第二十四話 聖女がいなくても
「父上! この女を妃にしたら王太子に……」
元王太子が状況も弁えずに言い募る。剣を突きつけたまま国王陛下は、怒った。
「バカもん! お前が選べるのはどこで大人しくしているかだけだ。それすら出来なければ、投獄や処刑もありうるのがわからんのか。そもそも陛下と呼べ」
「……処刑! 俺が何をしたというのですか」
「話しても無駄か。牢に入っておれ」
絵に描いたような本物のバカだなと感心して眺めていたら目があった。
「貴様は俺様が好きなんだろう?」
何を言っているのかわからないし、気持ち悪くて、年増扱いなど些細なことに思えた。頭が痛い。
「私はガーランド伯爵、アルベルトの妻ですよ。王家とは関係ないです」
膝をついた元王太子を、騎士が立たせて連れて行く。王太子って順番で決めたらだめだよなぁと一周回って冷静な頭に浮かんだ。
「重ね重ねすまない」
剣を鞘に戻した国王陛下は頭を下げた。王族って頭を下げていいの?
「私からも、謝ります。聖女殿にはご迷惑をおかけしました」
王太子まで頭を下げだすので慌てた。
「私は! わかってもらえたらそれでいいので!」
「陛下方、殿下のご婚約は今まで通りで継続してくれませんか? そのほうが丸く収まる」
お父様が、諭すように言うと、それぞれに「わかった」と応えてくれた。
「聖女の証明が必要かどうかは、また考えましょうぞ。聖女がいなくても回る政治が望ましいからな」
お父様の言葉に陛下は深く頷き、今日のところは帰ることになった。
召喚した聖女というのは特別なんだなと思わざるを得なかった。さり気なく隣りに来たアルが手を繋いでくれた。
ガーランドのタウンハウスに着くと、くたびれてしまって、侍女に頼んで早々に着替えた。ラフな格好になったアルもやって来ると、お互いに緊張が解けたのが顔を見てわかる。
「さっきまでのドレスも綺麗だったけれど、楽な格好はホッとするね」
そう言ってアルは甘く微笑んだ。その顔に釣られて嬉しくなって微笑む。
けれど、私の中で重大なことに気がついた。部屋の用意が一つなんだけど、どうしたら? いや昨日も同室だったけれど、寝たときも起きたときもアルはいなかったのだ。今更になって焦っているのがバレないように願った。
私は何度もアルの妻だと言った。言ったけども、私達はまだキス止まりなのよ。
「ミコ……今、何を考えている?」
「特には何も」
「ふぅーん?」
アルは近づくと肩に手を置き、顔を近づけた。そんなに覗きこまなくても、などと思っていたら不意に唇を重ねられた。あわてて目をつぶる。
「俺の妻だと啖呵を切ってくれて、嬉しかった」
そんなことを言いながら、またキスを続ける。私、何も言えないじゃない。
「愛してるよ、ミコ」
甘い言葉にくらくらしそう。というか、ふらつく気がする。崩れ落ちそうになったところをアルが抱きとめて、それから膝裏に手を添えて抱きかかえられた。
そのまま寝室へ向かうの? 今から?
心臓が早鐘を打つ。この音が伝わりませんように。
アルはベッドに降ろすと、「夕食まで少し眠るといいよ。疲れたよね」と言って部屋を出ようとした。
驚いてつい、すがるように見てしまう。アルはなぜだか破顔した。
「父上と少し話してくるよ」
もう一度、キスをするとアルは部屋を出て行った。話って聖女のことなのかな。私ってどうしたいのかな。自分の不安定さに頭を抱えた。なのに疲れていたのか、横になるとすぐに意識がなくなるのだった。
声をかけられて、目を覚ますと外はすでに暗かった。そうだ、あのまま眠って。
「朝まで寝ていてもいいかとも思ったんだけど、一応。部屋で食べるようにしてもらったんだ」
「あ、起きます」
「うん」
起き上がって、服を整える。髪もぐちゃぐちゃだ。手を髪にやると、アルが髪飾りをベッドサイドから持ってきてくれた。
「俺しかいないから、気にしなくていいよ」
そうなんだと思いながら手ぐしで髪を整えた。鏡を見なくても簡単には留められる。
「器用だね、綺麗になった」
元の世界では当たり前でも使用人のいる世界では違うのかもしれない。それを知ってか知らずか、アルは使用人を呼ぶのを最低限にしてくれているみたい。
食事は食べやすい軽食になっていた。サンドイッチと、つまみやすく切った肉やチーズ。ワインもあった。
「今日は乾杯しようかなと」
「いいわね、美味しそう」
注がれたワインに口をつけた。美味しい……。チーズをフォークでいただく。
「お父様との話はどうなったの」
「ミコが聖女ということをなるべく知らせない方向にしようって」
今回、城に呼ばれた表向きの理由を思い出す。
「元王太子の罪の大義名分がなくなるわ」
「世間には、もう後ろ盾がないとか不適格すぎるとかで押し通せるよ。ただ昼間の不敬を裁けなくなったけどね」
「死んでほしいわけじゃないからいいわ」
「うん。だから、聖女召喚を知っている人や、すでに聖女の話を知ってる人は口止めすることになった。公然の秘密だね。今度、王太子妃になる人は公爵家の三女だけど、人望があるんだ。皆も彼女のために口をつぐむさ」
さも決定事項のようにアルが言う。
「それを国王陛下に進言するの?」
「うん、明日ね。父上と陛下と公爵とで話し合えそうだ」
物語だと、王太子妃とか王妃って時間をかけて勉強もするのよね。今の王太子の婚約がなくならなくて良かったと思うのだった。




