第6話 羽無しの少女
俺は今、森の中に続く一本道を歩いている。
横を見れば木の壁があり、隙間から何か出てきそうな気さえする。
あの神殿を出てから、結構時間がたった。後ろを見ても、あの円形の......門? はもう見えなくなっていた。
かといって前を見ても街は見えない。気を付けていないと、いつの間にか逆向きに歩いてしまいそうだ。
そよ風に吹かれた木々の葉が、音を立てて揺れている。
父さんと稽古した森も、こんな感じだったな。ご丁寧な道は無かったけど。
俺は森の中を進み、道を外れ、出て行っても大丈夫そうな場所を見つけた。
何故道を外れたかと言えば、出口の向こう側に大勢の町人がいたからだ。
考えてみれば、この道は、天世界のトップである天世五魂神が住まう神殿に続く道。 そんなところから俺みたいなのがトコトコ歩いてきたら、絶対に怪しまれる。
見つけた場所というのは、子供が遊び場にしていそうな空き地。
さて、これからどうしようか。天使の世界だし、前世の常識が通じない可能性もある。
生命神と話していた感じ、全く違う訳でもなくなさそうだけど、どこまで通じるか。
そんなことを考えていた時だった。
「おい羽無しィ! これ欲しいか?」
「ちょっと、返してよ!」
「や~だね!」
「アッハハ! こいつジャンプで取ろうとしてるぜ? 届く分けねぇだろ!」
空き地の隅の方で、数人の少年と1人の少女の声が聞こえた。
声がした方に行くと、その様子が見えた。
俺より年下であろう少年が3人で、俺と同じくらいの少女に集っていた。
見たところ、少女の方が年は上のようだ。
青い髪を肩まで伸ばし、緑のメッシュが入った娘。
そして少年のうちの1人には羽が生えている。
バスケットを持ちながら宙に浮かび、それを少女がジャンプして取り返そうとする。
が、少女はジャンプするのを止めた。
見れば、少し息が上がっている。
「あ? どうしたんだよ羽無し!」
「おぐっ!」
周りで笑っていた少年は、少女の腹を蹴った。
続けざまにもうひと蹴り。
少女の方が年上でも、2人相手なら不利だ。
少女は呻き声をあげている。
「うっ、やめてっ!」
「うるせー!」
俺がそれを止めようと思ったとき、少女は宙を舞う少年に手を向けてこう言った。
「っ......魂術『波動現象』」
次の瞬間、手を向けられた少年が、見えない何かが命中したようによろけ、姿勢を崩す。
「どあっ!?」
少年は地面に落ちた。
指に掛けていたカゴも手放される。
「魂術なんて使いやがって! 羽無しのクセに生意気だ!」
少年が走り出す。
俺も走り出した。
蹴り込もうとする少年の軸足を払う。
少年は尻餅をつき、ドスンと倒れた。
「だッ!? ......痛ってぇな、何だよオマエ!」
少年はバッと立ち上がり、叫ぶ。
「他人をイジメちゃ駄目だろ? 早く帰りな」
「はぁ? オマエに関係ねーだろ、気ん持ち悪ィ」
少年の顔からは、屈辱以外に何も伺えない。
「あームカつく。分かった、羽無しはヘばったし、次はオマエだ! いくぞ!」
その声に合わせて少年たちが俺に向かって突っ込んできた。
まぁ、だからと言ってなんてことはない。
軽く避けて、疲れるまで付き合ってやればいい。
「当たんねぇ!」
「卑怯だぞ!」
「避けんな!」
避け続けていると、3方向からの攻撃がピタリと止んだ。
「......クソが、もういい!」
「つまんね」
「帰ろーぜ」
今日は見逃してやる、とだけ言い残して、少年たちは空き地を去った。
直後、羽無しと呼ばれた少女が起きあがった。
俺は彼女に駆け寄る。
「大丈夫か? さっき蹴られてたよな」
「う、うん、ありがとう。......でも、きっと聞いてたんでしょ? 私......」
少女はうつむいて口を開く。
その声色はどこか悲しそうで、震えている。
「いつまで経っても羽が生えなくて......もう14なのに......うっ......ぐすっ」
少女は泣き出してしまった。羽が無いことはそんなに辛いのだろうか。
いや、辛いからこんなに泣いているんだ。
俺は天使じゃないから、羽が無いことに何も思わなかったけど、彼女の場合は違う。
彼女は生粋の天使。
聞いた感じだと、もう羽が生える歳は超えたのに、全く生えないといったところだろう。
それで羽が生えている奴らからは白い目で見られて、そこにつけ込んだガキにいじめられていた。
俺は少女の前にしゃがむ。
少女は目を合わせようとしない。
頬の涙は流れ、顎に移り、地面に垂れ落ちた。
「俺だって羽なんか生えちゃいない」
「......え?」
少女の表情は意外そうなものになった。
「初対面の俺がこんなこと言っても、なんにも響かないだろうけど......あぁほら、これ。今からおつかいか何かだったんだろ?」
俺はいじめっこ達が放り出したバスケットを拾って、差し出した。
中には銀貨らしきものが5枚入っていたし、多分おつかいだと思う。
「......ぐすっ、うん」
少女は立ち上がり、俺の手からバスケットを取った。
服の袖で涙をぬぐい、まっすぐこっちを見た。
「あなたはいじめられないの?」
「まぁ、ね」
それを聴くと少女はまた涙目になった。
自分と同じように、羽のない俺を見つけて嬉しいのだろう。
「ありがとう......」
「おつかい、俺も着いてくよ。アイツらが戻ってきてもマズいし」
「いいの? でもあなたも何か用事があるでしょ?」
少女が心配そうに言う。
まぁ、これから生命神から貰った資金で宿でも借りようと思っているが、それは後からでいい。
「いや、特に用事もないし、いいよ」
どのみち、情報を集めないといけないし。質問できる相手がいた方がいい。
俺たちは一緒に空き地を出て、街へ出向く。




