは不意打ちに近い攻撃も何の意味も成せないはず。
『これは……。まさか、こんな所でイリア様の変身がお目にかかれるとは!』
エルクの疑問を解消してくれたのは、興奮気味に叫ぶ実況者であった。
「変身だと?」
それを聞いて、思い浮かぶのは師の技であった。仮にイリアが師の技を何らかの形で再現させる事が出来たのならば、これほど拙い展開はあるまい。変身魔法が完遂する前に防がないといけないのだが、エルクの介入を良しとしない観客達が魔法を放ってイリアを護り始めたのだ。
「っ!? やりたい放題かよ」
飛び交う炎や水、風や魔力の塊がエルクに襲い掛かり、変身中のイリアに近づく事は出来ないでいた。
『あははは。これはヒドイ。変身中のイリア様に襲い掛かろうとした砂埃を近寄らせないとまさかの観客が助太刀し始めた。てか、まだ開始の合図もしていないのに早くも絶体絶命だ。決闘が始まる前に無残に負けてしまう恐れもあるぞ』
可笑しげに笑い上げる実況者の声が非常に腹立たしかった。このまま実況席まで近寄って流れ魔法の一つや二つほど押し付けようと考えたが、流石に無数の魔法の塊を避けきる自信はない。
「仕方がないか」
完全回避が無理だと察したエルクは、その場に留まる。
動きを止めた事でチャンスと思ったのだろう。戦いを妨げた野次馬連中は一斉に己の最大魔力を込めて魔力の塊を投げつける。魔弾の雨が降り注ぐのを見守りつつ、エルクは軽く指を弾いて力を行使する。
「……出番だぞ、相棒」
エルクの足場からとある物質が飛び出した直後、魔弾の豪雨はエルクを飲み込んで辺り一面を木っ端微塵に吹き飛ばしたのであった。残ったのは大きく損傷したエルクの倒れ伏す姿であった。
「変身完了……って、あら?」
一方、今の今まで変身魔法を行使していたイリアが変身を遂げて現れる。どこが変身したかと言うと、彼女の身に纏う服装と髪型が少しばかり変化していただけであった。
変身前は仕事着のクロークを身に纏っていたのだが、今では両肩と背中が大きく露出された身軽な服装に変貌を遂げていた。髪型も後頭部の高い位置で一つに纏められている。両手に両刃の剣を握り締めていざ戦闘開始と息巻くのであったが、当のエルクは観客の魔法攻撃をまともに受けて爆砕されていた。
『し、試合終了。これはヒドイ。まさか、イリア様の変身が終わる前に、観客の魔法攻撃によって戦闘不能となってしまいました。こんな結果を誰が予想していたでしょうか』
最初と同じ用に歓声が飛び交う。
これに戸惑ったのはイリアであった。自分は戦闘態勢に移行する為に変身魔法を使ったのであったが、まさか変身が終えると同時に決闘が終了しているなんて予想できようか。
しかも、実況者の言葉を聞く限りでは、観客の生徒達が邪魔立てして決闘を台無しにしてしまった様子。こんな事が許されていいのであろうか。幾ら嫌われ者だからと言って、決闘の矜持を損なう戦い方をした教え子達のやり方に怒りを覚えた時――倒れ伏すエルクの身体が四散したのだ。
『……は? こ、これはどう言う事だ!? 観客達の魔法をまともに受けた砂埃の身体が文字通り、砂塵と化してしまったぞ。なんだ、どう言う事だいったい!!』
状況を見守る全員、特に決闘に乱入した一同は「もしかして、殺してしまったのでは」と嫌な考えが脳裏に過ぎる。人殺しは愚か、実践訓練もまともに受けていない一同は初めてやってしまった人殺しの衝撃に顔面蒼白させる。
「……違う、これは。勇者様たちがよく使っていた技法。まさか、でも!」
唯一、イリアだけが目の前で起こったカラクリを正確に見極めていた。だが、その技法をあのエルクが使えるなど到底納得できるはずがなかった。その一瞬が命取りとも知らずに。
どこからか異音が辺り中に木霊する。始めは小さな音であったが、時間が経つに連れてその音は大きくなり、地震に似た振動が地面から伝わってきた。
「まさか!?」
慌ててその場から大きく跳躍して距離を開ける。その一瞬後、地面から円錐状の何かが出没する。
『なんだ、あれは。円錐型と言う事は槍? しかし、高速回転しているし。えっと……』
実況者が言いあぐねる。それはそうだ。今、目の前にある物体はイリア達の世界では存在しない道具の一つ。螺旋状に高速回転させる事で削り落とす事が可能な切削器具。
――その名はドリル。
異音と振動の正体はドリルによって起されていたのだ。
「……ち。外したか」
動作し続けるドリルの下から口惜しげな声が聞えてくる。
「まさか、勇者様達が愛用していた【変わり身の術】と万物をぶち壊すドーリルを使えるとは思いませんでした」
「【変わり身の術】とは少し違いますけどね。名付けるなら【砂分身】かな」
変わり身の術。
先ほどエルクの身体が砂塵と化したそれの元ネタを指す。本来ならば丸太を使うらしいのだが、本来の変わり身の術の原理が理解出来なかったために、自分なりに思考を重ねて似た様な魔法の【砂分身】を作り上げたのだった。
「それに、こいつはドーリルじゃなくてドリルです。覚えておいてください」
未だに回転し続けるドリルをイリアに突き出す。
「確かに凄い技よね。勇者様達が愛用するのも分からなくないわ。そのドリルも物凄い威力を持っているんでしょう。けどね――当たらなければ意味がないのよ!」
姿勢を低く構えて、二振りの両刃の剣を広げるように構える。その構えには覚えがあった。
西の勇者が愛用している必殺技、比翼連旋の構え酷似している。
「行くわよ、エルク君」
翼を広げたような体勢のまま、エルクへ突進する。
「ドリル・ブレード!」
記憶にある比翼連旋をイリアが使えるならば、今の状態では相手にならない。巨大なドリルに魔力を流して細剣の形状に変化させる。
「くらいなさい。比翼――」
「させるか!」
比翼連旋が繰出される直前に細剣に変化させた己の武器をイリア目掛けて投げ飛ばしたのであった。受け止めるか、払い反らすか。それとも回避行動に移るか。幾つかの選択肢があったのだが、見知らぬ武器を前に臆したのであろう。
エミリアは一旦足を止めて、飛んで来たドリルの細剣に触れない様に大きく跳躍して回避したのだった。その動きを見越して、エルクは跳躍中のイリア目掛けて飛び蹴りを放つ。
「くっ」
「もっと考えて使いやがれ。ド素人が」
続けざまにイリアの腹部に蹴り付ける。
男が女性に、しかもデリケートの腹部を蹴り付ける光景に見物人達から怨嗟の声が飛び交うが、それを無視して攻撃を続ける。
「せいやっ!」
腹部を強打された事でくの字に折れたイリアの顎目掛けて蹴り上げる。容赦ない一撃に小さな悲鳴声を上げたイリアは握りしめていた得物を手ばなし、地面に倒れ伏す。
「いきなり大技を使った所で、相手に届く訳がないだろうが。修行して出直してこい」
一つ一つの動きは洗礼されていたが、いかんせん戦い方を知らな過ぎる。西の勇者の決め技であった比翼連旋は相手の隙をついて叩き込む二の太刀いらずの突撃技。そんな万歳アタックに近い自爆技を何の策略もなく使うのは愚の骨頂。エルクが怒鳴り付けるのも無理はなかった。
――***――
イリアVSエルクの決闘を友人と一緒に見守っていたエミリアは目を点にして唖然としていた。
「……なに、あれ?」
右隣に座っていた友人その一、クラリッサ・エストールが信じられないと言わんげに目を大きく見開いて、決闘場から去ろうとしているエルクを指差す。
「あれが、あのエルク君? うっそ。五年前の彼と似ても似つかないじゃない」
エミリア同様に幼いエルクを知っていた、ブリジット・アトリーは楽しげに笑みを浮かべる。
「強いと聞いていたけど、あそこまで強いなんて聞いていないわよ」
父ソルトから聞いていたとは言え、予想外の強さに困惑するしかなかった。
昔は虫一匹殺す事も間々ならなかったエルクだった。何をされてもやり返す事無く、ただただ泣きを見る毎日であった。そんな幼馴染の事が放っておけなくなり、自分が助けなくていけないと強く心に刻んでいた。
しかし、今となってはその思いが叶う事はないだろう。なにせ、今のエルクはエミリアが逆立ちしても敵わない程の実力を秘めている。あれほどの力を手に入れるのに、どれだけの研鑽を積み重ねて来たのであろうか考えもつかない。
「あれほどの実力を兼ね備えていると、他の子も放っておかないんじゃない、エミエミ」
「そうね。ブリジットの言うとおり、上位ランカーの子は遅かれ早かれ勧誘しにくると思うよ。なにせ、あのイリア先生に圧勝しちゃったんだから」
ブリジットとクラリッサの言葉に、文字通り頭を抱えてしまうエミリア。
予想外の展開だった。今の様な展開を予想していなかったエミリアからしてみれば、自分は多大な過ちを犯してしまった事に今更ながら気づかせられる。周囲を見渡すと未だにどよめく一同。まさか、王家に連なるイリア先生が負けるとは予想もしなかったのだろう。しかもあんな一方的に。
「それにしても、さっきの魔法はなんだったのかな?」
ふと、クラリッサが呟く。
「あっ。それは私も思ったかも。今のって地属性の魔法? あんな魔法、見た事も聞いたこともないんだけど」
同意するようにブリジットも言葉を挟む。
二人が気になるのも仕方がない、とエミリアは思う。なにせ自分もエルクが使った円錐状の回転武器については非常に興味があった。
エルクが使用したド魔法に興味を持ったのは三人だけじゃなかった。見物人の中の大多数が見慣れない魔法に目を奪われ、どう言った原理の類の魔法なのか気になって仕方がないと言わんばかりに話題にしている。
中には「今度、一緒に聞きに行かない?」と黄色い声を上げて接触の機会を計ろうとする者達まで出る始末。エミリアからしてみれば、エルクの評価が上がった事は喜ばしいことなのだが、上がり過ぎて敵が増えるのは好ましくなかった。
「……早々に手を打たないと、色々とまずいかも」
今後の事を考え、自分の計画を改める必要ができた事に思考を巡らす。本来ならば時間を掛けて色々と策を労したかったところであるが、のんびりと事を構えたら誰かに取られる危険性が生まれかねない。
エミリアはエルク獲得大作戦の計画を早める事にしたのだった。




