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ifルート《あおい空から始まる物語》  作者: 三角
本編《あおかったあの頃の思い出》
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《7日目》幸せ者

 ファンタジー人生ゲームが終わり、お別れ会もかなりの盛り上がりを見せた。どうやら僕と出来るだけ長くいるために今日は優輝の家に全員泊まることにしたらしい。鈴奈と恵美は宿泊のための準備を届けて貰えるように電話で交渉していた。

 二人が電話で話をしている間、僕はベランダに出ていた。なんとなく、空が見たくなったからだ。


「こんなところにいたのか相棒。何見てるんだ?」


 不思議そうな顔をして優輝が僕の隣に並んだ。優輝は空を眺めながら「飛行機か? それともUFO?」などと真面目な顔をして言う。そんな彼の様子が可笑しくてつい笑みが溢れてしまう。一生懸命に僕の見ているものを探す優輝に答えを教えた。


「空を見てた」

「空?」

「うん」


 首を傾げる優輝に僕は空を見上げながら続けた。


「この空の向こうに宇宙があって、その先に《世界》があって……不思議な感覚だよ」

「そうか? 俺はむしろ納得できたよ」


 優輝は清々しいほどの笑顔でそう言う。しかし僕はその台詞に違和感を覚えた。優輝は何に疑問を感じていて、何を納得したのか、と。


「何がさ?」


 首をかしげる僕に優輝は言った。


「俺が抱いていた〝この感覚″は間違いじゃなかった、ってな」


 優輝の台詞に、僕はますます意味が分からなくなった。


「その感覚ってどんな感覚なんだよ」

「《第二世界の四英雄》って言うらしいぜ」

「誰が? と言うか質問の答えになってないぞ」


 優輝はニヤッと普段とは違う不敵な笑みを漏らした。しかしそれも一瞬ですぐに普段の無邪気な微笑みに戻った。


『……なんだったんだ?』


 僕の中で何かが燻る。今の優輝の表情は初めて見るはずなのに、どこか懐かしくも感じた。

 しかし、次の優輝の言葉は僕のなんとも言えない感覚をどこかにやってしまった。


「まぁ聞けよ。鈴奈曰く、俺たちの前世だって」

「前世なんて信じられない……なんて今はもう言えないな。常識を全部ルーシーに潰されちゃったようだよ」


 僕は優輝の言葉を驚くほど簡単に信じられた。それほどまでに僕の感覚は狂っていたようだ。

 優輝は空を見上げると手を真っ直ぐ天へと伸ばす。


「お前らと初めて会った時に、確かに感じたんだ。こいつらと一緒にいたいって。いや、もう離れたくないって感じかな……これってその《前世》ってやつと関係があるんじゃないかなって」

「優輝、お前……」


 この時、ハッキリと感じた。ようやく感じた。今思えば優輝は《世界》の存在を信じるのが早すぎた。まるで《世界》の存在を知っているかのように。


 優輝は普通じゃない。


 何がどう普通じゃなくて特別なのかとは言えない……だけど分かる。どこかがおかしい。鈴奈の《世界の記憶》も異常だがそれはルーシーが願いを叶えた結果であり、《世界》のルールに則っていると言う意味では自然だ。僕も異常ではあるがそれもやはり鈴奈と同じくルーシーに願いを叶えてもらった、のでルールには則っている。


 だったら優輝はなんなんだ?


「優輝、お前はいったい……」

「ん?」

「……いや、なんでもない」


 僕はつい優輝への疑念を口にしかけたがやめた。特別であろうと何だろうと優輝は優輝だ。バカで考えなしの、だけど優しい、僕の親友な事には変わりはない。そう考えると僕は優輝に追求する事が馬鹿らしくなったからだ。そんな事をしても意味がないのだから。僕は再び星のない空を見上げながら恵美と鈴奈の帰りを待つことにした。

 しばらく何かを考え込むように黙ると、優輝は申し訳なさそうに言った。


「悪いな……今は言えない」

「えっ?」


 振り向くと、優輝が少し悲しげな表情をしていた。呆気にとられた僕を見て、優輝は苦笑すると僕の額にデコピンをかます。


「いて!」

「鈴奈と恵美が帰ってきた。部屋に戻るぞ」


 彼の背中からは少し、孤独を感じた。


 それから優輝の言葉にしたがい部屋に戻ると、恵美と鈴奈が袋を持って座っていた。どうやら交渉は成立したらしく、着替えが届いたそうだ。

 しばらく四人で喋って、お風呂に入って、また話をした。あっという間に時は過ぎ去り、いよいよ午後十一時半。あと少しで《7日目》は終わり、僕が《元の世界》に戻る時間となる。鈴奈が時計を見ると寂しげに呟いた。


「もうすぐだね……」


 すると優輝は恵美と鈴奈に向かってニカっと笑いかけると言った。


「二人とも、言いたいこと言っとけ!」

「うん」


 最初は鈴奈だった。アホ毛をゆらゆらと揺らしながら、いつものようにふわふわとした雰囲気で話し始める。


「私は、他の《世界》のあなたを……グラドを知ってるから初めて会った時に、やっぱりその印象に引きずられてたところがあってね。クールで心を表現するのが不器用な、勘違いされやすいタイプの人かなって思ってた」

「実際はどうだったんだ?」

「そうだね……真面目で人の事を気遣える優しい人かな。心を表現するのが不器用なのは相変わらずだけど」


 最後のは自覚がある。素直に自分の気持ちを伝えるのはいつになっても抵抗がある。今はまだよくなった方だと思うんだけど。


「でも……いろいろ違ってもやっぱり君はグラドなんだなって思った。グラドは誰かの為に一生懸命になれるところがテルくん……優輝くんの方じゃなくて《異世界》のテルくんにそっくりでね。同族嫌悪ってのもあるけど、二人は出会った経緯が特殊だったから、ずっといがみ合ってた……」


 そこで区切ると鈴奈は柔らかな笑顔を浮かべた。


「……二人が仲のいい《世界》に出会えて本当に良かった。出来ることなら君の事、もっとたくさん知りたかったよ。ここでお別れしちゃうのは残念だけど、《元の世界》でも元気でね。それと、《元の世界》の私とも仲良くしてくれると嬉しいな」

「あぁ、今度は僕の方から会いに行くよ」


 鈴奈は僕に笑いかけると手を差し伸べてきた。その手を握り別れの挨拶を交わす。鈴奈との握手が終わると次に恵美が話を始めた。


「何を話していいのか、ちょっと迷ってたんだけど……決めたわ。多分あなた自身は気がついていないし、これからも気がつかなかったと思うこと。そして今あなたに知っていてほしいことを言うことにするわ」


 少し重い話になるかもしれない、と前置きしてから恵美は続けた。


「実はね、あなたに初めて会った時の印象は正直、変な子だなって思った」

「僕が? なんで?」


 地味にショックなカミングアウト。


「その時はどこが変なのかって分からなかったけど、今ならわかる……《普通》になろうとしてたからだよ」

「……どういう意味さ?」


 当時の僕には恵美の言葉の意味がわからなかった。どこが分からなかったのか、それは《普通》を目指すことが変だと恵美が言ったからだ。だから僕は当然の事のようにこう言った。


「それは、当たり前のことだよ」


 今なら僕の言葉に恵美は少し悲しげに微笑む。


「やっぱり、君はまだ《普通》を求めてるんだね。あなたは誰よりも《特別だった》自分が嫌いなのよ」

「……そうだね」


 頭の片隅によぎる僕が僕じゃなかった頃の、普通を演じていた頃の記憶。それは《特別だった》自分で、僕が小学生の自分。病に侵され余命を知った自分。

 僕はそんな人とは違う《特別》な自分を知った時、《普通》でいなくてはと強く思った。それはみんなと違うことを否定したかったから。


 僕が一人ではないことを証明したかったから。


 僕は必死にポーカーフェイスをしていたつもりだったが恵美は慌てて僕に謝った。恐らくは悲しい表情を見せてしまったのだろう。


「ごめんなさい……思い出したくない事だったね。でも、これで最後だからどうしても言っておきたかったの」


 ニコっと、落ち着いた静かな笑顔で恵美は言った。


「私にとって、私たちにとってあなたは《特別》なの。頭が良くて、なのにおバカで、ちょっとスケベで、誰よりも優しい、私たちの《特別な友達》」


 恵美は真剣な眼差しで真っ直ぐ僕の目を見る。恵美の思いがその眼差しと同じく、僕に向けられているのだと思うと嬉しくて仕方がなかった。だけど、それでもまだ頭のどこかで僕が言っている。『普通でいなくては嫌われる』……呪いのようにその言葉が付きまとう。そんな僕の気持ちを察してか、恵美はさらに続けた。


「《普通》なんてモノは目指すものじゃないの。一番になりたい、目立ちたい、上手くなりたい、誰かに好きになってほしい、そんな《特別になりたい》って思いこそが《普通》で、当たり前なのよ」

「……だけど」


 反論しようと口を開けると、その先を言う前に恵美は言った。


「あなたが好きな人は誰?」

「なっ……!!」

「ぶっ!!」

「??」


 完全に不意打ちだった。

 僕の好きな人は恵美だと当時からすれば昨日告白したばかりなのに、そんな質問をしてくるなんて夢にも思わなかった。今まで二人が何を言おうと黙っていた優輝も今の台詞は流石に予想外だったらしく珍しく焦りを見せていた。ただ、鈴奈だけは事情が分からずにいたようだった。


「僕の気持ちを知ってるくせに……冗談きついんじゃないか?」

「ごめん……でもほら、これで答えが出たじゃない」


 恵美がしてやったりと、こちらも珍しく悪戯っ子のような笑顔を見せた。


「もう君は間違いなく《特別》を望んだ《普通》の人間なのよ。だから今更目指さなくてもあなたは初めから《普通》なのよ」

「……あっ」

「もちろん、全て《特別》にはできないし、それはそれでどこかおかしいわ。妥協は悪いことじゃないし、そういう意味では《普通》を目指すのも悪くはない。でも《みんなが普通》だから全て《普通》を目指すって言うのはおかしいってことを言いたかったの」


 恵美の言う通り、僕はずっとどこか勘違いしていたんだと思う。普通になりたくて、特別が嫌で、みんなになりたくて、一人が嫌で……でもそれは違ってたんだと今なら言える。誰でもない《普通の人》には、誰も興味を持たず見向きもしないだろう。一人だから、自分だから誰かと繋がれる。誰かの特別になれる。

 それから、と恵美は付け加えると恵美と優輝の肩に手を添えて言った。


「なんでも一人で背負いこまない事。それが一番心配なんだから」

「分かってるよ」

「「「分かってない」」」

「……ごめん」


 三人口を揃えて反論された。その様子がなんだか可笑しくて、つい笑ってしまった。だけどそれは三人も同じだったようでみんなでまた笑った。笑ってるうちに涙が少しづつ溢れてきて、いつの間にかみんな泣いていた。恵美が涙でぐしゃぐしゃになりながら必死になって僕に言ってくれた。


「勉強教えてくれてありがとう。相談に乗ってくれてありがとう。今まで本当に……ありがとう! 絶対忘れないから、今までのこと、全部忘れないから!」

「うん……僕も、忘れないよ」

「約束だから! 忘れたりなんかしたら針千本だから!」

「はは、また懐かしいことを……」


 恵美の言葉は、僕の記憶から一つの思い出を呼び起こした。忘れていたはずの懐かしい記憶。小学三年の頃、両親の会話を聞いて余命があまり残されていないことを知ったあの日だ。僕は自分の生を諦めてしまっていた。

 そんな時、病室に優輝と恵美が遊びに来てくれた。確かあの頃の恵美はずっと優輝の後ろにひっつき虫みたいにいつも一緒にいたな。性格も口数の少ないおとなしい感じだった。


『僕の体はもう長くは持たないみたい』


 その言葉に優輝は元気よく反論してくれた。


『そんなことないさ! だってこんなに元気じゃんか!』

『普通の人はもっと元気なんだよ。外で遊ぶなって言われるぐらいだよ』

『なら、部屋で元気に遊ぼうぜ!サッカーとかドッジとか!』


 優輝がランドセルの中からボールを取り出し(教科書が入ってない事に僕は少なからず衝撃を受けた)そんな事を言い出した。


『……部屋では静かに遊ばないと……ダメなんだよ』

『いいじゃねぇか。外で遊べないんだから部屋で遊んだら』


 ぶーぶー文句を垂れる優輝とオロオロと僕と優輝を交互に目線を移し続ける恵美を見て、僕は一つため息をしてから言った。


『……分かったよ』

『お! サッカーするか!』

『ごめん。サッカーする元気は今の僕にはできないんだよ』

『……』

『だから、さ……元気になってからまたサッカーしに行こうね』


 僕の言葉に優輝は目を輝かせた。その言葉が嘘だと言うことにも気付かずに。


『本当か!』

『うん。だから、今日のところは帰ってよ。あんまり体調良くないみたいだからさ』


 遊びに来てくれた二人には悪いと思ったが、正直僕は一人になりたかった。だから嘘をついてまで一人になろうとした。優輝は少しだけ僕の目をじっと見るとすぐに出口に向かって歩き出した。


『うし、分かった。体調には気をつけろよ……ごめんな』


 謝るのは僕の方だったと今はそう思う。

 それからすぐ優輝が部屋から出て行った後も恵美はまだ病室にいた。そして小さな声で恵美は僕に言った。


『……指切り』

『え?』

『……大切な約束は……指切りをしてやるの』

『やだよ、めんどくさい』

『……ん』

『分かった、分かったよ』


 僕としては真っ赤な嘘なので指切りをしたくなかったのだが、恵美がしつこく小指を差し出してくるので仕方がなく指切りをした。


『指切り拳万嘘ついたら針千本のーます。指切った』


 これで満足しただろうと、目線を指から恵美に向けた。そして僕は見た。恵美が浮かべたあの表情を。


『ウソつき……』


 恵美は涙を流しながら静かな微笑みを浮かべていた。ただその表情は悲しみからではなく、喜びからだった。恵美は僕が約束をしてくれた事を本気で喜んでいた。ウソだと分かっていても恵美は喜んでくれたんだ。

 そんな恵美の思いを踏みにじるように、僕は死んでいくのだろう。そう思った僕は軽い気持ちで約束をしてしまった事を後悔した。

 だったらせめて────


『嘘じゃないよ』


 ────最後までこの嘘を隠そう。


『……約束……忘れないでね』

『もちろんだよ』


 その後、僕は病気に打ち勝ち恵美との約束を果たし、結果として嘘は嘘ではなくなった。だけど多分、本当は病気に打ち勝ったわけじゃないと思う。中学の時調べたが僕の病気はそう簡単に助かるようなものではなく、奇跡というにも不自然さがあったように思える。おそらくは……ルーシーだ。


「……僕は幸せ者だな」

「ようやく気がついたか、まったく鈍感なヤツだぜ」


 懐かしい思い出から意識を戻すと、優輝が強引に僕と肩を組みながら笑いかけてきた。


「俺から言うことは特にない。伝えたい事は全部伝えてきたしな……もうすぐ時間か」


 時計を見るともうすぐで十二時だった。時計を見た優輝は組んだ肩を解くと言った。


「元気でな……」

「そっちこそ」


 カチッと時計の短針と長針が夜の十二時を示すために重なった。同時に僕の意識は深い海の底に沈むように、消えていった。


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