《5日目》絵本
鈴奈兄がどこかに出かけた後、かだ付け終わった鈴奈の部屋にお邪魔した。
「どうぞ〜」
「へー、ここが鈴奈の部屋か。結構女の子っぽいな」
優輝の感想は僕と同じだったようだ。カーテンや家具など白っぽい物が多く、上品な雰囲気の中、所々可愛い物が置いてある。勉強机周辺は綺麗に整えられており、ベッドには枕横に二頭身のウサギのヌイグルミが横たわっていた。部屋の中央には明らかに何処か別の場所から持ってきたであろう部屋の雰囲気とは似合わない黄緑色で足の細い机があり、机の上にはコップが四つとオレンジジュースの入ったペットボトルが置かれていた。特に僕の興味を引いたのら部屋の隅にある少し大きめの本棚だ。そこには絵本が沢山入っていた。
「お、結構本の量が多いな…どんなのを読んでるんだ?」
僕も体が弱かったこともあり、部屋で暇つぶしのできる読書は好きだ。僕の一番の趣味と言っていいだろう。そのこともあり本棚の内容が気になってしまった。そして僕は本棚の本を見ようと手をかけた。
「ダメぇぇぇー!!」
「へぶぅ!」
僕が本を手に取った瞬間鈴奈が涙声で叫びながら体当たりしてきた。当然もやしの僕は鈴奈の体当たりでそのまま本棚に激突した。本棚の本が雪崩のように出て来たのは言うまでもあるまい。
「ちょ、横腹っ横腹がっ……」
「ゴ、ゴメン!」
流石にやらかした本人もこんなことになるとは思ってなかったのだろう。相当慌てていた気がする。痛みではっきり覚えてないけど。
「おーつー、おーつーぷりーず……」
「酸素くれ、だな。へへっ俺もやればできるじゃないか!」
少し前まで分からないことが分かるようになって嬉しいのはわかる、が黙れ。ドヤ顔で誇らしげにするタイミングじゃない。
僕ら三人がガヤガヤと騒いでいる内にちゃっかり恵美は落ちてきた本を拾っていた。
「ん? これって……絵本?」
「見ないでぇええぇぇ……」
本気で鈴奈が泣きそうだった。おそらく鈴奈が本棚の本を読まないように注意をする前に僕が本棚に手をつけてしまって焦ったのだろう。本当に申し訳ない。
「これは鈴奈ちゃんが描いたの? 絵、すごく上手ね。タイトルは……《太陽の咎人》……?」
恵美はそのタイトルと絵を見て少し腑に落ちない表情をした。僕は恵美の様子が気になったので何を感じたのか聞いてみることにした。
「どうした?」
「……うん、なんだか不思議と初めてじゃない感じがして……なんだろう。この感覚……なんだが嬉しいような、悲しいような」
僕も恐らくは恵美と同様の感覚だった。どうやら優輝も同じみたいだった。
「もう!勝手に私が作った絵本見ないでよ〜」
「え、あぁ、ゴメンゴメン……」
「この絵本まだ未完成なの。だから読むのは完成するまで待っててくれる?」
「……そうね、そうする」
恵美は持っていた本をそのまま本棚に片付けた。ついでに落ちてしまった本もみんなで協力して片付けた。片付けをしている最中、鈴奈は何か遠い場所……いや《世界》を見つめるようにして小さな声で呟いていた。
「運命って、本当にあるのかもしれないね……テル、エミ、グラド、そしてレイナ。あなた達の生まれ変わりはこうしてまた、巡りあったよ」
「グラ……ド……?」
その単語は懐かしい響きで不思議と馴染みの深いようにも感じた。例えるならそう、自分の名前のような……?
鈴奈の雰囲気はいつの間にかいつもの雰囲気に戻っていた。時々だが鈴奈はどこか別の《世界》を見つめているんじゃないかと感じる時がある。その時の雰囲気はルーシーにすごく似ているように感じる。二人の関係って……
話がそれてしまったな。とにかく本を片付け終わった僕は本題に入る事にした。
『ってしまった! 鈴奈だけに相談するつもりが恵美や優輝までいるじゃないか』
恵美には僕が《元の世界》に戻るかもしれない事を話していなかった。正直あまり言いたくもなかった。しかし何も知らせずにいなくなるのは卑怯な気がしてきたので恵美にも言う事にした。まぁ、優輝と鈴奈が付き合ってるのに優輝より先に鈴奈の家にお邪魔するわけにもいかないし優輝に関しては仕方ない。全部先生が悪いんだ!俺は悪くねぇ!(丸投げ)。
「とりあえずは鈴奈に僕の現状を伝えたいと思う。鈴奈にとって辛い話になる部分もあるけど、聞いてくれるか?」
「うん、大丈夫」
本人の了承もとったのでテーブルを時計回りで僕、恵美、鈴奈、優輝の順番で囲むように座った後、僕は話を始めた。
まずは僕が《元の世界》の住人であること、優輝が事故にあったこと、ルーシーの存在まで話した。
「そう……彼女、この《世界》ではルーシーって名乗ってるんだね」
「……」
やはり鈴奈はルーシーを知っているようだった。二人がどんな関係か、気になるところではあるが話が進まないので訊かないことにした。
さらに説明を続けた。次に話したのは《ifルート》であること、記憶の混線は嘘でしたゴメンなさいってこと。そして───
「僕は《元の世界》と《ifルート》、どちらに残るかを今日を入れて3日で決めなくちゃならない。で、その事を先生に相談してみたところ『私は当事者では無いから無責任な事は言えない、もっとみじかな人に訊いてみたら?』って事だったからみんなに相談しようと思った」
鈴奈はクスッと笑って魔王に対して言った。
「あの人らしいね」
「それも《世界の記憶》からそう思ったのか?」
鈴奈はかぶりを振ると言った
「ううん、これは私自身が感じ、思ったことよ。他の誰でもない、私だけの経験から感じたこと」
「そうか……そうだよな。変な質問しちゃったな、ごめん」
「気にしなくていいよ」
もしかすると少し嫌味な事を言ってしまったのかもしれない。鈴奈は《世界の記憶》を持っているからと言って彼女を形成しているのはそれだけじゃない。むしろ大部分は彼女自身がえた体験から鈴奈は形成されているんだ。《世界と記憶》は彼女の一部でしかない、と認識を改めさせられた。
「ところでどっちの《世界》に残るって話だけど」
「ああ」
鈴奈は少し考えてから言った。
「本当はあなたの中ではもう結論が出てるんじゃないかな?」
「え……?」
鈴奈の答えは僕の予想とは違った。
「多分だけど、きみは本当に選ぶべき道を知ってるんだよ。知ってるけど、迷ってるふりしてる」
「……」
僕は不思議と声を出せなかった。
「きみはどちらか《片方の世界》を……いえ、どちらか《片方の世界の私達》を見捨てるなんて出来ない……そう考えてるんじゃないの?」
確かにどちらかに残ればもう片方は僕がいなくなった《世界》となってしまう。それは別れを意味するし辛いことだと思っていた。
しかし鈴奈は流れを断ち切るように言った。
「それはきみ自身を自己満足させるための甘えだよ。迷わないとどちらかに申し訳ないから、罪悪感を感じるから、だから最初から答えを知っているのに迷ってるフリをしてる。そうする事で自分を保ってるんだよ」
「……!」
今度こそ図星だった。
「ちょっと鈴奈ちゃん!そこまで言わなくても……!」
「いいんだ!」
恵美が鈴奈に反論する前に僕は止めた。多分それは情けなかったからだ。他人の心配をする自分に酔って自己満足していた事が恥ずかしかったんだ。しかし、恵美は僕に向かっていった。
「よくないよ、だって私達を心配して決めれないって言ってるのに、それが甘えだなんて事は……ないよ」
恵美は辛そうな表情をしながらポツポツ呟いた。
「……もし甘えだとしても、辛い思いをするぐらいなら甘えたっていいじゃない」
しばらく誰も声を出さなかった。しばらくの間時間だけが刻々と過ぎていった。そして優輝はオレンジジュースを一口飲んだ後、言った。
「俺は正直、杭さえ残さなければどっちを選んでもいいと思う」
僕は優輝のいきなりの発言に驚いた。
「どうした……突然。話の内容が難しくてパンクしてたんじゃなかったのか?」
「失礼な奴だな。いや、まぁ二人だけに意見を言わすのは卑怯かなと思ってずっと考えてたんだけどよ……なかなかまとまんなくって」
寝癖全開で既にツン毛の領域に達した頭をガシガシと弄りながら優輝は言った。
「色々考えたけど、やっぱり鈴奈や恵美の意見が分かれたように人それぞれ考えは違うと思う。俺たちはお前に助言、というかまぁ、それっぽい何かを言うことはできる。でも決断だけはお前にしか出来ないんだ」
だから、と前置きをして彼は言った。
「自分が何をしたいか、それだけを考えてみたらどうだ? いくら周りが納得する答えでもお前が納得しなければ意味がないんだ。なに、理由なんてなんでもいいさ。だだ自分の納得できる道を選んでくれたら、後悔さえしなければそれでいい」
優輝の言葉にはやはり真っ直ぐ芯が通っていた。その言葉は優輝自身の生き方を表すものでもあったと思う。
「……三人ともありがとう。みんなの意見を参考に考えてみるよ」
「まだ今日を含めて三日もあるんだ。じっくり考えろよ」
僕は少し苦笑いした。
「……そうだな」
後三日しか無いんだよ、とは言えなかった。




