悪役令嬢、おばあさんの声を聞く
「うちの子は生来の気質かいい意味でココになじまなくってねぇ、だから生まれたことも何もかも隠して、10の時こっそり精霊の泉に行かせたのさ。戸籍がないのがばれたら入れてもらえないから、泉の森を強行突破したんだよ。お陰であの子は右腕が動かなくなっちまった。あの子の利き手は今肩からぶら下がっているだけだよ。五感も弱くなっちまったしねえ。」
おばあさんの過去話は、子育て話だった。
初対面の時の大声から打って変わって、しみじみとした声音で、淡々と話そうとして失敗したようになっている。
「敗者の町を出るための簡単な方法は精霊契約だ。
敗者の町の人間は精霊契約できてるものはほとんどいない。素行が悪すぎて精霊が契約破棄しちまうからね。
精霊が本当に懐いていたりするほどいいやつなんだったらね、精霊は精霊王様の元に行って、助けを求めてくれる。精霊契約を通することでいいやつが救われる。そんな風に世界はできている。
けど、精霊契約が出来ているからこそその仕組みは成立する。だから年に一度精霊の泉で契約を行う。ふらふらしている精霊は、そもそも精霊契約の事を知らなかったりする者たちと契約を結ぶためのやつさ。
だけどねえ、悪ぶって精霊契約を拒否るやつもいるんだよ。契約は双方の合意がなければ成立しない。人間が拒否し続ければ契約なんてかなうものか。
そういう奴らはそのうち、意地を通すために精霊に暴力的になっていくのさ。精霊王様も精霊を自分勝手に傷つけるやつを許さない。そいつは永遠に契約が出来なくなり、周りの人間からも外れものにされていく…そんな奴らが集まったのが敗者の町の原型で、そんな”敗者”たちは自分の子供たちも巻き込んじまったのさ。
あたいは精霊契約できていたんだけれどねえ、ココのやつらとつるんじまって、精霊に何の道理もないことをしちまった。でもその場では怯えて契約破棄しちまった精霊はあたいを信じようと努力してくれたみたいでね。けどその努力が実ったころには長い時間が経っちまってて、あたいは既にココの住人さ。間違っちまったのはこっちなのに、泣いて謝って来てなぁ。だから謝るくらいならって優しいあの子をここから出してやってくれって頼んだ。契約してもらおうと思ったんだが…
あいつだだをこねやがって。」
「あなた以外と契約したくないといったのね。」
急に口を挟んだのは春奈さんだ。
おばあさんの昔話の結末が分かったようで、続きを話す。
「そして、あなたの契約精霊も、さほど強い子じゃなかったんでしょう。精霊の森は精霊は通すけど人間は通さない。人を無理やり精霊の森を通すためには、結界を壊すか、誤作動させるか。誤作動させれば多分無事に通れたけれど、そのためには強い力と精密な技術が必要。できるのは上位精霊の上ぐらいから。
…できないなら無理やり党すしかない。結界に包んでの強行、肉体に負荷をかけてでも結界に突撃しないといけない。後遺症は絶対に出てきてしまう。それで右腕不全ね。」
「ああ、そうさ。」
泉の森のシステムをわたしは知らない。
そもそもあそこは聖域だ。人間も侵入者がいないか監視している。
精霊の協力なしでは、精霊の泉を囲む森にすらたどり着けない。そして聖域を守る結界は、年に一度一部分のみ開き、10歳の子供のみがそこをくぐることができる。
「そうやってあの子はギリギリ契約を交わして帰ってきた。そして…」
そこでおばあさんは口をつぐんだ。
何かをこらえるように手をぐっと握り、ちょっとしたらゆるゆるとほどき無気力に手をだらりと垂らす。
握りしめたことでくしゃくしゃになった手紙が地面に落ちる。
「―息子の名前はビト、孫はサウだ。カトラウェン領にはいられないから、その隣のテスティア領に身を寄せていると聞いた。
事情が事情だからね、居場所は隠している。けど領主には言わざるを得なかったみたいだからね、行ってみな。アンタ、名前は?」
「春奈です。」
「じゃあナルハでいいか。」
「安易!!」
雑に偽名を決め、おばあさんは立ち上がる。
手を放してしまったせいで落ちた手紙を拾い上げ、竈に放り込む。
手紙は赤々とした火に包まれ燃え始めた。
おばあさんはそれが完全に燃え尽きるまで凝視して、完全に灰になったあたりで
「さあ、さっさと帰りなおまえさんら。もう用はないだろう。」
「え?」
「ちょっと!?」
「まっ、え…」
「!?」
ドスドスとお相撲さんのように手を広げて向かってきたおばあさんに押し出され、最後は思いっきり押されてバランスを崩す。
振り返ったら、風呂敷に使われていた厚手の布らしきものを入り口に取り付けたようで、もう中が見えなかった。
「嵐どころじゃないわ…」
「起伏激しいおばあさんだな…」
布一枚の隔たりしかないのに、思わずといった様子で小百合さんと愛莉さんは呟き、ぐったりとした顔をした。
「‥‥‥」
私は布の向こうを見たまま動けなかった。
『そして…』
私は貴族社会での経験から、人の機微に鋭いと自負している。これの続きは、罪悪感と喪失感の正体は、
『一緒に行こうといった彼や精霊の手を振り払ってあたいはココに残ったんだ』
そんな懺悔の声が聞こえた気がした。
なお彼女の精霊は、『怖いんだったら近寄らない方がいいよ!』という善意により追い出されました。




