オレの親友
日曜、灼熱の輝きを放つ太陽は気持ちのいいほどの青を天井のスクリーンに映し出す。
「……あおいな」
空を見上げれば、自然と言葉が出てくる。そんな空だった。
◆
とったばかりの車の免許を確認し、親の車をかりて走り出す。
ラジオからは新型の携帯端末をオレンジ社が開発した、と少し鬱陶しいほどテンション高めの声が聞こえてくる。
「……音楽でも流すか」
途中、コンビニに寄る。慣れない駐車を済ませて適当にパンを選んで二つ買う。
「アンパンでいいかな……」
めんどくさい山道に進路変更、慣れない車の運転に少し焦りを覚える。
やっぱり、隣に誰もいないのは不安だ。
目的地に着くと先ほど買ったパンと家から持ってきたバケツと柄杓を取り出し、バケツに水を入れる。
並び立つ幾つもの石の一つに、オレは会いに来た。
「……久しぶり」
バケツに入った水を柄杓で掬い、天辺から流す。何度か繰り返し、他の部分にも水をかける。
「オレ、大学生になったよ。早いもんだよな、あれからもう五年以上たつんだって……信じられないよな」
ビニール袋からパンを二つ取り出し、一つを目の前の台座に置く。
「美味しい?……なんて言うのは変かな。でも、他に何言っていいのか分かんなくてさ」
そっと線香を立てる。
「………ありがとう。この前ここに来た時、オレ謝る事しか出来なかったから。今度こそ言わせてもらうよ。優輝の相棒で、オレは幸せだったよ」
親友の冥福を祈りながら、線香を立てる。
買ってきたもう一つのパンを袋から取り出すと一口かじる。もう一口、もう一口、味を確かめるように食べる。
「……美味いな、意外と。いや、不味いもの選んできたわけじゃないんだけど、コンビニのパンってこんなに美味かったかなって」
腐らせるわけにはいかないので優輝にお見舞いしたアンパンもその場で袋から取り出して食べる。
「罰当たりな事してるのかな……でもまぁ、神様はあんなだし、天罰なんか気にすることはないか。あんまり失礼な事を言うと、どこからか見ている神様に怒られそうだな」
ふぅ、の軽い溜息をつき、空を見上げる。
あおい空。
あの日と同じ、青くて、蒼くて、蒼い。灼熱のスクリーン。その先にあるのは地獄でも天国でもない、どこか別の《世界》。
「……死んじゃったら、どこに行くんだろうな」
がらにもなく、そんな事を考えていた。
オレはふと、車の中にスーパーであらかじめ買っていた花を忘れていた事に気がつき、取りに戻る。
花を取りに戻ると、車の前に見知った人物がいた。そこにいたのは恵美だった。どうやら恵美も車の免許をとったらしくオレの車の後ろにもう一台車が止まっていた。
「大地、免許とったんだ。ここ来るなら誘ってくれればよかったのに」
「……ごめん。少し、一人であいつと話がしたかったんだ」
「少し離れてたほうがいい?」
「いや、言いたい事は言ったから大丈夫……一緒に行こう」
小さな花を恵美と一緒にお墓に添えると恵美は線香を立てた後、目を閉じて手を合わせる。少し経ったあと眼を開けて不思議そうにオレに言った。
「大地はやらないの? ってさっきやったんだっけ」
「いや、オレはやってないよ。話して線香立てただけ。なんか優輝に手を合わせるってのはしっくりこなくて」
「そっか」
「……恵美は優輝と何話してたんだ?」
恵美はオレの言葉に少しだけ悲しい微笑みを見せながら、しかしスッと芯の通った声で言った。
「話は、してないよ。死んじゃったら返事は返ってこないから。でも、その代わりに一方的にたくさん言ってきた。色々あったけどこれからも私は頑張りますって」
「……そっか」
「大地は何話してたの?」
「ありがとうってお礼を言っただけ」
恵美はオレの言葉が意外だったようで、少し驚く。
「それだけ?」
「男に多くの言葉はいらないんだよ」
「……あなた、それで私に優輝の事で多くの誤解を招いたの忘れたの?」
「ごめん……でも、こいつの前で語る事なんてないんだよ」
恵美は懐かしむように笑うと言った。
「面白いよね、男の子って。顔を合わせると罵りあうくせに、離れると途端に相手を褒めるんだから」
「だって目の前で相手を褒めるのは照れ臭くないか?」
「そんな事はないと思うけどね」
そうやって二人でしばらく喋っていると突然、強い風が吹いた。僅かに視界に入る前髪が揺れ動く。そんなオレの髪を見て、恵美は言った。
「髪、伸びたね」
「そうかな。オレはまだセーフラインだと思うんだけど」
「ライン上はアウトよ」
「ジャッジが厳しいな……」
二人して笑うと、恵美はまた不思議そうに首をかしげた。
「ねぇ、どうして一人称を僕からオレに変えたの?」
「ん、あぁ」
オレは少し眼にかかる程度の髪を気にしながら適当に答えた。
「特に、理由はないよ。強いて理由をつけるなら僕でいられなかったと思ったからかな。きっと、優輝を失えば僕は僕でいられない……変わらなきゃって思ったから」
「で、一人称を変える事から変えたって事?」
「いや……少し違うかな」
「?」
その日、何度目かの空をオレは見上げた。
「優輝の後ろにいる事をやめたんだと思う」
一人称を同じにしたって優輝の代わりにはなれない事は理解してる。
オレはずっと優輝を追いかけてた。普通に見えるあいつを追いかけてた。
でも本当は違った。オレの中であいつは誰よりも特別だった。オレと初めて正面から接してくれた初めての友達で目標。
だから追いかけてたんだ。何よりも、その背中に追いつきたくて。
「……あいつの隣に立ちたくて、オレは一人称を変えたんだと思う」
「そっか……理由、あったね」
恵美はオレの言葉に何を感じたのか、少しだけ笑う。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだね……また来るよ、優輝」
オレの親友はオレをかばって事故で死んだ。
オレはこれから、その十字架を背負って生きていく。どんなに辛くても、どんなに逃げ出したくても、この思いとともに、オレは生きていく。
もう、死を望んだりしない。
どうも、zakoです。
外伝《あの頃と今》は今回で終了。次回からは優輝の過去や鈴奈とルーシーの関係、等々別の外伝をやっていきたいと思います。
さて、大地が前を向いて歩き出した物語。いかがだったでしょうか。優輝の生死に関しては僕もかなり悩んだのですが、結果はこういう形になりました。
優輝が好きだった人はすみません。でも、そんなに簡単に人を救うのもどうかと思うんです。創作だからこそ、安易な理由で簡単に救ってしまおう、などと考えてはいけないと僕は思っています。
自分で作った出来事だからこそ、どんな悲劇でも最後まで責任を持って作りきらなければならないと思います。
じゃないと、作ってきたキャラクター達に顔向けできません。
話ガラリと変わりますが、大地と優輝のお互いの立ち位置の認識って結構違いますよね。
大地は優輝の後ろにいるって思ってるけど、等の優輝は大地を隣に感じています。これって結局どっちなの?と思ってる人もいるかもしれません。
答えは見た人による、ですかね。変な例えかもしれませんが、紙に点を二つ書いて見ると二人の位置関係が説明しやすいです。
二つの点は紙をずらせば隣にも後ろにも前にもなります。まぁ、どこから見るかって話ですよね。
相手をどう見ているか、なんてものは絶対に自分視点でしか語れないのですから。
優輝はいつも隣に大地を感じていました。それはおそらく自分にないものを補ってくれる、頼れる存在だと思っていたからでしょう(主に勉強面で)。あるいは、自分(優輝)の中の異常性を知っても変わらずに接してくれると感じたのかもしれません。だからこそ、彼は大地を相棒と呼んでいたのだと思います。
逆に大地は優輝の後ろにいると感じていました。頼れる存在ではあったけれど、どこか負い目を感じていたのかもしれません。病気のことや恵美への恋心、性格も相まってのことでしょう。何よりも普通を目指していた大地にとって優輝はその道標の一つでした。普通に遊んで、普通に笑う。そんな優輝をどこか羨ましく感じていたのです。
作者である僕個人としては決して大地が優輝に劣っていると感じたことはありません。二人にはそれぞれ長所と短所がありますし、だからこそ親友になれたのかな、と今ならそう思います。
それと、二人は位置の捉え方に違いはあっても、お互いの距離感は同じだったと思います。お互いが親友であることは疑いようのない真実だったのですから。
それでは、また次話でお会いしましょう。
お疲れ様、《元の世界》の優輝。




