第2話〜記憶の奔流
本作は、裏切りによってすべてを失った男が、他者の肉体を得て冷徹な復讐者へと変貌していくダーク・サスペンスです。
信頼していた組織の首領に命を奪われた主人公・ハンス。しかし、彼は奇跡的に「アルト」という男の身体を手に入れ、再び現世へと舞い戻ります。かつての自分を殺した仇の懐へと潜り込むハンスですが、彼の前に立ちはだかるのは、アルトのすべてを知る婚約者・エレナの鋭い視線でした
激しい雨は、まるで世界から「ハンス」という男の存在を洗い流そうとするかのように降り続いていた。
表向きは行方不明、実質的な死亡と処理された己の追悼式。アルトの肉体を手に入れたハンスは、黒い傘を差し、参列者の列に紛れて祭壇を見つめていた。遺影の中の自分は、何も知らずに実直な笑みを浮かべている。
(哀れなものだな、ハンス。お前は信じた身内に背中から刺されたのだ)
冷徹な思考が頭をよぎったその時、背後から耳障りな足音が近づいてきた。
「災難だったな、アルト。まさかハンスがあんな不慮の事故で逝くとは。お前の心中を察するよ」
白々しい声の主は、ディートリヒ。ハンスをあの暴風雨の海へと突き落とした、裏切りの首謀者その人だった。
ハンスの全身の血が逆流するような激しい怒りが突き上げる。今すぐその首をへし折りたい衝動を、超人的な理性で抑え込んだ。ハンスはゆっくりと振り返り、アルトとしての完璧な悲しみの表情を顔に張り付ける。
「……お気遣い、ありがとうございます、ディートリヒ閣下。まだ心の整理はつきませんが、彼の分まで組織に尽くす所存です」
「そうか。お前のような優秀な男が残ってくれて心強いよ」
ディートリヒは満足げにアルトの肩を叩き、去っていった。まずは奴の懐に潜り込む第一歩だ。ハンスが静かに息を吐き出した、その瞬間だった。
「……今の、あなたらしくないわね」
背後から、鈴の鳴るような、しかし冷ややかに張り詰めた声がした。
振り返ると、そこにはアルトの婚約者、エレナが立っていた。彼女の瞳は、悲しみではなく、明確な疑惑の色でアルトを射抜いている。
「あなた、昔からディートリヒ閣下の前では緊張して、右手の拳を握りしめる癖があったはずよ。それに今の歩き方……まるで右足の古傷を庇うような……」
エレナが一歩、歩み寄る。ハンスの脳裏に、かつて自分が戦場で負った右足の傷の記憶がよみがえる。肉体はアルトのものだが、染みついた「ハンスとしての歩行の癖」が、無意識に出てしまっていたのだ。
エレナは周囲に聞こえないほどの小声で、しかし確実に、彼の核心を突きつけた。
「……あなた、本当にアルトなの?」
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第2話は、主人公ハンスが「アルト」として生きるための最初の試練であり、婚約者エレナとの緊迫した心理戦を描きました。ハンスの身体的な癖と記憶のズレが、今後の物語にどう影響していくのか。そしてラストのディートリヒからの着信が意味するものとは――。
復讐劇はまだ始まったばかりです。楽しんでいただけましたら、ぜひ評価や感想で応援していただけると励みになります!次回もお楽しみに。




