第二話 辺境の地ガーランドへ
「偽聖女め、貴様を王都から追放する。即刻立ち去れ!」
金髪碧眼の王太子が、さも重大事項のようにのたまった。色合いは王子っぽいけど、性格の悪さがにじみ出た、いけ好かないオヤジだ。私と同じアラサーくらいだと思うけど。
「承知いたしました。荷物をまとめ次第出ていきます」
私は未練もなく快諾する。慌てたのはグリードだけだったけど、今更なので荷物をまとめにかび臭い部屋に戻った。
偽聖女って言いがかり、王家の権力争いに完全に巻き込まれている。国王陛下を狙ったのが王太子だろうと、もう知ったことではない。
陛下の回復はまだ秘密だし、王太子は聖女がいたら都合が悪いのか、召喚を信じていないのかもしれない。
王太子は今になって、見目麗しい侯爵令嬢が本物の聖女だったと言っているらしい。
本当にそうなら元から召喚なんてするなよ! と思うが、八つ当たりの相手もいないから腹が立って仕方ない。王城にいたいとも思わないけどね。
城を出るときは、道案内としてグリードが騎士様を紹介してくれた。アルベルトと名乗ったその人は、プラチナブロンドに緑の瞳、タレ目気味で鼻筋の通った甘いマスクだった。かっこいい……
「聖女様、ミコト様とお呼びしても?」
「様はやめて欲しいけど名前でいいよ。アルベルトさん」
追放は、どこまで行けばいいかわからないけれど、徒歩でなくてよかったと馬車に乗り込むときに思った。徒歩なら何日かかるかわからない上に、道もわからない。出ていくことに異議はないものの、途方に暮れていた。
初めての馬車のステップに、アルベルトさんがフォローしてくれる。想像より段差がある。そんな小さなことに戸惑いながら出発するのだった。
ここは異世界。でもこれからは一人で生きていく。そう決意をした。まだ泣けない。
「ミコト様、王太子が申し訳なかったです」
走り出した馬車の中で、アルベルトさんが頭を下げた。
「アルベルトさん、顔を上げてください。貴方が悪いわけではありません。すぐに先のことが考えられませんが、あんな王太子の所にいたいとも思いませんし」
「……もし、ミコト様が良ければガーランドに行きませんか? 辺境の田舎ですが、意外と賑わっていて良いところです」
王都から遠く離れるのはいいことだと思う。私の興味を感じ取ったアルベルトさんが話を続けた。
「魔獣や魔物がいたり、ダンジョンもありますが、冒険者もいる街なのです」
冒険者かぁ。こうギルドとかに登録して、仕事をするのよね。魔法は色々使えそうだし、冒険者として生きるのはいいわね。
すっかり、妄想の世界に飛び立った私は、その後のアルベルトさんの話を聞き逃してしまった。
「私が今日ミコト様についていけるのは王都の境界までなのですが、私も遅れてガーランドに行きますので。待っていてくださいませんか?」
「ガーランドに?」
「私の故郷なのです」
「アルベルトさんの故郷ならいいところなんでしょうね」
私は返事をはぐらかしながら答えた。聞きそびれた部分を聞き直すこともなく、程なく王都の検問所についてしまった。
「ミコト様、馬車を降りる前にこちらを。当座の生活に使ってください。金銀銅の硬貨がありますが、食事は銀貨二枚ほどで出来ると思います」
「いいんですか?」
「盗られないように、しっかり身につけてガーランドに向かってください。無事着けますように」
重みのある袋を受け取って、感謝すると同時に『ここから一人なんだ』と実感した。
「ありがとうございます。このご恩は忘れません」
「仕舞ってください。ここからの馬車も手配します。王太子や城の者にもう会うこともないでしょうが、この事は内緒にしてください」
もう会うことがないのか、王都に戻らないもんね。アルベルトさんともう会わないのは残念だわと、その場の言葉を受け止めた。だから、その時の私は深く考えなかった。聞き逃した言葉とアルベルトさんの真意を。
王都で乗っていた馬車より小さい馬車に乗り込み、アルベルトさんとは別れた。親切な人だったな。馬車の中でステータスウィンドウを開くと、改めてその横にあるメニューを開く。空間収納——ストレージ機能があるのだ。
「チート……だよねぇ。何かのゲームの世界かどうかはサッパリわからないけれど」
返事のない中、独りごちた。
自分の財布にいくつか硬貨を入れ、袋をストレージに仕舞う。
日本に帰れないことを思うと苦しい。二度と会えないのか……。家族や友達、中途半端な仕事を思って、馬車の中でひとり静かに泣いた。
御者のおじさんも親切な人で、まともそうな宿にも案内してくれた。王太子は最低だけど、この世界が温かくて良かった。
その翌日、数時間進むと立ち往生している人に遭遇した。
「馬車の故障ですか?」
道の端にある馬車は車輪が壊れているように見えた。
「どこまで行かれるのですか?」
乗っていたのは、若いお母さんと園児くらいの娘さんだった。
「ガーランドまで行くところだったんです。父が倒れたらしくて、夫より先に向かっていたところなんです」
「ガーランド! 私もそこへ行く予定なんです」
振り向いて御者さんに確認を取ると頷いてくれたので、一緒にガーランドまで行くことにした。
少し進んだところで出会った馬車に、故障した馬車が立ち往生していると伝えて、私達はガーランドに向かう。王都で乗った馬車より小さいものの、車内は女性三人なら狭く感じることはなく、寂しさが紛れて思いがけず快適な旅路になった。
「おねえちゃんは、ガーランドのどこまで行くの?」
「まだ決めてないけど冒険者になりたいの」
「ギルドは実家から割と近くだから、馬車を降りたら案内できると思うわ」
「それは助かります!」
お母さんのマチルダさんが、教えてくれる。おふたりはガーランドで宿屋を営む銀星亭の人だった。マチルダさんは王都から時々来ていた商人の旦那さんと恋に落ちたそうだ。
「住むところが決まってないなら、ぜひうちに来てください。長期滞在の人も歓迎です」
冒険者も割と住んでいる宿らしくて、幸先がいい。
「ぜひ、よろしくお願いします!」
そうしてさらに二日後、ガーランドに着いた。馬車の代金はアルベルトさんに貰っているからと御者さんには言われ、とても驚いたもののお礼を言う。「目的地と違うから」と心配されたけれど、「ここまででいいです」と言ってガーランドの検問所を通った付近で馬車から降りた。
「わぁ、賑わってる!」
辺境の田舎と聞いていたガーランドは、牧歌的な農村ではなく、地方都市だった。




