《6日目》自分の意思
「そっか……」
そう呟いた恵美は空を見上げた。夜空に星はなく、ただ孤独に輝く月だけが夜空を寂しく飾っていた。
「引き止めたらダメかな」
僕も恵美につられて空を見上げて言った。
「それ、僕に聞いちゃダメじゃないか?」
「じゃあ引き止める努力してみる」
恵美は少し笑いながら言った。その時、空に一筋の流れ星が流れた。
「今ね、三回行かないでって流れ星に願ったから。だからこの願いは叶うよね」
「そんな無茶な……」
僕は茶化すように笑いながら恵美を見た。きっと冗談半分で笑いながら恵美は言ったのだろうと思っていた。
しかし恵美の表情は僕の思っていたのと違っていた。
「叶うよ」
その声は震えていた。ぎゅっと握りしめられていた手も怯えるように震えていた。何に怯えているのか? そんな事分かりきっていた。
「……叶えてよ」
瞳には涙が溜まっていた。僕の視線に気づいた恵美がゆっくりと振り向いくと溜まっていた涙がすぅ、と流れる。街灯の光を反射してキラキラと流れる涙は、まるで流れ星のようだった。
「落ちちゃった……頑張ってたのにな」
えへへ、とその涙を誤魔化すように笑いながら恵美は涙を拭った。何度も、何度も。
「ごめん」
僕は謝らずにはいられなかった。この《世界》を離れることを。恵美を悲しませてしまったことを。
しかし、謝るだけじゃダメだ。伝えなくてはいけない……いや、伝えたかったんだ。自分の意思を。
「だけど、僕は《元の世界》に戻りたいんだ。優輝や鈴奈、それに恵美……みんなが待っている。僕を待ってるんじゃない。変わらない、あの日常を待ち望んでるんだ」
「……変わらない日常をとり戻すにはあなたが《元の世界》に戻らなくちゃダメなんだね」
恵美には僕の答えが分かっていたようだった。
「うん」
「でも変わらない日常なら《ifルート》の方が適しているんじゃない?」
「そうかもしれない」
僕があっさりと肯定したした事に恵美は驚いた。
「だったら!」
必死な表情で恵美はその先を言おうとしたが僕は首を振って止めた。
「たしかに《ifルート》は僕が間違わなかった《世界》だ。変わらない日常を過ごすには《ifルート》の方が適しているのかもしれない」
だけど、と僕は否定する。
「その間違いも僕の判断で、僕が選んだ道なんだよ。だから、最後までその道を歩きたい。たとえ《元の世界》で優輝がいなくなってしまったとしても、その罪を受け入れなくちゃいけない。そして優輝が帰ってきたのなら……いつもの日常を取り戻すんだ」
真っ直ぐと、恵美の目を見て言う。恵美は僕の顔を見ると嬉しさと少しの悲しさを含むような笑みを浮かべた。
「どうした?」
「こうやって何をしたいのかって自分の意思を明確に言うなんて、変わったのね」
「僕が変わった……?」
「そう。昔のあなたは人の言うことに対しての反応ばかり……それも殆どが肯定で否定する事なんて滅多になかったのよ。自分から行動することなんてまず無かった。まるで怖がってるみたいに」
今だからこそ言えるが確かに昔の……特に小学生の頃は特にその性格が顕著だった。
何を怖がっていたのか……それは中学の僕でも分かった。僕が何より怖いのは誰かに嫌われることだった。
しかし相手の意見に従うだけなんて人とコミュニケーションをしてると言えるだろうか?
いや、言えない。
何より大切なのは自分の意思。自分の意思と相手の意思があって初めてコミュニケーションができる。
「でも君は変わった。もう、あの頃みたいに怖くても、それを乗り越えて進む心の強さを持ったのね」
思えば、僕の中で自分の意思が芽生え始めたからこそ、《あの日》の優輝の言葉が許せなかったんだろう。少なくとも小学生の僕ならあそこで優輝に反抗的な態度をとることはなかった。
たぶん《あの日》の僕の反応は人として間違ってはいなかったんだろう。悔しくて悲しいあの感情は間違いではなかったんだ。
しかし皮肉にもその自分の意思が結果的に優輝を事故にあわせてしまった。そのせいで芽生え始めた若葉は再び枯れるはずだった。
《ifルート》に来るまでは。
「変われたのは、みんながいたからだ」
『……もちろんルーシーも含めてね』
心の中で子供っぽくて大人らしい神様に礼を言った。
「……それにしても約束破られちゃったな〜」
恵美は僕を説得するのを諦めたのか冗談めかして言う。
「僕に?」
「だってこの前電話で言ってくれたじゃない。私がなんなのか探してくれるって。」
「……ごめん」
恵美が予想していたより僕の言葉は真剣味を帯びていたらしい。恵美は慌てて手を振りながら言った。
「って冗談冗談! そんな本気にしなくてもいいよ!」
「……どうしても僕が見つけたかったんだけどな」
僕は下手くそな笑顔をしてそう言った。恵美がなんなのか見つけられなかったのが悔しかった。そんな僕の様子を見て恵美は不思議そうな顔をして言う。
「どうしてそこまで拘るの?」
なんでもない質問、恵美にとってはそうなんだろう。だけど、僕にとっては違う。
「そんなの、決まってるじゃないか」
何故だか、あんなに言葉にするのを恐れていたのにこの時は躊躇うことなく言えた。誰に遠慮することも無く言えた。
「僕は恵美が好きだから」




