たどり着いた世界で
今日は終業式。
校長わりには短めの挨拶といつものくだらないギャグを体育館で聞いてから教室に戻り、魔王から夏休みの注意事項を聞いたら今日の学校は終わりだ。
「明日からの夏休みだけど、あんまり羽目外し過ぎないように
「「「はーい」」」
「外し過ぎて異世界転生とかしないように」
「「「はーい」」」
「転生した世界でチートを使用しないように」
「「「はーい」」」
「じゃ、解散!!」
魔王の話が終わるとすぐに僕は優輝と合流した。
「おす、相棒」
「ん、優輝か」
寝癖全開の親友、優輝は大きく伸びをすると退屈だったと全身で訴えるようにしながら言った。
「んー!! やっと終わったな」
「やっと? 優輝はいつもより早く終わったことに喜んでるもんだと思ってたけど」
「今日は待ちに待った鈴奈とデートだぜ! 長く感じないわけがない」
「そういえばそうだったな」
それは長く感じるわけだ。
そういう僕も今日は少し長く感じてたりする。これから恵美と二人で出かけることになっている。楽しい場所に行くわけじゃないから、ワクワクドキドキする要素はないんだけど。
「テルく〜ん」
教室の外から鈴の音のように澄んだ、明るい声が鳴る。
もちろん、鈴の持ち主は鈴奈だ。
「っと、噂をすればなんとやらだね。行ってあげなよ、優輝」
「おう。それじゃ相棒、また明日な」
「また明日」
そう言うと優輝は廊下で待つ鈴奈の元へ駆けて行った。
「それじゃ、私たちも行く?」
「そうするか」
後ろから話しかけてきたのは肩まで伸びたセミロングをした幼馴染にして、僕の思い人の恵美だ。
ずっと後ろにいたのには気がついていたがどうして今まで会話に参加してこなかったんだろう。
「……やっぱり驚かないのね。残念」
「ん?」
「なんでもないわ」
なぜだか悔しがる恵美は次こそは、と密かに拳を握る。
「そういえば、目的は聞いたけど、それがどこにあるか聞いてなかったわね」
「山」
「え?」
「大丈夫。山といっても麓の方だから」
「え?」
一瞬表情の固まった恵美の引いて、僕は駅に向かった。
それから、僕らは電車に乗って西へ二駅の場所につくと、北に伸びる坂道を歩き始めた。
「……暑いな」
ミンミンと騒がしく蝉は鳴いて、コンクリートの上にはユラユラと陽炎が揺らぐ。眩しい日差しは影を生んで、あおい空は大きな雲を浮かばせる。
「ちょっと真面目な話ししていい?」
「いいわよ」
きっと、こんな風景を、《あの世界》の僕は知らずに一生を終えたのだろう。
そう思うと、少し悲しい。
「僕が病で死んだ《世界》があったらしい」
「……っ!」
恵美は息を飲むと、小さな声でやっぱり、と呟いた。
もしかすると、と予測はしていたようだ。
「僕がいた《元の世界》では優輝が事故で死んでしまったみたいだ……鈴奈が少し前に教えてくれた」
「……うん」
「そして、この《世界》には僕と優輝、二人が揃ってる」
僕はあおい空を見上げながら言った。
「鈴奈が僕と優輝を似ていると言ったわけがわかった気がしたよ。まさか、二人して同じ願いを叶えて新しい《世界》を創ってもらっていたなんて……これじゃ不幸のバトンリレーだよ」
「……そんな悲しいこと言わないでよ」
恵美は少し悲しい声で言った。
「ごめん、少し言いすぎた……これは鈴奈の受け売りなんだけどさ。ようやく不幸の連鎖を乗り越えたんだ。だったら、このハッピーエンドな《世界》を楽しまなきゃ損だよな」
「……そうね、まだエンディングには早すぎるけど」
恵美は軽く微笑むと歩みを早め、僕の前に出た。
「ハッピーにならないと、だね」
「…………あぁ」
打ち水、風鈴、アサガオ。
何度か休憩を挟みながら、夏の風景の横を通り過ぎ、僕らは目的地に着いた。
「ここ?」
「そう。ここからの景色はけっこうきれいなもんでしょ」
見えるのは空と街の境界線。
たどり着いたのは、別の《世界》でとある少年が眠る、小さな墓地。
「……ごめんな、恵美。こんなとこまでつき合わせちゃって」
「いいよ……私も来たかったから」
「ここに《元の世界》の優輝がいるわけじゃないけど、ここに来るのしかないかなって思ってさ」
近くにあったベンチに二人で腰掛けると、しばらく沈黙が続いた。
僕も恵美も、それぞれ《元の世界》の優輝に言いたいことがあったから、胸の内でもうどこにもいない彼と、話しをしていた。
ごめんな。
鈴奈から《最初の世界》で僕が病で死んだと聞いた時、本当に申し訳ないと思った。
お前にこんな重荷を背負わせてしまったことを、後悔してる。
ありがとう。
お前が願ってくれなかったら、僕はここに存在することはできなかった。
僕の親友でいてくれて、ありがとう。
そして、また逢おう。
いろんな《世界》で、まためぐり逢おう。
その時まで、さようなら。
僕の親友。
「……話はすんだ?」
恵美がそっと優しく問いかけてきた。
「あぁ……そろそろ帰ろうか」
「うん」
帰り道、僕は空を見上げながらふと思った。
「もう、僕はここに来ることはないんだろうな」
「どうして?」
「前に進まないといけないから。もう一度、《別の世界》で優輝に逢うためには」
僕の言葉に、恵美は何か思い出したのかあっ、と声を漏らした。
「そういえば鈴奈ちゃん言ってたね。私たちは生まれ変わりだって」
「うん。だから、僕がここで止まってたらもう逢えないからさ」
「そうだね」
……前に進む、か。
それなら最初の一歩は、きっと今歩まないとな。
「恵美」
「ん?」
「前に電話で言ってたこと覚えてる? 僕が地球で、鈴奈が月で、優輝が太陽だって話」
「うん」
「ずっと考えてたんだ。それじゃあ恵美はなんなのかなって」
「……覚えててくれたんだね」
少し、嬉しそうに恵美は微笑んだ。
「うん、それでさ……僕なりの答えを見つけたから、聞いてほしいな〜って」
「いいよ、教えて大地。私はいったい、どこにいるなんなの?」
嬉しそうに笑う恵美の表情は、とても可愛くて、美しい。
それはまるで、
「花……だと思う。雨にも風にも負けずに、太陽の光を浴びて、月に照らされて、咲き続ける。綺麗な花」
「うん……うん。そっか、私は花だったんだ」
恵美はニコッとイタズラな笑みを浮かべながら言った。
「知ってる? 花は大地と一緒じゃないと生きれないんだよ?」
「ん? そりゃそうだけど……って、え?」
……あれ? それってそういう意味?
「もちろん、太陽も月も一緒にね」
「へぁ!? そ、そうだね。うん、そりゃそうだ」
「ふふ、面白い」
いじわるな笑いをする恵美に僕は言った。
「……僕で遊んでるだろ」
「バレちゃった?」
僕は気持ちを落ち着けるために小さなため息を漏らした。
「僕の気持ちを知ってて言うなんて、ひどいんじゃないか?」
僕の言葉に、恵美は空を見上げながら何かを待ち望むように言った。
「だって、私はまだ《この世界》の大地からは何も聞いてない」
「……え、あぁ〜。確かにその通りだけど……」
そういえば告白したのは《元の世界》に戻った僕であって、《この世界》の僕は告白してないな。
「で、どうなの?」
恵美は通せんぼするように僕の前に立つと、少し頬を赤くして言った。
これは返事待ち、って感じだな。
いや、確かに僕自身が言ったわけじゃないけど記憶は継承してる分、感覚は二回目の告白なんだよな……二度言うのもなんだか恥ずかしい。
「…………ま、また今度で……」
「そ、残念」
恵美はそう言うと、突然僕の手を引いて歩き始めた。
「ちょっ!」
「ほら、まだまだ時間あるんだから、次は私の行きたい場所に行くわよ」
「……りょーかい」
恵美に手を強引に引かれながら、僕は思った。
こんな幸せな毎日が、続くようにと。
そのために、僕は必死になって生きていきたいと。
◆
僕が死んで、優輝は新しい《世界》を望み、優輝が死んで、僕が新しい《世界》を望み、そしてようやく、
僕らはこの世界にたどり着いた。
そう、この物語は悲劇のバトンリレー。喜劇にたどり着くための、悲劇のバトンリレー。
絶望を目の前にしても諦めることのできなかった二人の愚か者は、希望をつなぎ、そしてようやくたどり着いた。
あおい空を見ていると、時々思い出す。
この空の向こうには数え切れないほどの《世界》があって、その分だけ悲劇と喜劇は繰り返されている。
絶望と希望の下で、僕らはただより良い未来に向かってあがき続ける。
たぶん、ルーシーが僕に伝えたかったのは、そういうことじゃないかな。
このあおい空の下で、僕らは必死にあがき続けるんだ。
より良い希望に向かって。




