第5話 別れ
神殿に来てから3日たった。
さっき仕事から帰ってきた生命神から、ちょくちょく質問しつつ、また話を聞いた。
ここまでで印象深かったものというと、
Q俺は絶対に転生できないのか。
A分からない。完全に天使の魂じゃないから、頑張ればできるかもしれない。
Q父さんと母さんは見つかったか。
A見つかっていない。もう魂が消滅している可能性もある。
Q生命神、と呼んでいるが、名前は何というのか。
A無い。天世五魂神になった天使は、元の名前を失い、天使だった頃の記憶を忘れる。
といったところか。
転生できる可能性を聴いたとき、俺は胸に喜びが湧いた。しかしその喜びは、すぐに沈み、代わりにあせりと恐怖が湧いた。
父さんと母さんは見つかったか。というの質問に、生命神は見つかっていないと答えた。
しかも、もう魂が消滅している可能性もあるとか言われた。
そもそも、俺が溜場に行ってすぐに連れていかれたのは、偶然近くに天使がいただけで、彷徨うだけ彷徨ってそのまま消滅することも少なくないらしい。
消滅には時間がかかるが、それでもあせる気持ちは止まらない。
そして、生命神について。
ずっと生命神と呼んでいて、本名が気になっていたが、なんと名前は無いそうだ。
五魂神になった天使は名前を失い、家族の事も忘れるとのこと。
嫌じゃないのかと訊いたら、「なりたくてなったし、文句はないね」と言われた。
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「―――え? 出ていきたい?」
「はい、どうしてもやりたいことがあるんです」
さて、今は生命神と夕食を食べに来ているところだ。俺の言葉に、生命神は驚いた様子で言った。
「なんで? やっぱりタディスのこと?
だったら―――」
「いや、そういう訳じゃ―――それも少しありますけど、これは自分でやらないといけないことなので、それで気持ちに区切りをつけるために。ただ―――」
「ただ?」
「それが終わったら、俺を転生させてほしいんです」
「......ふーん」
―――まずい。怒らせてしまっただろうか。
タディスに聴かれたら人間の分際で、とかで怒られそうだからここで話したが、やっぱり神に願うなんておこがましいのか。
「―――分かった、いいよ。でもいきなりだと無理だから、定期的にここに来てよ。話はつけとくからさ」
思い違いだったらしい。
生命神はいつもと何ら変わらない声色で言い放った。
「分かりました。では明日にでも出ていきたいと思います」
「うん。あ、お金必要だよね? いっぱい用意しようか?」
「いや、1人がしばらく生きていけるくらいの額で結構です」
「そっか。分かった、じゃあ明日ね」
「はい、色々とありがとうございました」
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話を終え、夕食も食べ終えた俺は、部屋に戻り、部屋を掃除していた。
「カーテンはこれでいい......か」
掃除といっても、そんな大層なものではなく、見回して気になるところを少し直す程度だ。
そもそも、そんなに汚れまくる程ハチャメチャなことはしていない。
「はー......ふう」
俺は明日、ここを出ていく。
生命神は少し寂しそうだった。命の神として、天使の魂と似ている俺の魂は興味をひくらしい。
それでも、俺にはやること事がある。
家族殺しの天使を殺す、俺の手で。
父さんと母さんの魂は、まだ見つかっていない。
もう魂が消滅している可能性もある―――いや、考えるのはよそう、きっと見つかる。
そう、見つかるんだ。
普通に、全うに生きていたのに、それで殺されて人生終了。そんなの許せない。
父さんも母さんも、どこか別の世界で違う命として生まれても、その方がまだいい。
俺もどこか違う世界に、いつかは転生する。
考えていると、まぶたが重くなってきた。月明かりの通った部屋の天井が黒く染まっていく。
今頃、生命神から話を聴いたタディスが喜んでいることだろう。
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「―――アルタ様、生命神様からこれを」
「はい、ありがとうございます」
目が覚めて、身支度を整えた俺は今、1人のメイドから、資金を貰っているところだ。
生命神本人は、仕事で今は閻魔神のところに行っている。
「他には何か?」
メイドが問い掛けてきた。
でもそれは善意というより、
「もうこれでいいよね?」って感じだった。
「......じゃあ、『今までありがとうございました』と生命神様に伝えてください」
「かしこまりました。では、出口までご案内いたします」
メイドはクルっと後ろを向き、落ち着いた足どりで歩いていく。俺も後ろを着いていく。
ちなみにこのメイドは実見た目の4倍くらいの年齢があるらしい。
朝、生命神から聞いたことだが、天使はたまに
「長命種」という寿命が長い者が生まれるそうだ。
普通は人間と変わらない100年くらいの寿命だが、千とか万とか、何なら億とか生きるものもいるとか。
広間を抜け、階段を降りる。
正面玄関を出て、石造りの道を歩いて行く。
すれ違ったメイドが何人かいたが、みんな俺を見たら少し眉をひそめた。
歩いた先には5本の柱で囲まれた円形の石があり、その上に、黒で不思議な模様が描いてある。
「こちらです。どうぞお乗りください」
メイドが言った。俺は言われた通りに3段ほどの階段を上り、メイドの方を向き直った。
「―――あなたに五魂の加護があらんことを」
そう言ってメイドは、その羽を体の前側に回し、一礼した。これは天使の正しい挨拶で、この2日で何度も見た。
その挨拶も、言われたからやるだけで、自分の意思じゃないように見える。
[五魂の加護]というのも、なんかあんまり感情が籠っている感じがしなかった。
天使の羽については、もう怖いと感じない。
3日間見続けていたし、天世界で生きるなら、羽を見るたびにいちいち怯える訳にもいかない。
そこで黒い模様が光だした。視界が1秒ほど白く染まり、少しずつ晴れてきた。
視界に映っていたのは、木々が生えそむる森と、そのなかを続く一本道だった。