《その日》シャボン玉
《世界》を見た《その日》、僕は思った。こんなにも《世界》は綺麗なのかと。
そんな僕たち人間も《世界》の一部だった事に気づいたのは最近の事だ。
◆
「《世界》を……創る……?」
ルーシーは視線を僕に戻した。
「さて自己紹介はすんだし、これからが本題ね」
『いや、全然すんでないだろ』
僕が疑問を口にする前にルーシーは話を続けてしまった。
「それでね私の力を使ってあなたの願いを叶えることにしたの」
「……優輝は救えないんでしょう?」
「この《世界》の彼は、ね」
その答えはなんとなく予測していた。
「あなたの望んだ《世界》を用意したわ。《向こうの世界》に滞在するのは七日間。その七日間で《向こうの世界》か《こっちの世界》か、どちらに残るかを決めるの。どう?」
「いや、そもそも七日間も留守にするわけにはいきませんよ」
『七日間も連絡もなくいなくなったら立派な行方不明者だ』
なんてことを考えていたあたりすでに常識は崩壊していたようだ。他にもツッコミどころがあるだろ。彼女は常識破壊あたりの超能力者じゃないだろうか。いや、神様に超能力者もないか。
「大丈夫。《向こうの世界》に行ってる間は《こっちの世界》の時を止めるから。帰ってきたらタイムスリップ……なんてことないから心配しないで」
「時を操れるんですか? だったら……」
僕の言いたかった事がわかったのだろう。ようは時間を巻き戻して優輝を助ければいいのだから。ルーシーは少し考えて(推測だが何か、おそらく《世界》の構造などを調べていたのではないのだろうか)から首を横に振った。
「うーん、どちらの《世界》でも、無理ね。この二つの《世界》は創ったときにルールを決めたの、時間は進むか止まることしかできないって」
もしかして他の《世界》では可能なのだろうか? どちらにせよ僕には関係ないことではあるが。
「そう……ですか」
「ゴメンね」
ルーシーは申し訳なさそうに謝った。
「いえ……そういえば《向こうの世界》はどんな世界なんですか?」
「それは《向こう》で体験してきて。そのための七日間だもの」
僕の質問にルーシーはニコリと微笑んで答えた。
自信作なのか、本当に嬉しそうだった 。その笑顔は無邪気な子供にも見えたし、落ち着いた大人の笑顔にも見えた。改めて不思議な雰囲気の神様だな、と思った。
「それと、《向こうの世界》で一つだけ願いを叶えてあげてもいいわ」
「えェ!」
僕は驚きのあまりつい叫んでしまった。裏声になってしまったのは許して欲しい。
僕はルーシーの意図が読めなかったので質問した。
「そんな力があるなら優輝を直接直してくれてもいいんじゃないですか?」
「それは無理よ。《こっちの世界》は出来てから時間がたちすぎてるから《世界そのもの》が安定してしまってるの。だから大きな変更は不可能なのよ」
「そうなんですか」
《願いを叶える》と言うよりは《世界の形そのものを変える》と言った方がイメージが近いかもしれない。
実は僕はこの定義を少し疑っている。もちろんルーシーが《世界の形そのものを変える》事が出来るのは疑っていない。だがそもそも今いる《こっちの世界》がいつ誕生したのかが不明だ。
もしかすると《こっちの世界》もまだ安定してなかったかもしれない。まぁどれぐらいの時間で《世界》が安定するかわからないのでなんとも言えないのだが。
なんにせよ、この時の僕はルーシーの発言を少しも疑って無かったので彼女の言葉を鵜呑みした。
「でも《向こう》は違うわ。出来立てほやほやの超不安定状態。どんな願いも叶えられるわ」
「なるほど。例えば、剣と魔法のファンタジーに《世界》を作り変える事は出来ますか?」
「その程度なら何の問題もないわ」
「その程度って……」
冗談のつもりだったが意外と難易度は低そうだった。もしかしたら他の《世界》では当然なのかもしれない。
「ただし、願いを叶えるには条件があるわ」
「当然ですよね」
「願いを叶えたら《こっちの世界》に帰ってきてもらいます」
「……願い叶える意味ありますか? それ」
ルーシーはムッと子供のように拗ねるようにしてはブツブツとつぶやき始めた。
「だって悔しいし」
「は?」
「だって私が頑張って創ったのにその苦労も知らずにブーブー愚痴垂れる人がいたもん。まったく次の世界創造の参考にと思って……ブツブツ」
「……」
『子供か』
どうやらルーシーに文句をぐちぐち垂らした奴がいたみたいだ。後の人の事も考えて欲しいな。
ルーシーは表情を改めて言った。
「とにかくルールはわかったわね。それじゃ、行きましょう」
「いや、まだ行くなんて一言も……」
「レッツゴー!!」
ルーシーが叫んだ瞬間、床に僕がきっちり入るぐらいの丸い穴が開いた。
「え……ちょっ、うわぁああアァアあァァァア!!?」
僕は驚きすぎて頭の中がホワイトアウトした。僕は縦横にラインが入っている透明な管のような穴の中を落ちた。
「そんなに驚いていないで、周りを見渡してごらん」
ルーシーに声をかけられた僕は落ち着きを取り戻し周りを見渡した。
「すごい……」
真っ黒な空間の中に沢山のシャボン玉っぽい物が浮いていて中には数多の星が瞬いていた。このシャボン玉一つ一つがルーシーの言う《世界》なのだろう。この世でもっとも美しい光景と断言できるほど美しかった。僕は今もこの光景を忘れていない。この先の人生でも忘れる事は出来ないだろう。
「すごいでしょ。私の自慢の《世界》達よ」
しばらくすると流れ星に似た何かがシャボン玉に向かって進んでいった。やがて光はシャボン玉にぶつかり、シャボン玉は弾けて爆散し消えていってしまった。
「あれは?」
「ブレイカーね。《創造》を司る私と対の存在で《破壊》を司る者よ。私の……うーん説明しづらいな~。とにかく《世界》を破壊してる人よ」
『リアル破壊神様か。いや正確には神に近い者であって神様じゃないんだったか?』
僕が見た限りではルーシーに敵意はなかったので対立してるわけではなさそうだった。
「なんか……すごくおっかなそうですね」
「そうでもないわ、私が知る限りあんなに優しい人見たことないもの」
ルーシーは消えた世界があった場所を見ていた。後ろを向いていたので表情は見えなかったがその後ろ姿は悲しそうだった。
『ブレイカーか……あらゆる世界を創造し、見てきたルーシーが世界で一番優しいと断言した。いったいどんな人だろう?』
それはそうと、ずっと気になったことがあったので僕は質問することにした。
「そういえば途中から心を読んでないですね」
「直接姿を現してるときは心は読めないし、読む必要もないでしょ?」
ルーシーはニコッと微笑んだ。なんだかつまらない質問してしまった気がした。
ルーシーと話している内にシャボン玉との距離が近くなった。
「ん、そろそろよ」
「うっ……」
シャボン玉にぶつかった瞬間ドプン!と水に飛び込んだ時と似たような音がした。僕は《向こうの世界》に入ったのだ。無数の光と泡が僕を包みこんだ。シャボン玉の中は重い水の中にいるような感覚だった。
『あなたのことずっと見てるから話したいときや願いを叶えたいときは心の中で私を呼んでね』
僕の意識は溢れる光の中に溶けていった。




