第34話 良い薬です……
下に行くそうルーナさんに言われて向かってるのは、今ではグランセルの冒険者ギルドではすっかり有名になり、奈落の谷と名前もつけられた僕が冒険者になった初日に落っこちたあの谷だ。
今回の魔力操作の修行の〆に選ばれた戦闘訓練の相手は、以前僕が数分ほどでやられたトロールだ。
今のサトスさん達の魔力操作は、オーガと戦った時の僕よりだいぶぎこちない……トロールはちょっと厳しくないかな?
そんな僕の心配を他所にサトスさん、ダナンさん、カレンさんはかなりのやる気を見せている。
「トロールか、燃えるな」
「うむ、強くなった俺達の力を試すにはもってこいだな」
「私一人でも楽勝だと思うけど?」
やる気があると言うか……調子に乗りすぎているよね? 魔力操作を覚えた事で今までより体のキレも力も上がって、もう10階層ぐらいまでのモンスターは一人でも楽に倒せる様になって、力を過信してるみたいだ。
「……ねぇ、アステル……大丈夫かなぁ? 死んじゃったりしない?」
そんな中でメインさんだけは不安そうにしていた。
「大丈夫ですよ、僕達だけで32階層を探索する訳じゃないですし、ルーナさんやエリーさん、それにリオンさん達が見守ってくれてる中でやるんですから、でも油断はしないで下さいね。あの三人みたいに余裕ぶってたら危ないですから」
「うん」
「サトスさん、ダナンさん、カレンさん、気を引き締めて下さい。ダンジョンで油断してると痛い目に遭いますよ」
注意はしたけど、三人ともあまり耳に入っていない様だ……
そんな話をしている内に、奈落の谷に到着した。
「それでどうやって、ここを下りるんですか?」
サトスさんがルーナさんに尋ねる。
この谷は32階層まで続いている、正確な計測はされていないけど、深さは1000mを越える。
途中17階層と25階層にもこの谷に繋がっている所があり、不定期に上昇気流が発生している。僕が落ちた時はたまたま風に助けられて、奇跡的に助かったけど、落ちたらほぼ間違いなく死ぬ。
まあ、あの時は途中で気を失ったから助かった本当の理由は解らないんだけど、たぶんそうだろうと思ってるだけ……
僕とルーナさんは収納魔法から1枚の円盤型の石板を取り出してそれに乗った。
このところ、家に帰ってからエリーさんの指導の下、ルーナさんと二人で訓練していた魔力操作の高等技術、簡易的な浮遊魔法だ。
魔力操作で手頃な大きさの石を少しずつ削って乗りやすい形に加工、それに魔力を流して浮かせる。本当なら土魔法で作り出した石に乗るのだけど、僕はまだ土や石を作る事が出来ない。そんな訳で、この形になったのだ。
「おおっ! すげぇ浮いてるよ」
「私もやりたい」
「俺も」
サトスさん、カレンさん、ダナンさんが目を輝かせて声を上げる。
「お主らにはまだ無理なのじゃ。リオン、クリュス、お主らもじゃぞ?」
真似しようと手頃な石を探していたリオンさん達の動きが止まる。
実を言うとリオンさん達も、サトスさん達が訓練しているのを見て訓練に混ざり、魔力操作を覚えているのだ。
リオンさんとクリュスさんに関しては、元々無意識下で魔力操作をやっていたみたいで、意識して操作出来るまでに3日程、クレアさんとリイナさんは、サトスさん達の半分くらいの期間で今のサトスさん達より高い練度まで到達している。
本当にこのチームは天才の集まりだよな……羨ましい……
「お主らに如何に才能があろうと、こればかりは日々の地道な基礎訓練で、繊細な魔力操作を身に付けねば出来ぬ。落ちて死にたければやってみるのじゃな」
「止めとくよ。エリーがそう言うならそうなんだろう、ぶっつけ本番で死にたくはないからな」
リオンさんとクリュスさんはあっさりと引き下がり、サトスさん達はまだ石を探していた。
この判断力の差が高ランクに成れるかどうかの分かれ道なんだろうな……無謀な人は早死にする……
「諦めぬか、さっさと下りるのじゃ」
エリーさんはそう言うと、土魔法で人数分の石の手を作り出し、皆の腕を掴む。
僕とルーナさんは自力で谷を下り、エリーさんは背中に翼を出し、皆を連れて谷に飛び降りた。
「家で練習してたとは言ってもこの高さは結構怖いですね。ルーナさん大丈夫ですか?」
「…ん、問題ない、楽しい…よ」
底が見えない薄暗い谷を下りながら楽しいと言えるルーナさん。流石としか言いようがないな……
暫く下って、僕とルーナさんが始めて会った湖に到着。どの階層でもそうなんだけど、澄んだ湖の畔にはモンスターが近付いて来ない。
冒険者の休憩所によく使われるのだ。僕達は少しの休憩を取る。
「じゃあ、連れてくる…ね」
休憩が終わり、ルーナさんがそう言ってモンスターの居る方に走って行った。
「それでは、作戦通りサトスさん、ダナンさん、カレンさん、ティガが前衛で、僕とメインさんが後衛、油断はしないで下さいね」
今回はユキとチュン助は戦力外、危ないので戦闘には参加させないことにした。
「「「「おう!」」」」「ガウッ」
僕達は湖から少し離れた場所に移動し、エリーさん達が他のモンスターに邪魔されない様に僕達から少し離れた場所で待機。
「グガアァァーーー!!」
そこへ、ルーナさんが武器なしトロールを引き連れて戻ってきた。
顔に小さな打撃痕がある……殴って連れてきたのか……
「じゃあ、頑張っ…て」
「はい!」
僕達の目の前までトロールが来たのを確認したルーナさんは素早くトロールの視界から消え去り、僕達はトロールを囲むようにして陣取った。
ルーナさんを見失ったトロールが辺りをキョロキョロ見回す。
「うらぁ! 此方だぜ!」
サトスさんがトロールの足を攻撃して挑発する。
「ガアァァーーー!!」
サトスさんに目を向けたトロールが叫びながら拳を振り上げた。
僕はスリングショットでトロールの顔めがけ弾を飛ばし命中させるが、トロールの皮膚は固く魔力を込めた弾でも小さな痕を付ける程度にしか効いてない。
やっぱり威力が物足らない……目とか鍛えられない部位に撃ち込まないとダメだな……
スリングショットの弾を気にする様子も無く、トロールは拳を打ち下ろした。
サトスさんは素早く転がり拳を躱して、打ち下ろされた腕にカレンさんが大剣を振る。
トロールは打ち下ろした腕をそのまま横に振りカレンさんの大剣を弾く。
大剣が打ち上げられカレンさんの腋が開き大きな隙が生まれた。
ティガ! カレンさんを頼む!
「ショックボルト!」
メインさんの雷魔法で、一瞬トロールの動きが止まり、その隙にティガがカレンさんを咥えてその場を離れ。
直後、カレンさんの居た場所にトロールが拳を振り抜いた。
危なかった……直撃は流石に不味い、魔力操作でガードしても間違いなく戦闘不能になる。
「ありがとう、ティガ、メイン」
「うん、気を付けて」
カレンさんが気を引き締め直して、トロールに目を向ける。
僕、サトスさん、ダナンさんは、カレンさんに追い討ちが掛からない様に、トロールを攻撃して気を引いている。
ティガも素早く戦闘に戻り、トロールに攻撃を仕掛ける。
ここまでの戦闘で解った事、トロールはあの巨体のわりに素早く、僕達の中でトロールより早いのはティガだけ、攻撃力は予想通り、一発でもまともに食らえば、即戦闘不能になるレベルで、固い皮膚はカレンさんの大剣もメインさんのクロスボウも通さない。魔法もショックボルトが一瞬動きを止める程度にしか効かない。
ティガ! おもいっきり爪に魔力集めて攻撃してみてくれ!
「ガウッ!」
僕はティガに指示を出し、ティガは右前足の爪に魔力を集めてトロールの背後から切り付ける。
大きな傷にはならなかったけど、この戦闘で始めて、トロールに傷を付けることが出来た。
よくやったティガ、戦闘終わったら特上の骨付き肉食べさせてやる。
「ガウッ」
ティガの魔力撃で傷が付けられるなら僕の攻撃も効くはず。僕はスリングショットをしまい、ヴァーリを抜く。
「僕が前衛やります。メインさん、ショックボルトで援護して下さい」
「解った」
「サトスさん、ダナンさん、カレンさんは少し距離を取って水の操作でトロールの視界を塞いで下さい」
ティガ! 僕の反対からトロールを攻撃してくれ
「ガウッ」
「ショックボルト!」
メインさんの雷魔法でトロールに隙を作り、僕は前に出ながら水魔法で樽一杯分の水を作り出し、拳大まで圧縮、トロールの口に放り込む。
ウォーターボムを発動させトロールの内部から攻撃。その隙にサトスさん達三人がトロールから距離を取り、収納魔法から水袋を取り出す。
トロールは水を吹き出しながら膝をつき、サトスさん達がトロールの顔に取り出した水をまとわり着かせ、そこへ、僕とティガが前後から全力の魔力撃を打ち込む。
トロールの胸と背中を斬りつけほんの少しのダメージを与えた。
「グガアァァーーー!!」
トロールは直ぐに立ち上がり咆哮を放った。
不味いな、ウォーターボムも思ったほど効いてないみたいだ……傷は付けられても大したダメージにならないし……
ここから数十分、サトスさん達の水操作、メインさんの雷魔法、僕の土操作で隙を作りながら攻撃して、少しずつダメージを与える。
でも、トロールの動きは衰えない……それどころか、サトスさん達の持っていた水もメインさんの魔力も底をつき、ティガもバテて動きが鈍くなってきている。
どうしよう……打つ手が無くなった……
サトスさん達は剣を抜いて構えたけど、顔には最初の頃の自信は無く、不安そうな表情になっている。
「でやあーー!」
そんな中でカレンさんは不安を飲み込みトロールの足元に踏み込んで一気に大剣を振り下ろした。
「ダメです! 無闇に突っ込んじゃ!」
トロールはカレンさんの大剣を片手で掴み取り反対の腕をカレンに向けて打ち下ろす。
僕はカレンさんに飛び付き背中に魔力を集中させた。
あれ?衝撃が来ない……
「…ん、ここまでだ…ね」
体を起こして振り向くとルーナさんが大斧を肩に乗せ、立っていた。
その向こうには斜めに斬り落とされたトロールが仰向けに倒れている。
……僕達があれだけ苦労して少しの傷を付けるのが精一杯だったトロールを一刀両断……格が違いすぎるな……
「皆、頑張った…ね」
「トロール相手にこれだけ戦えりゃ上等だな」
「アス君とティガ以外はダメじゃないの?」
「メインちゃんは及第点っしょ」
「前衛三人は力不足だよね。やる前は一人前な事言ってたけど」
「まあ、こんなものじゃろうな。最近少し調子に乗っておったからのう、良い薬になったじゃろ?」
やっぱり、そういう目的か……疲れたぁ!
「悔しいー! 絶対勝てると思ってたのにぃ!」
「カレン、悔しがる前にちゃんと反省しろ、何だあの最後の攻撃は? あれじゃ殺してくれって言ってる様なもんだぞ。ルーナが止めなかったら守ってくれたアステルを殺してたかも知れないんだぞ?」
「ごめんなさい……」
「俺に謝るんじゃなくて、アステルに謝れ」
「はい。ごめんなさいアステル、守ってくれてありがとう」
「いいえ、パーティー戦なんだからフォローし合うのは当然ですよ。怪我が無くて良かったです」
「アステル、頑張った…ね」
「はい、ありがとうございます」
嫌と言うほど自分達の実力を理解した僕達、ちょっと調子に乗っていたサトスさん、ダナンさん、カレンさんも反省し、僕達は湖まで移動した。
「さて、アステルは我が運んでやるのじゃ」
「え? いや、エリーさん?」
他の皆は来た時と同じ様に土魔法で腕を捕まれ、僕はエリーさんの胸元に強引に抱き寄せられ第1階層に向かう。
「あ、あの、エリーさん? 胸が顔に……」
「頑張った褒美なのじゃ」
「アステルのエッ…チ」
「いやっ、ルーナさん? 僕が望んでこうしてる訳じゃないですからね?」
「ちくしょー! 羨ましいぞアステル!」
叫ぶサトスさん、何故か静かに涙を流すダナンさん、いたずらっ子の様に笑みを浮かべるクリュスさん、クレアさん、リイナさん、蔑む様な目で僕を見るカレンさん、何故か羨ましそうにしているメインさんに見守られながら上へと戻った。
女性慣れしているリオンさんに、こういう時の冷静な対応をご教授願いたい……




