《3日目》願い
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部屋には恵美と僕だけが残っていた。
そう言えば今思い出してみると優輝とはあまり喧嘩をしたことがなかった。軽い口喧嘩程度なら何度もあるがここまでになったのは初めてだった気がする。
恵美は窓の外を外を見ながら言った。
「気持ちは分かるよ。優輝に無茶して欲しくなかったんだよね」
「……」
「だけどあの言い方はちょっとひどかったと思う。人を助けたことまで否定することはなかったんじゃない?」
「人を助けて自分が死んだら意味ないじゃないか」
結局はそこだった。《元の世界》で僕は自分が優輝に助けられて優輝が事故にあったことを引きずっていたんだ。
「それはそうだけど……」
「……《ifルート》の優輝にまであんな目に合わせるわけにはいかないんだ」
自分の意思を確立させるために僕は恵美に聞こえないぐらいの声でボソッと呟いた。
「どうしたの?」
「なんでもない……一人にしてくれないか」
僕は勉強机に収まっている回転する椅子を強引に取り出して乱暴に座った。そのまま天井を見上げ目を閉じた。
「イヤよ。絶対一人になんかしない」
凛と芯の通った声が響いた。僕の思考は絶たれ、原因である声の出処を見た。そこには怒っているわけでもなく悲しんでるわけでもない、ただただ純粋な眼差しを向けてくる親友の姿があった。
「このまま一人にしちゃうと絶対自分のことを責め続ける。だから一人にしない」
「……」
唖然とする僕に対してはっきりと恵美は宣言する。
「一緒にいる。だから怒ってることも悩んでることも迷ってることも不安なことも、全部私にぶつけて」
さらに恵美は続ける。
「前は優輝のことを相談してもらったんだし、今度は私がする番……」
そこまで言った後、恵美は頭を振った。
「ううん、違った。やっぱりそんなの関係ないよ。悩んでる時や苦しんでる時はいつでも力になる」
最後に恵美は優しく微笑んで付け加えた。
「だって私たちは親友だもん」
こんな最高の親友がいたなんて、僕はどれほど幸せなんだろうか。
恵美に悩みを打ち明けたい、そう思う一方で《ifルート》のことや《元の世界》のことは言いたくないとも思った。
だけどそれはワガママだ。自分が傷つきたくないだけだ。
「ありがとう……ちょっと信じられないかもしれないけど聞いて欲しいことがあるんだ」
それから僕は恵美に今までの事を話した。
優輝が僕をかばって事故にあったこと。
恵美が病室で泣いていたこと。
僕が自殺しようとしたこと。
ルーシーの存在。
そして《ifルート》。
しかしこの時僕は《ifルート》と《元の世界》のどちらかを選ばなくてはならないことを言わなかった。これは優輝とは関係ない、僕がどちらにいたいかという問題だからだ。
「つまり、優輝が事故にあったのは僕の所為なんだ」
「……」
話し終えると恵美が白い透き通った手で僕の頬を優しく撫でてくれた。僕は突然のことに驚き、恵美を見つめた。
「優輝が事故にあったのは誰の所為でもないわ。それに優輝も鈴奈ちゃんも……もちろん私もずっとそばにいる。もうあなた一人に背負わせたりしないから」
気がつけば僕の目からほんの少し涙が出ていた。僕の中に溜まっていた何かがようやく緩んだ出口から少しづつ出ていったようだった。
「はは、なんでだろ。涙止まんないや……」
ゆっくりと落ちる涙がなんだかおかしくって笑えた。そっと恵美は手を繋いでくれた。その手からは暖かくて優しい温もりを感じた。
しばらくして僕の涙が止まった後、恵美の目を真っ直ぐ見て言った。
「ありがとう。恵美に話して分かったよ、本当はなにを優輝に伝えるべきなのか」
「どういたしまして。力になれたみたいで良かった」
窓の外を見るとまっ暗になっていた。家に帰って来た時にはまだ夕日が沈んでなかったので結構話していたみたいだ。
「こんな時間までつき合わしてごめん。家まで送るよ」
「ありがとう」
流石に暗い夜道を女の子1人で帰らせる訳には男としていかないので一緒に帰ることにした。まぁ一緒に居たかったってのもあるけど。
「そう言えば《ifルート》はなにを基準に作られたの?」
「言ってなかったっけ? 《僕の願いを叶えた世界》だよ」
「それは聞いたけどその願いってなんなの?それにどうしてルーシーは願いを知ってるの?」
「それは心が読めるからじゃ……」
「真相心理まで読めるのかな? もしかするとポロっと何か言ったんじゃない?」
「う〜ん……」
「まぁ、すぐには答えは出ないよね。また、ゆっくり考えればいいんじゃない? それじゃ、また明日」
恵美を家まで送った後、帰り道で僕は今までの事を思い出すことにした。
『そういえば僕はルーシーが出現する直前なにを考えてたっけ』
何と無くそんなことを考えた僕は直ぐにその答えを思い出した。
「そういうことか……」
むしろなぜ忘れていたのかと思うような、そんな簡単な願いだった。あの時僕はこう願ったんだ。
僕が死んで優輝が生きていればいいのに、と。




