第7話〜仮面を穿(うが)つ氷の眼差し
仕組まれた平穏が、鋭利な氷の刃によって切り裂かれる――。
公爵暗殺の機をうかがい、無能な使用人「アルト」を完璧に演じていたハンス。しかし、彼の底に眠る「鋼」の気配を、鋭すぎる観察眼を持つ令嬢エレナは見逃さなかった。
「建国記念夜会まで、あと三日」
手痛い警告とともに突きつけられた最後通牒。偽りの仮面に決定的な亀裂が入る中、追い詰められた暗殺者は、冷酷なる次の一手を思考し始める。巧妙な心理戦が幕を開ける、緊迫の第7話。
「……何、とは?」
ハンスは一瞬にして「アルト」の顔に戻り、わざとらしく体を震わせた。持っていた空のトレイを胸元で強く抱きしめ、怯えた視線を床に落とす。
「い、田舎の母への仕送りを……その、商人の旦那が預かってくれると、言ってくださったので……」
「嘘ね」
エレナの短い一言が、廊下の冷たい空気を切り裂いた。彼女は一歩、また一歩とハンスに近づく。絹のドレスが擦れる微かな音さえ、今のハンスには鋭い刃物の風切音のように聞こえた。
「お前がただの無能な使用人なら、さっき一瞬だけ見せた、あの『隙のない立ち姿』は何? 商人に巻物を渡す時の、あの淀みのない手つきは?」
(しまりがない。どこかでボロを出したか……!)
ハンスの背中に冷や汗が流れる。ディートリヒ公爵の目は欺けても、この少女の異常なまでの観察眼は見誤っていた。彼女はハンスが演じる「泥」の奥底にある、研ぎ澄まされた「鋼」の気配を感じ取っているのだ。
「お、お嬢様、何を仰っているのか、僕にはさっぱり……」
「とぼけなさい。でも、私は私の目を信じるわ」
エレナはハンスの目の前で足を止めると、扇子で彼の顎をくいと持ち上げた。拒絶を許さない氷の瞳が、ハンスの偽りの瞳を真っ向から覗き込む。
「建国記念夜会まで、あと三日。あなたが何を企んでいるにせよ、私の家を泥泥にする泥棒猫なら、私がこの手で排除するわ」
それだけ言い残すと、エレナは冷然と背を向け、足早に去っていった。
一人残された廊下で、ハンスはゆっくりと顎をさする。その怯えた表情は、すでに消え失せていた。
「……手強いな、おひい様」
口元に浮かんだのは、冷酷な暗殺者ハンスの歪んだ微笑みだった。
計画を早める必要がある。夜会が始まる前に、この鋭すぎる令嬢の目を何とかしなければ、公爵の喉笛にたどり着く前に自分が吊るされることになる。
偽りの仮面に、決定的な亀裂が入ろうとしていた。
第7話をお読みいただきありがとうございました!
ついにエレナに正体を見破られかけたハンス。令嬢の恐るべき観察眼と、暗殺者の冷酷な笑みの対比を楽しんでいただけていれば幸いです。
建国記念夜会まであと三日。狂い始めた計画の中で、ハンスがどう動くのか――次回の展開もどうぞお楽しみに!




