第7話 悪魔
街の大通りまで来た。雰囲気としては、前世で何回か行った、王都に似てる。
少女の表情も、さっきより明るくなった気がする。
あ、というかまだ名前聞いてなかったな。
「そういえば、名前は? 俺はアルタ」
「あ、まだ言ってなかったね。私、ミーヴ」
少女、ミーヴはそう言って微笑んだ。
俺はまだ訊きたいことがあるので、質問を続ける。
「あのさ、さっき使ってたあの『魂術』っていうの、あれ何なんだ?」
俺がそう訊くと、ミーヴは不思議そうな顔をした。
「......? えっと、私『波動現象』とあともう1つだけ使えるけど、他のはまだ使えなくて......」
あんまりよく伝わらなかったようだ。
魂術が何なのかが訊きたかったんだけど。
まだ魂術が何なのか分からないまま、1つの露店に着いた。
ここが目的の店のようだ。
「おじさん、これ下さい。あとこれも」
「......っあぁ! あぁ悪い、何だって?」
店主の男は2秒ほど間を置き、電流でも走ったかのように跳ねた。
「ですから、これと、こっちの、ください」
「わかったよ。すまないね、最近なんだか不調で」
ミーヴと、男のやり取りを聞きつつ、俺は街並みを見てみた。
たくさんの通行人がいるが、その全員に羽は生えていない。
普段は羽は出さずに生活しているってことなのか。
おかげでミーヴは見せろと要求でもされない限り、羽が無いことがバレない。
人々の服装は前世と変わらない。
この様子だともしかしたら、常識もそんなに変わらないかもしれない。
それだったらありがたい。
「―――ねぇ、おじさん。おじさん?」
「あ、ア、うご......」
何かおかしい感じがした。
咄嗟にミーヴたちの方を向く。すると、心配そうに男を見るミーヴと、何だか苦しそうな男が目に映った。
うつろな目で、焦点が定まっていない。
「あ、あの、大丈夫ですか? 誰か呼びましょうか?」
「ぐァ......ごゴ」
そのときであった。
男の体が左右に裂けた。
肉と血の音が辺りを這うようだった。
「ヒッ!」
「おわっ!」
中からは黒く、禍々しい腕が出てくる。
続いて足、胴、頭が出てきて、それが姿を現す。
俺はミーヴの手を取って後ろに飛び退く。
何事かと思って、周りの天使が集まってきた。
「んァァ......1年ぶリの空気だ。イい気分ダ」
それが言葉を発した。その言葉には圧倒的な威圧感があった。
「悪魔だ!」
「今喋ったわ!」
「知性個体だ!」
「逃げろ!」
通行人たちが、我先にと逃げ出す。
他の人を押し退ける者。
子供を抱き抱えて逃げる者。
彼らは10秒とたたないうちに、ほとんど見えなくなってしまった。
「ハぁッ、ハッ、あぁあ」
ミーヴは腰を抜かして、その場にへたり込んでいる。
浅い呼吸が連続する。過呼吸だ。
「よっ!」
「へぁ!?」
俺はミーヴを担いで、悪魔と呼ばれたモノの反対側へ走る。
俺1人ならまだわからない。
だが今はミーヴがいる。早く逃げないと―――
ドォォォン!
背後から爆発音が聞こえた。
次の瞬間、凄まじい爆風が襲い、その場にいた全員が建物の壁に叩きつけられる。
「ごはっ!」
俺の体は壁にぶつかり、痛みが全身をめぐる。
悪魔が、カタカタと足音を立てて近づいてくる。
「......ぐっ、ふっ!」
何とか立ち上がり、体に何とか力を込める。
ミーヴは視界の端に、地面に倒れて動かない。気絶しているようだ。
他の人は、何人か意識はあるようでも、動けずにその場に倒れている。
「ンだ? 動けんのはオまえだけかァ?」
悪魔が口を開く。
口の中で白色の宝石が輝いている。
やるしかない。
俺は1歩踏み出し、構える。
悪魔は構わずカタカタと歩いてくる。足音の1つ1つが、頭の中に響く。
1歩、また1歩。
「何してるんだ......怠惰級だぞ......動けるなら逃げろ......!」
倒れているうちの1人が、捻り出したような低い声で俺に向けて叫ぶ。
悪魔がその声の方を振り向く。
声の主の方へ近づいていく。
腕が振り上げられる。
その腕がに振り下ろされ―――
「ふッ!」
「ダっは!」
何とか間に合った。
俺は悪魔を蹴り飛ばした。
だが感触は硬い。
「チっ......気ぃ抜きスギたかぁ? おマえ、オもしれェことすんジゃねぇ......かァ!」
悪魔が動いた。
速い! 父さんよりも格段に!
「ぐふッ!?」
悪魔の拳が、腹に食い込む。
さっきの爆風とは比べ物にならない激痛が体を襲う。
吹っ飛ばされて、悪魔この距離が遠くなる。
そして一瞬。
悪魔はその距離さえも詰めてきた。
「ごブっ!」
そうえずいたのは、俺ではない。
俺は悪魔の追撃を流して、自分の拳を叩き込む。
がら空きになった腹にもう一発、渾身の一撃を決める。
悪魔は後ろに2、3歩よろけて、飛び退く。
「......やるジゃねぇカ。おマえ、他とはちっとチゲぇなぁ? ―――いイだろウ」
そう言い終わってから、悪魔の体が変形し始めた。
頭が裏返り、口の中があらわになる。
白色の宝石が黒く染まっていく。
1秒、2秒、3秒。黒い体が深みを増していく間、俺は何も動けなかった。
「......っだはぁ! いいネェ、チカラを解放すルってのは!」
その瞬間、とてつもない殺気が周囲を襲う。
「あ、あの色......まさか、そんな......」
まだ意識を保っていた1人が、そう言った後に気絶する。
俺は痛感する。
勝てない。さっきのとは全く別物だ。
身を包む圧倒的な殺気。
俺は膝から崩れ落ちた。
「ヒャヒャヒャヒャ! どうしタ? もう立てナいのかァ!?」
悪魔が大声で叫ぶ。
遠くにあった悪魔の足が、目の前に飛んできた。
ヤべ、死ぬ。
「―――すまなかったな、少年。よく1人で耐えた。あとは任せろ」
「え?」
視界は、白く輝く羽に染まっていた。
その羽の持ち主は、金髪の髪をなびかせ、銀色の剣を持つ女天使だと分かった。
その天使の服装は見たことがある。
それはタディスと同じものだった。
「あァ? 誰だ? オまえ」
悪魔の足が、斬られていた。いつの間に飛び退いていた悪魔は、斬られた右足を再生させながら言う。
「私は時空神様の神官天使だ。その黒の色石、憤怒級だな。今からお前を殺す、覚悟しろ」
「何が神官だぁ? ここにいる全員、オれの糧にしテクれ―――」
一瞬だった。何も見えなかった。
剣を持ち、構え、走りだし、斬る。
その間の工程を全部すっ飛ばしたように、女天使がバラバラの悪魔の先に立っていた。
「ぐ......ギぎ......そん......バカ......な」
悪魔はそれだけ言って溶けだした。シュワ~と音を立てて、ひび割れた道に白い煙を立たせる。
剣を鞘にしまって、女天使が歩いてくる。
俺の前で、膝をつく。
「じっとしてろ。魂術『鎮痛現象』」
その瞬間、体がお湯に包まれるような暖かさに撫でられる。
全身から痛みが引いて、出血も止まり、体が楽になる。
「すまない、私にできるのはそれだけだ。じゃあな、少年」
そう言って女天使は飛び去る。
助かった。本当に危なかった。
あの人が来なかったら、多分死んでいた。
さっき時空神の神官天使、とか言ってたし、神殿に行ったときに会えたらお礼を言いたい。
「んぅ......?」
ミーヴが起きた。俺はすぐに駆け寄る。
その間に、他の人も次々に起きた。
「ミーヴ、大丈夫か?」
「あ、アルタ。うん、大丈―――うわっ!」
ミーヴが後ずさった。
それもそうか、今の俺はズタボロ。
傷だらけで、むしろこっちが大丈夫か訊かれるのが自然だ。
「何その傷......そっちこそ大丈夫なの?」
「あぁ、うん。俺が戦っていて殺されそうになった時に、神官......様?が来てくれて、悪魔を倒してくれた」
「そっか、神官様が......でもアルタも守ってくれてたんだね。ありがとう、2回も助けてくれて。その傷、治すよ」
「治せるのか?」
「うん、もう1つ使えるって言ったでしょ?」
そう言ってミーヴは手を向ける。
目を瞑って、集中しているみたいだ。
「―――魂術『治癒現象』」
ミーヴ言い終わると、傷が緑色に光った。
その光はだんだんおさまって、光が完全に消えたときには、傷も消えていた。
回復魔法みたいだ。
「これで大丈夫だよ」
「ありがとうな」
ひび割れてボロボロになった大通りに、白い煙が昇っていた。




