《7日目》最後の日
七日目の朝は朝日が昇り始めた頃に目覚めた。もちろん普段はここまで早起きではない。当然だが大元の理由は《ifルート》最後の日だからだろう。
しかし明確な原因は分からなかった。緊張しているのか、できるだけ長くこの《ifルート》の記憶を残しておきたかったのか、それともなにか別の原因があるのか。そんな事を考えてみたがすぐにどうでもよくなった。
「今朝は一段と早いんだね」
自室の窓から外を見ていると後ろからルーシーが声をかけてきた。
「まぁ、ね」
適当な返事を返すとルーシーはまた後ろから言う。
「答えは出たみたいだね」
六日目の夜に恵美と話していたことはルーシーも聞いていたのだろう。その声からは感情が読めない。別に機械的な声だったわけではなく、色々な感情が混ざりすぎていたように思える。
「うん。僕は《元の世界》に帰るよ」
迷うことなく答える。この決意はもう揺るがなかった。
「そっか」
そう言うとルーシーは僕の肩をポンポン、と叩く。僕は彼女がどんな表情をしているのか気になった。僕の選択は彼女の望むものだったのか? そもそも彼女の目的は何だったのか? その真実の全てとはいかなくとも一端でも分かるのではないか……そんなことを考えながら後ろを振り向く。
「ルーシー……なにやってるんだよ」
振り向いた僕はまともに喋れなかった。その原因は頬に刺さったルーシーの指だった。
「え? 頬っぺた柔らかそうだな〜って」
真実もクソもありゃしない。無邪気に笑うルーシーにため息をつきながら僕は言った。
「で?期待には応えられたか?」
う〜ん、とルーシーは唸ってからニコッと笑う。
「昔の方が柔かったかな〜。うん! 大きくなったね!」
「子供の頃と比べられても」
ニコニコとするルーシー。どうやら上機嫌のようだった。
ごほん、と僕はワザとらしく咳をして狂った調子を元に戻すと頬に刺さった指をとってから言った。
「一つ、確かめたいんだけど、たしか《ifルート》では一つだけなんでも願いを叶えられるんだったよな?」
「うん。その後は《元の世界》に戻ってもらうけど……《元の世界》を選んだのならそれは関係ないね」
ルーシーは条件を確かめるように言った。僕は真っ直ぐルーシーに向き合う。
「叶えたい願いがあるんだ」
「そう……わかったわ。なんでも言ってみなさい」
ルーシーの表情は真剣になっていた。さっきまでの子供のルーシーとは違う、大人な雰囲気のルーシー。その雰囲気の変化に僕の気も自然と引き締まる。
「僕の願いは────────。実現できるかな?」
僕の願いを聞くとルーシーは少し驚いたようだったがすぐに承諾した。
「もちろん。その願い、必ず叶えるよ」
そう言うとルーシーは微笑んだ。
「さぁ、《ifルート》最後の一日よ。存分に楽しんできて」
僕の頭を優しく撫でると徐々に透けて消えてしまった。
「そうさせてもらうよ」
そう呟いた後、ふと思った。
『なんでルーシーは僕の昔の頬っぺたを知ってるんだ?』
ルーシーからの返事は無かった。
それから僕はいつものように優輝と学校に登校する。優輝が走りながら僕の家まで来ると止まることなく走り去っていった。
「うぉおおぉお!! 急げ相棒! 今日はいつもよりヤバい!!」
絶叫する優輝にだったらもっと早く来い、と心の中で言ってから後ろを追う。二人して全力で走っていると優輝が息を切らしながら大声で言った。
「これが最後だな!」
「ギリギリに来るのはもうやめてくれるのか!?」
「そうじゃなくて──────!」
予鈴と同時に校門を通過した優輝は止まってから後ろを追っていた僕の方に振り返る。
「お前、もう選んだんだろ?」
「……お見通しか」
追いついた僕は優輝の横に並ぶと深呼吸をする。そんな僕の様子を見ると優輝は苦笑いをした。
「いや……『最後じゃない』って笑って否定してくれるんじゃないかって……そう期待してたよ」
「珍しいな、僕らの事ならなんでもお見通しじゃなかったのか?」
僕はそう皮肉で返すと優輝はニヤッと笑った。
「バーカ、そんなの本当に全部分かるわけないだろ。俺は神でなければ悪魔でもない。ただのお前の親友だよ」
優輝はそれだけ言うと教室に向かって走り出した。その背中はいつもと違って寂しげに見えた。
「……まぁ、分かってたら遅刻寸前の登校ぐらいやめてくれてるよな」
それだけ言うと僕も優輝の後を追った。
なんとか本鈴前に教室についた僕らはゼェゼェ息を乱しながら席に着いた。恵美の方をチラッと見るが普段と変わらずクラスの奴らと話しているようだった。
その後すぐに本鈴が鳴り、魔王が教室に入ってきてホームルームが始まる。
「みんな〜席について〜」
「あれ? 魔王が真面目だ」
クラスの誰かが(誰もが?)言った。
「失礼ね」
普段のおこないが悪いからだ。
「重大なことをみんなに聞きたくてね。これはあなたたちの将来に関わる重大な事だからしっかりと聞くのよ」
いつになく真剣な先生の態度にクラスは静寂に包まれる。ゴクッと誰かが喉を鳴らし、誰かが光を反射して光るメガネをくいっと上げて眉をひそめる。なかなか話出さない先生にしびれを切らした誰かは緊張した様子で言う。
「その……重大なことっていったいなんなんですか……?」
その言葉を聞いた先生は不敵に笑うと腰に右手を当てて左手にチョークを持つ。黒板にカッカッと音を立てながら大きく文字を書いていく。全ての文字を書き終えた先生はチョークを黒板の溝に置く。そのまま左手でバンッ、と黒板を叩くと言った。
「今回はみんなに博多弁の女の子の良さについて──────」
「一時間目の授業を始めさせていただく!!」
魔王が全て言い終える前に教室の扉が開け放たれ、神が降臨した。魔王の話の内容と突然の神の来訪のダブルショックでみんな目が点になっていた。魔王は焦った様子で神に反抗する。
「ちょっ、まだチャイム鳴ってないでしょ!!」
「授業の始まりを決めるのはアナタでもチャイムでもない……この私だ!!」
無駄にキメ顔されても困ります。
「でも博多弁女子が……」
「よし、出席を取ろうか」
魔王に構わず授業を進めようとする神。プルプルと肩を震わせて俯いた魔王はゆっくりと顔を上げるとカッ! と目を見開き、こう宣言した
「授業を始めるのがあなたなら、この私が終わらせてみせる!!」
「「「教師なのに!?」」」
放心状態から回復したクラスの全員が突っ込んだ。こうして始まりを司る神と終わりを司る魔王の戦争が始まった。これが後に語られる《第一次神魔大戦》である……なんの話だコレ。
「手始に恵美には博多弁を習得してもらう」
「「よし、やろう」」
「また裏切るの!?」




