《その日》神に近い者
永遠に続く思考の迷宮。
答えの無い疑問に答えを求めても、行き着く先は間違いだけだ。
◆
あれからなにがあったのか覚えていないが僕は病院の椅子に腰掛けていた。
「優輝は!?」
連絡を聞いて来た恵美に状況を話した。僕が車に引かれそうになったこと。優輝が助けてくれたこと。そして、彼の命が尽きそうなこと。
僕の話を聞いているうちに恵美の目には涙が浮かび上がっていた。僕が話し終えると彼女はゆっくりと崩れ落ち、ぐしゃぐしゃの顔を手で覆い隠した。彼女は声を出さずに泣き続けた。
『よく耐えれるな……』
声を出さない彼女に対して僕はそう感じた。
しかしどう考えてもそうじゃないだろう。耐えてるんじゃなくて、耐えられなかったのだろう。声を出さないんじゃなくて出せなかったのだろう。そんな事も分からないぐらい僕自身も混乱してしまっていた。
泣き続ける恵美の様子を見ながら僕は考えていた。
『どうして僕が生きてるんだ? どうして恵美が泣かなくちゃならないんだ? どうして優輝がこんな目に会うんだ? どうして……? どうして……? どうして……?』
僕は力の抜けた足でふらふらと椅子から立ち上がった。倒れそうになったがなんとか堪えた。
「ちょっと外の空気をすってくる」
恵美に言い残し、泣き続ける彼女を置いて病院の外に出た。最低な行為だと思う。もっと他にすることがあっただろう。
しかし、この行動が僕の人生を変えた。
しばらくあてもなく歩いていると僕は工事中のビルを見つけた。ビルに吸い寄せられるように中に入った。
気がつけばビルの屋上の角に立っていた。真四角のビルの屋上は手すりではなく周りを少し高くすることで落下防止をするタイプらしい。それとも後で柵をつけるつもりだろうか。屋上の風はすごく強かった。痛いぐらいに。
「バカだな、僕は」
自殺をしようと思っていた。だけどできなかった。死ぬのが怖くてたまらなかった。だけど、それでも自分が生きていることが許せなかった。死ねないくせに。
ふっと言葉が出た。
「僕が死んで優輝が生きていればいいのに」
不自然で矛盾した、そして自分勝手なセリフだと思う。そもそも僕は死ぬことさえできなかったのだから。
『なるほど、それが君の願いね』
「!?」
どこからか女性の声が聞こえた。頭の中に直接届くとても綺麗で澄んだ謎の声。
『幻聴……か?』
『ふふ……初めて私の声を聞いたらみんな同じことを考えるね。かわいいな~もう……頭をなでなでしたいな~』
『……僕はこんな幻聴が聞こえるまで追いつめられていたのか』
このときは本気で落ち込んだ。
『あれまだ信じてない?』
『……死のうかな』
『わぁ~!! まったまった早まるな~!』
あわてた様子で女性の声は続けた。
『今姿を見せるから自殺はSTOP! STOP!』
ビルの端っこに突っ立っていた僕の後ろから光が溢れた。光はすごく暖かい、太陽の輝きに似た光だった。
驚いた僕は振り返って光を見た。凄く明るいのに不思議な事に目を逸らすことなく光を直視できた。光の中には影があった。光がおさまるにつれて影は次第に薄くなり、そこには一人の女性がいた。
鈴のような澄んだ声で彼女は言った。
「はじめまして、だよね? 私はルーシー。他にも沢山名前を持ってるけど君にはこう名乗らしてもらおうかな」
「……」
太陽の如く輝く金髪、海のように深く冷たい青い瞳と溶岩の熱い赤光を湛える赤い瞳のオッドアイ、月に似た白さと光を持つ肌。様々な矛盾を抱えた、不完全で完全な姿をしていた。だからこそとても美しかった。その姿は人間では無く、まるで《世界》そのものに見えた。
僕がいつまでも声を出せないでいるからか、そのまま彼女は話を続けた。
「あなたの願いを叶える力が私にはあるの」
我に返った僕は突然の告白に戸惑ったが、とりあえず様々な問題点は棚に上げることにした。この時の僕は事故のこともあって少し常識が麻痺していたみたいだ。
「えっと……優輝を治療する技術がある……そう言いたいんですか?」
寂しそうにルーシーは首を横に振った。
「それは私にはできないわ」
「……?」
「まあ順番に話しましょう。そうね…とりあえず自己紹介から始めようかな。私はあなた達の言う神に近い者なの」
「そう……ですか」
僕はなぜか簡単に頷いてしまった。頷かせるだけの何かが彼女にはあったからだ。
「だけどあなた達の言う神と違ってこの世界の人類を救う力は私にはないの。私にある力は一つだけ」
彼女はそこで言葉を切ると星の無い夜空を見上げ、続けた。
「《世界》を創る力」




