海のように深く冷たい青の瞳
「………どうして、そう思ったの?」
屋上から町の景色を見渡す鈴奈の表情は、当然だがオレからは見えない。
「根拠は……ないよ。ただ初めて会った時から思ってたんだ。まとっている雰囲気が似てるなって。どこか、遠くを見ているような、そんな雰囲気が」
「そっか……あんまり似てないって思ってたんだけど、やっぱり《世界》を見ているもの同士なのかもしれないね」
だけど、と鈴奈言いながら首を横に振った。
「大地くんが言った通り、私はルーシーだけど、厳密にはあの子じゃないの」
「どういう意味だ? 《この世界》のルーシーってことか?」
「そうだね。でも、まだ半分正解って感じかな」
鈴奈は屋上の隅をゆっくりと歩き始めた。
手を後ろに組んで、足を大きくあげながら、ゆっくりと歩く。
「別に勿体振る必要もないし、答えを言っちゃうね。それとも、クイズ形式にしとく?」
クイズ形式って……なんだか相変わらず鈴奈で安心した。
「いや、普通に答えを教えてくれないか?」
「ん、わかったよ」
鈴奈は一つ目の角まで来ると、90度回転し、また進み出す。
「私は、ルーシーの生まれ変わりの片割れ。半分なんだよ」
「半分ってことは生まれ変わりはあと一人いるって事か……そんな事ありえるのか?」
「ルーシーに限ってはね。あの子は創造主だから、割となんでもできるし」
まぁ、なんでもできると言うのは納得できるが……どうして二人も自分を創る必要があったんだろうか。
いや、ルーシーと言う人物が二人いたって事か? それなら、二人になる必要性が説明できる。
もしかして、ルーシーは……
「……ルーシーには心が二つあるのか?」
「そう、二重人格なの。よく分かったね」
鈴奈は自分の右目を指差しながら続ける。
「あの子の瞳、青と赤のオッドアイだったでしょ? だから、あの子たちはそれぞれを青の人格と赤の人格って呼んでた」
「今のルーシーはどっちなんだ?」
「今は青。と言うより、もう赤の人格は、いないんだ」
鈴奈は、二つ目の角に差し掛かり、また体を九十度回転させる。
僕の方に顔が向いた鈴奈は真っ直ぐ僕の瞳を見つめながら言った。
「赤の人格は、死んでしまったから」
「……」
オレはなんて答えたらいいかわからず、つい黙り込んでしまった。
しばらくして、鈴奈はオレから目をそらし、上を見上げながら続けた。
「赤の人格は、ルーシーが元々持っていた人格。青の人格は、あの子が大切な人を失ったショックによって形成された人格。青の人格の明るくて無邪気な性格は、赤の人格がこんな人になりたいって言う憧れからきてるんだと思う」
あ、と思い出したかのように言うと、鈴奈は言った。
「私は青の生まれ変わりなの。それが私の正体の答えだよ」
なるほど、それは少し納得できる。
それはそうと、赤の人格はどんな人物だったのだろうか。
正直、あのルーシー以外の姿を想像できない。
「赤の人格は、どんな人だったんだ?」
「それは私には分からないの。赤の人格の生まれ変わりが誰なのかは知ってるけど……《世界の記憶》を持ってないと思うから分からないかな」
「そうか……じゃあどうして赤の人格は死んだんだ?」
「それはね……」
鈴奈は三つめの角でまた九十度体を回転させる。
ゆっくりと、歩きながら、僕のすぐ近くまで来ると鈴奈は立ち止まった。
「赤の人格は、《自分の世界》を生きてみたかったんだよ。たとえすぐに死ぬ事がわかっていても、彼女は《自分の世界》を生きたかった」
「《自分の世界》?」
「そう。彼女の本来いた《世界》」
それは、どういう意味だろうか。
ルーシーの力は世界を創る力だ。
だから、ルーシーが《全ての世界》の始まりで、創造主だと思っていた。
そうでないのであれば、一体ルーシーはどこから来たと言うんだ?
「……ルーシーはその《自分の世界》って場所で《世界創造の力》を手に入れた、ってことでいいのか?」
「そう……だね、間違いではないよ。なんていうか、結局大地くんから答え探しやってるね」
「あ、本当だ。クセなのかな……」
「大地くんは、自分で仮説を組み立てて答えに辿り着こうとしてるんだよ。割と的を得てる感じは、やっぱり頭いいんだなって思うよ」
「お世辞はやめてくれよ」
鈴奈は優しい笑みを浮かべる。
「ふふ、そうだね。大地くんがそう言うなら、私の言葉は大地くんにとって、お世辞になっちゃうんだろうね」
「は、話を続けよう」
「うん」
鈴奈はもう一度歩き出すと、オレの前を通り過ぎて四つめの角でまた体を回転させる。
「全ての《世界》はね、とある《世界》の中に存在するの」
「シャボン玉が沢山あった空間……あそこがまたシャボン玉で覆われている《世界》だった……とか?」
「それはハズレ。あそこはシャボン玉に囲まれてないくて、端っこまでずっと黒い空間が続いてる」
鈴奈はくすっと楽しそうに微笑むとオレに言った。
「こんな言葉を知ってる? 《十分に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない》」
「クラークの言葉だ」
「そう。《世界創造の力》はね、ファンタジーなんかじゃないの」
「…………? 何を言って────っ!!」
その言葉で、僕の中で全てが繋がった。
そう、オレは勘違いしていた。
ルーシーは不思議な力で《世界》を創造し、不思議な力で《世界》を行き来し、不思議な力でオレたちを見ていた、と。
そうじゃない。そうじゃなかったんだ。
そもそも、それらの事はオレたちにだって不可能じゃなかったんだ。ただ、その規模に惑わされてた。
自分の思う世界を創る事も、その世界を行き来する事も、その世界を見る事も。全て規模さえ小さくすれば、オレたちにだってできる事だ。
歩き続ける鈴奈はオレの様子を見て、軽く微笑むと言った。
「気がついたみたいだね」
オレのたどり着いた答えは、常人には信じ難いだろう。
しかし、それでもオレは確信を持って言える。これしかないと、強く思う。
オレはたどり着いた《世界の真実》を、口にせずにはいられなかった。
「この《世界》、いや、《全ての世界》は、プログラムによって形成された《電脳の世界》だったのか……」
オレたちの《世界》は、0と1で形成されたデータの塊だった。




