電脳の世界を生きる幽霊
「この世界はとんでもない性能をしたコンピューターが創った……そう、《仮想現実》って事になるかな」
鈴奈は歩き続けながらそう言った。
「こんなこと、普通の人なら信じられないだろうね」
オレの言葉に、鈴奈は面白い冗談を聞いたみたいに笑った。
「大地くんも私から言わせてもらえれば普通の人だけどね。一億を超える《世界》の内のたった一つの《世界》。その中の七十億を超える人の中の一人。視野を広くしてみれば、大地くんなんて真人間の真人間。普通の中の普通だよ」
鈴奈は手を背に回して、なおも歩き続ける。
「恋をする人も、殺人を犯す人も、孤独に生きる人も、みんなで楽しんでる人も、明日に絶望する人も、過去に希望を見出す人も……私から見れば全部普通だよ」
「器が大きいことで」
皮肉めいたオレの言葉に鈴奈は意を介することなく話を続ける。
「でもね、そんな風に普通に生きる人たちに、ルーシーは憧れたの。自分も普通に生きて普通に死にたいって」
「ルーシーは普通じゃないのか?」
「あの子はね、もう生きてないの」
「……?どういう意味だ?」
鈴奈は歩くのが疲れたのか、その場に座り込んで話を続けた。
「言ったでしょ? 赤の人格はもう死んだって。赤の人格は、青の人格を残して《電脳の世界》をログアウトしたの。ログアウトしたのは赤の人格だけなんだから当然肉体に宿るのは赤の人格だけ。青は《電脳の世界》に置いていかれて、赤は《現実世界》に戻ったの」
「……そして、赤の人格は一人肉体とともに死に、《電脳の世界》に残された青の人格は肉体を失った……つまり肉体が死んでしまったってことか?」
鈴奈は少し悲しげに眉を八の字にすると言った。
「そう。今のルーシーは幽霊みたいなものよ。肉体を失い意識だけでプログラムの中を彷徨う幽霊……それがあの子の正体」
「……」
オレはルーシーの真実を聞かされてなんて言えばいいか分からなかった。
ただ、これだけは言える。
「ルーシーは幽霊なんかじゃないよ。僕らと同じ、《この世界》を生きる一人の普通の女の子だ」
僕の言葉に、鈴奈は目を丸くすると、嬉しそうに笑った。
「君は、真実を知っても前と変わらない態度であの子と接してくれるんだね」
「まぁ、友達だって言っちゃったからな」
「君の器の広さも大概だよ」
「名前負けしたくはないからね」
鈴奈はオレの言葉を聞くと屋上の出口へと向かっていった。
「きみがそう言う人だからテルくんは相棒と慕ってたんだね。話せてよかった。《世界の記憶》があっても、やっぱり直接話して自分で判断したいから」
「……そうなのかな」
「きっとそうだよ」
出口の前でくるっと回って僕の方を振り向くと、明るい声で鈴奈は言った。
「さ、帰ろ! 多分恵美ちゃんも待ってるよ」
「うん」
空から降り注ぐ陽光は、何にも遮られることなくギラギラと輝いていた。




