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外伝勇者の弟子  作者: 柊柳
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003

 エミリアがエルクに勝負を宣言した翌日、エルクの下にアカデミーに通う者は必ず着用が義務付けられた制服が届いたのであった。試しに上着に裾を通してみたのであったが、サイズは恐ろしいほどピッタリであった。記憶が正しければ、ソルト達にサイズを教えていなかったはず。


「あの話し、本気だったんだな」


 上着を脱いで、広げて見せる。

 白を基調とした制服は愛用している服と比べると幾分か動きづらさを感じる。

 若干装飾も派手な印象が強いそれを来て再びアカデミーに通う自分を想像するのだが、違和感を覚えずにいられなかった。


「まさか、通学拒否したアカデミーにまた通うなんて……。なんか、想像しただけで寒気が走ってきた。父さん達には悪いけど逃げてしまおうかな」


 よくよく考えたら、何もこのまま大人しく従う義理はないはず。

 エミリアの事は少々気掛かりであるが、このまま事の成り行きを見守っていたら自分が不利になるのは必至。それならば、何も大人しく待つ必要はないはず。このまま姿を消してやり過ごす事も出来るだろう。

 戦略的撤退を真剣に検討し始めていたエルクは制服を綺麗に折り畳もうとして、内ポケットに封筒が入っている事に気付く。


「……ソルトさん?」


 手紙の主はこの制服をエルクに送ったソルト・ブリューナクであった。


「なになに。『敵前逃亡を図ったならば、エルク君に制服代として百万。娘を傷つけた慰謝料百万。合計二百万Gを請求するものとする』……って、二百万!? エミリア云々はともかく、この制服が百万もするのかよ。たけぇ。高すぎる。機能性と通気性が損なわれているこの制服にそんな価値が本当にあるのかよ」


 アカデミー専用の制服に再び視線をやる。

 派手なこと以外に何の附価値もないこれを着る羽目になってしまった事にため息を出さずにいられなかった。


「……カバンに入れておけばいいか」


 少しばかり悩んだ結果、結局着る事を躊躇ったエルクはカバンに制服を押し入れる。


「お、おはようござい……あっ」


 声を潜めながら登場するのは事の元凶であるエミリア。今日もエルクをなんチャって新妻ごっこを行うつもりだったのか、アカデミー仕様の制服の上にエプロンを着て現れたのであった。


「おはよう、エミー。随分早いね」

「お、おはようございます、エルク。今日は随分と早いね。まだ寝ていても良いんだよ」

「先日のように寝込みを襲われたら溜まったものじゃないからね。これから用心の為にいつもどおりに起きる事にしたんだよ」

「そ、そうなんだ。大変だね」

「あぁ。……それで、エミー。お前さん、何しに俺の部屋に来たのかい?」

「ちょっと既成事実を作りにって、痛い! いたいから。頭がミシミシなっているよ。DVなの。これが噂に聞くDVなの。ドメスティック・ヴァイオレンスなの」

「やかましいわ!」


 綺麗な笑みでとんでもない発言を口にしたエミリアにアイアンクローを敢行していたエルクは、ベッドに彼女を叩きつける。小さな悲鳴を上げつつもエミリアはダメージを逃がす様に上手く受身を取り、直ぐに抗議の申し立てる。


「酷いじゃない、エルク。妻の私になんて仕打ちをするのよ。愛情が足りていないわよ」

「いや、だから。俺達夫婦でも何でもないし。あと、見えているぞ」


 視線を逸らして、指で床の方を示す。エミリアは何を言っているのかはじめはわからなかったのだったが、エルクの指先を辿るように視線を下に動かし――自分の下着が露になっている事に気付いたのであった。

 見えている。それはつまり、自分の下着をエルクに見られてしまったのであった。その事実を知ったエミリアの顔が一気に赤みを帯び始め、体温が上昇していく。本当ならば慌てふためいて自分の下着を見たエルクに対して咎めたい所であるが、それでは何の進展も望めない。

 エミリアは身体全体が熱を帯びて行くのを肌身で感じながら、エルクにとっていらない勇気を振り絞る事にしたのであった。


「み、見たいなら、素直にそう言ってよね」

「――いやいや、待て待て」


 驚くべきほどの初動であった。

 自分を煽る言葉に目を大きく見開いてエミリアを見たかと思うと、自分に見せ様とスカートを捲ろうとする彼女を慌てて止めたのであった。


「おかしいから。可笑しいだろ。今の指摘でどうしたらそんな展開に移るんだよ」

「乙女の肌着を見せたら誰もが欲情する。お母さんとお義母さんがそう言っていたんだもん」

「また、あいつらか! 自分の娘をなんだと思っているんだよ、あいつらは!」


 怒りの声が響き渡る。そのあまりの鬼気迫った怒鳴り声によって周辺の人達は夢の旅路から早々と現実に戻る羽目となってしまう。

 これから最低半年間、怒りの叫びが周辺の人たちにとっての目覚し代わりになる事になろうとは当時のエルクは知る由もなかった。




 ――***――




 アカデミーに向う途中、興味心を秘めた眼差しと嫉妬心を孕ませた視線の数々に否応なく体力が削られていくのを感じずにいられなかった。


「ちゅ、注目されていますね」


 問われ、短く「そうだな」と返したエルクはこの状況を打開する手を持ち合わせていない。

 興味心で引かれた視線は分かる。着用してはいないといえ、アカデミー仕様の制服を肩掛けている見た事がない男が自分と一緒になって登校している。その珍しい光景に興味が湧くのは無理はない。

 しかし、嫉妬心によって研ぎ澄まされた視線が来るのは何故だろうか。

 その数は軽く二桁を超えていた。


「どうしたの、エルク?」

「どうしたのって、気づいていないのか?」

「何が?」


 首を傾げながら尋ねられる。

 その様子を見て、今一身に浴びている殺気は自分だけに浴びせられている事にようやく気付く。

 胸中で「なるほどね」と得心する。

 母リースの言うとおり、幼馴染のエミリアは確かに魅力的な女性に成長していた。

 微笑む姿は妖精の無邪気さを感じさせ、挙動一つ一つは子犬に近い愛らしさを覚えずにいられない。背丈はそれほど成長しなかったようであるが、その代わり女性を象徴する数多くのものが確実に成長していたと言えよう。口に出したら絶対にそれを口実にして求婚されるだろうから、絶対に言う事はないだろうが。

 そんな見目麗しい彼女の横をどこの馬の骨かも分からない男が独占している。それだけで殺意の視線をぶつけるのは充分な理由であるな、と今更ながら自分の状況の気まずさを理解する事になるエルクであった。




 ――***――




 反射的に殺気を跳ね返してしまいそうになるのを必死に抑えながら、歩き続けること十数分。ようやくアカデミーの敷地に跨いだかと思うと、二人を囲むように制服を着た少年達が十名ほど現れたのであった。


「貴様、何ものだ」


 エルクと対峙する形で立っている少年が威圧的な態度で問い質してくる。


「エルク・クルセイドです。縁あってアカデミーに転入する事になりました」


 どうぞ宜しくお願い致します、と頭を垂れる。

 まさか、素直に自己紹介されるとは思っても見なかったのだろう。囲んでいる連中に少しばかり動揺が広がる。少し突付けば簡単に切り抜けられそうであるが、転入して直ぐに目立つ行動は避けたかった。ここは大人しく従って成り行きを見守る事にしたエルクであった。


「あの、宜しかったら退いて下さりませんか? 何か御気に触るような事を致しましたでしょうか。しましたのなら、素直に謝罪を送らせていただきます」


 この話しを聞いて、驚愕したのは隣にいたエミリアであった。幾ら多勢に無勢とは言え、あまりにも低姿勢な態度に違和感を覚えずにいられなかった。

 再会した時、どんな経緯があったかは分からないがあの泣く子も黙るアシュラファミリーを追い払ってくれたエルクと似ても似つかない。まるで、昔の泣き虫エルクに戻ってしまったんではないか、と邪推せざるを得ない低頭平身振りに少しばかり苛立ちを覚えるのであった。


「なるほど。転入生とは珍しい。なら聞かせていただこうか、転入生。何故、我らが女神で在らせられる【鏡花水月】のエミリア様と一緒にいる?」

「……は?」


 自慢げに語る少年達の言葉に今度はエルクが吃驚する番であった。


「え、えと。エミー。そんな名前で皆から呼ばれているの? その、なんていうか。い、いい名前だな」

「絶対にそう思っていないでしょ、絶対に! 私だってそんな名前はお断りって言ったのに、アカデミーがそう名乗るようにって煩いのよ」

「に、似合っているよ、たはは。い、いや本当、マジで。儚い幻のエミリアとか本当に似合っているから。うぷぷ」

「腹を抱えて大笑いしている時点で説得力ないよ」


 大爆笑するエルクを咎めるエミリア。その珍しい光景に一同は言葉を失うのであったが、直ぐ我に返ってエルクに噛み付く。


「おい転入生。お前とエミリア様がどんな関係かは知らないが、あの方の二つ名を笑う事はこの方を慕う俺たちを敵にするのと同義。それを分かった上での狼藉か」

「悪い悪い。アカデミーなんかで二つ名が広まっている事がツボにはまってさ」


 二つ名は当事者の情報を秘匿する為に使われている。実力がつくと色々な者達に襲われる可能性が高くなる。名声を勝ち取る為、或いはその者に復讐する者も出てくるであろう。そんな者達から情報を護る為に二つ名が存在されている。

 その二つ名が教えを請う立場のアカデミー生にまで付けられているのだからお笑い草だ。


「それで、あなた方も持っているんですか? その二つ名」

「ふん。何を隠そう、俺は次の試験で二つ名を貰う予定だ。名前はまだ決めていないが」


 自慢げに胸を張る。

 昔と違って二つ名はある試験をクリアすれば自分で名前を決められるらしい。それはある意味、非常に痛々しい事実であった。


「師匠が聞いたら、発狂しそうな発言だな」


 数多くの手柄を立てた師匠は人々から感謝と尊敬の意を込められて二つ名を送られた。それを聞いた師匠は喜ぶだろうと思ったら、苦笑いを浮かべて必死になって自分の二つ名が広まらないように策を弄していた。あまり、結果は芳しくなかったが。

 いわく、二つ名で広まった所で嬉しくもなんともない。名前が広まるならば本来の名前で広がって欲しいものだ。と口では言っていたが、二つ名を呼ばれるたびに悶絶していたから、単純に恥かしかったんだろう。


「ま、そんな事はどうでも良いんだ。大人しくエミリア様から離れるならば、我々も愚かではない。今回は見逃してやろう。疾く離れるがいい」

「……だってさ」


 エミリアに話しを振る。

 エルクからしてみれば、彼らの要求は難しいものではない。大人しく従うのも吝かではなかったが、隣にいる自称許婚さんに了解を取らないと後が恐い。出来れば穏便にやり過ごしたいので、二つ返事で首を縦に振ってくれるのが望ましいのだが――。


「いやよ」


 エミリアは彼らの要求を足蹴にする。

 しかも、あろう事かエルクの右腕に絡み付いて、


「何で許婚なのに離れないといけないの。あなたたちこそ、少しは空気を読みなさいよね」


 言ってはいけない言葉を宣言したのであった。

 まさか、登校初日から暴露されると思っても見なかったエルクは、死刑宣告を受けた周囲の人間と同様に身体を硬直させる。




 ――やばい。




 数多くの修羅場を潜り抜けてきた戦士の感が「やばすぎる」と警報を出している。エミリアの声は登校中の全生徒に聞えていたらしく、ほとんどの者が歩むのを中断して自分達を注視している。物凄く目立っている事に今更ながら自覚したエルクはどうにかしてこの場から立ち去ろうと試みるのだが、エミリアが未だ腕にしがみ付いているが為に逃亡を図ることも難しい。


「おい、エミーさんや。お前さんは人が往来する場所でなんて事を言うんだよ」

「人が往来する場所だから、意味があるんでしょ」


 往来する場所だから意味がある。その言葉を聞いて、今の爆弾発言は意図的に行われた事に気付く。


「まさか、お前。わざとか? わざとなんだな!」

「お、お義母さんが、人の目が多い場所で言えば、悪い虫が着く事は少なくなるから有効だって」

「またなのか。懲りずにまた変な事を教えられたのかお前は」


 繰出される身内の策略に少しずつであるが外堀が埋められているのを感じてしまう。

 参謀の母リースとミーシャがいないから、アカデミーでは目立った行動はしてこないだろう、と踏んでいたのであったが、その考えが甘かった事に今更ながら気付かされる。

 本当ならば直ぐに絡め取られた腕をエミリアから引き離せばよかったのだが、女性特有の膨らみの柔らかさに気を取られてしまい、冷静な判断力が削がれてしまったのだ。

 この瞬間、アカデミーの男性のほぼ全てを敵に回す事になったエルクであった。

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