俺の親友
俺の親友はこの《世界》からいなくなった。
より正確には《元の世界》へ戻った、と言うべきなのだろう。あいつは自分の意思に従って《ifルート》ではなく《元の世界》を選んだ。
その事が寂しくないと言ったら嘘になる。
思えばあいつと初めて会った時の第一印象は良くなかった。いや悪いと言っていい。
小学校低学年の頃、授業で二人一組になるように言われて組んだのがあいつだった。あいつは病気で学校を休みがちだったので会う機会が少なく、一度話してみたいと思ったんだ。
「なぁ、病気は大丈夫なのか?」
「別に、普通だよ」
「……そっか」
会話が続かない。
「体調はどうなんだ」
「別に、普通だよ」
人と関わろうとしない。
「よく学校休んでるけど、勉強はついてこれてるのか」
「……別に、普通だよ」
「……なんだよ、その顔。俺には言われたくないってか?」
「そうじゃないよ。ただ────いや、なんでもない」
笑わない。
「最後の瞬間、見てたぞ。お前、あいつらに囲まれて何された」
「……別に、普通だよ」
「普通ってなんだよ!!」
「……なんでもなかったって事だよ。僕はみんなと変わらず、普通に生きてるだけだよ」
助けを求めない。
「……優輝。君はどうしてあの子達と喧嘩したりしたの?」
「それが、普通だから……だ……」
「……自分と関わりのない人と、普通は喧嘩しないよ」
「友達をイジメられて、怒りを感じるのは……普通のことだ」
「君と僕は友達だったの?一体いつから?」
「……知らねぇよ」
人との距離を知らない。
「おす、見舞いに来てやったぜ!」
「……ごめん」
「気にすんな!」
ありがとうと言わない。
「今日は友達連れてきた! 名前は恵美だ」
「よろしく、恵美さん」
「……よ、よろしく」
愛想笑いが上手い。
『ウソつき……』
『嘘じゃないよ』
『……約束……忘れないでね』
『もちろんだよ』
あいつと恵美が病室でかわした指切り。
元気になったらサッカーをする、なんでもない小学生の約束。
俺は病室の外からその約束を聞いていた。
「…………馬鹿野郎」
あいつはウソつきだった。元気になることなんて無かったくせに、もう二度と目を覚まさなかったくせに、恵美とそんな約束をしていた。あいつは、誰も悲しませないために、誰もが悲しむ約束をしていた。
「こんな約束してたんなら、きっちり生き残ってくれよ……」
でも、もう嘘にはさせない。それが《あの世界》でした、俺の願いだから。それが《元の世界》を作ってもらった理由だから。
始めてあいつと出会った時、印象は悪かった。始めてあいつと別れた時、胸がつぶれるように苦しかった。
二度目にあいつと出会った時、泣きそうになった。二度目にあいつと別れた時、寂しかった。でも幸せそうなあいつの顔を見ると、これで良かったと思えた。
◆
相棒がいなくなっても時間は止まるわけでもなく、いつものように進む。次の日の朝、俺はいつも通り、相棒の家の前に来ていた。
「……バカか俺は」
ゆっくりと相棒家に背を向けると学校へと歩みを進める。
ここに来たって相棒がいるわけじゃない。だけど、ここに来るしか俺には無かった。あいつがいなくなったことを確認しなければ、俺は前に進めない。
そう思っていたのに、声が聞こえた。
「走らないと間に合わないよ」
「…………!!」
俺は自分の耳を疑った。この声は実はただの幻聴で本当は誰もいないかもしれない。そんな疑問が頭をめぐる。
「……お前は、誰だ?」
それでも俺は問いを投げかけた。その声が本物か、幻か、確かめずにはいられなかった。
「僕? ……そうだね。一応記憶は継承してるんだけど、初めましてと言えば初めましてだし、自己紹介でもしておこうかな」
靴が道路を蹴る音が聞こえる。服が擦れる音がする。いつも隣から感じていた気配がする。
「僕の名前は大地。もう一人の僕の《二つの世界で生きたい》という願いから生まれた、《この世界》の大地だよ」
「…………!」
振り返れば、そこには初めて出会うのに、よく知る顔の人物がいた。
いつもと変わらない笑顔をした、初めて出会う人物はゆっくりと、噛み締めるように言った。
「ただいま、優輝」
その言葉で、俺は確信する。ここにいるのは俺の相棒だ、と。
あんなに壮大なお別れ会して、みんなを泣かせて、それでもこいつは帰ってきた。
こいつには色々と言いたいことはあるが、とりあえず最初に言いたいことは────
「おかえり、大地」
三度目に大地と出会った時、俺は赦すことにした。
誰にも弱音を吐かず、ウソをつきながらも、一人で戦い続けた親友を赦すことにした。
そんな親友の孤独なウソを見破れなかった自分を赦すことにした。
「さぁ、走ろうぜ大地! このままじゃ遅れちまう!」
「まったく、仕方がないな……」
こうして俺はウソつきだった親友ともう一度走り出した。




