第十八話 甘酸っぱい朝
まずは一通りの野営の準備をしてB級ダンジョンに行くことにした。
5階層を過ぎ、奥に行くに従って人も減っていき、その分魔物が多く出てくるようになった。
アルの活躍の方が多いけれど、私も風魔法や水魔法で魔物を切っていく。周りに人が多い今はまだ、派手な聖魔法が使えることを見せたくない。
そうして進み、10階層で泊まることにした。
「今日はまだサンドイッチがあるね」
私はストレージから取り出した。それから、スミレ色のポーションも。
「レモネードみたいな味だったんだな。うまいな」
「ありがとう。よりジュースらしくしようと思って」
食後はパーコレータでコーヒーを淹れる。火魔法のコントロールは自信がないので、魔力で動かすコンロのような魔導具を使った。「飯盒炊爨を思い出すなぁ」と思ったけれど通じないと思って言うのはやめた。
「寝る前にコーヒー飲んじゃって平気なタイプ? いまさらだけと」
「大丈夫だよ。見張りをしているから寝ておいでよ」
「認識阻害と防御の魔法がかかってるから大丈夫なんじゃないの?」
確か店ではそんな話だった。むしろ火を炊いて場所を目立たせることもないかと。
「……同じテントで寝てほんとにいいのか?」
「改めて言わないでよぅ……」
「……いや、すまない」
アルは頬を染めながら、かすかに笑った。それに気づいて身体がカッと熱を感じる。意識したらだめだ。自分に言い聞かせた。
コンロなどをしまって、私達はテントに入った。思ったより広い。ローブを脱いで、寝袋に入る。ミノムシのようになってちょっと面白い。ファスナーで閉めるのは日本のと同じだった。
すると、アルが側に来て膝を折って近づき、ともすれば覆いかぶさりそうになった。
「アル?」
「おやすみのキスがしたい」
今言う? 私、動けないんですが!?
「き、聞かなくていいよ」
じっとアルに見つめられる。そっと私は目を閉じた。近づいてくる気配がする。閉じた目からも光が遮られたのがわかる。
アルはどうするの? 待つのって、余計にどきどきしてしまう。「もう無理!」と思った時に、ちょうど額に柔らかい感触がした。
そっと目を開けると、照れたようなアルと目があった。
「今はね。少しずつ意識して貰おうと」
もぅうう。叫びたくなった。そんな青春みたいな速度、逆にアラサーにはもだえるほど恥ずかしい。旦那さんが誠実で可愛くて困る。
「灯りは消すか?」
「もし良ければ、うっすら明るい方が好きなんだけど」
「心得た」
灯りを絞ると、アルも少し離れた隣の寝袋に入った。
真っ暗の中で衣擦れの音がするだけなんて、眠れない気がした。実際のところは思ったより疲れていて、寝てしまったのだけど。
翌朝、先に目を覚ました私はアルの寝顔を眺めていた。銀色の睫毛が長くて、鼻筋も通っていて、くちびるは……
そして私はふと、昨日のことを思い出してやり返してやろうと思ったのだ。寝袋からそっと抜け出し、そのアルのくちびるにキスをした。
すぐに目を覚ましたアルは手を寝袋から出せず、あわてて芋虫のようになっていた。
「み、ミコ! いまっ」
いたずらが成功してしまった。私は笑いをこらえながら挨拶をした。
「おはよう、旦那さま?」
緑の宝石がこぼれるかというほど、目を見開いたアルは、いつの間にか寝袋から抜け出して、ゆっくりと抱きしめてきた。
「おはよう、愛しの奥さん」
特別甘く聞こえて、自分でも真っ赤になったのがわかるほど身体に熱が広がる。その表情を見逃さないように覗き込むと、「もう遠慮はやめる」とアルは言った。
それからは、息苦しさで背中を叩くまで、何度もキスをされたのだった。私は、もうアルしか見えてない。でもまだ好きだとは言っていない……
「早く準備をして、攻略に向かいましょ」
「……そうだな」
我に返ったように、寝袋を片付けテントの外に出た。
「ストレージに入れてきたパンならまだあるけど、おかずはどうしよう」
「おかず?」
「なんていうかハムとか肉みたいな?」
「ああ! オークから何かドロップしてなかった?」
んん? よく見ずに仕舞ってたもんなと、ストレージをよく見るとオークのハムが入っていた。
「こんなのがあった」
私が差し出すと、これだとばかりにアルは受け取った。ナイフを出して切り出し、少し火で炙る。
「あとは、お湯で溶かすだけのスープがあるだろ?」
「うん、リゼットさんのところで買ったやつね」
思ったよりちゃんとした朝食を食べることができた。野営一日目は魔物がやってくることもなく、のどかに過ごすことができたのだった。
それじゃあ今日もバンバン魔物を狩りますか!




