《3日目》亀裂
命は一人じゃ支えることはできない。隣の誰かと支え合うことで命は保たれている。
自分の隣を見てごらん?きっと大切な人が見えてくるはずだから。
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全てがスローモーションになったような、そんな感覚だった。ゆっくりと動く時の中でただ一人、優輝だけが動いていた。車道に転がったボールを追い、今にもトラックに引かれそうな少年を助けるために、彼は一心不乱に走る。
その光景は皮肉にも《その日》に優輝が事故にあった状況と少し似ていた。
「やめ……!」
僕は優輝を止めようとした。だけど優輝の手には触れることすら叶わず、行き場を失った僕の手は空気をつかんだ。
「優輝ィィイ!!」
大声で親友の名を呼びながらキツく目を瞑った。僕はもう親友を失う瞬間を見たくなかった。いや、見れなかった。
耳を貫くような大音量のブレーキ音が辺りに響き渡る。しかし耳に襲いかかってきたこの音はあの時聞いた音とはわずかに違っていた。
「大丈夫、子供は無事だ!」
優輝は子供を庇いながら大声で叫んだ。そう、優輝は無事だったんだ。
「よかった……」
鈴奈は泣きそうになりながら安堵の声をもらした。それと同時にへたりと体から力が抜けた。
「大丈夫!?」
「うん……ちょっと驚いただけ」
恵美が声をかけた後に先生が鈴奈の体を支えた。どうやら鈴奈は腰を抜かしてしまったようだ。
「気ぃつけろ!」
「すみません」
優輝はトラックの運転手に謝った後、子供に何かを言ってボールを渡した。走って帰る子供に向かって手を振りながら僕らの元へ帰ってきた。
「死ぬかと思った……っと」
こっちに優輝が戻ってきた瞬間、鈴奈は優輝に勢いよく抱きついた。優輝を抱きしめたその手は怯えるように震えていた。優輝の胸に顔を押し当てて嗚咽をする鈴奈に、優輝は頭をそっと撫でながら優しく呟いた。
「ごめんな、心配させて」
「……もう私たちを悲しませないで」
「うん」
二人の様子を恵美は少しさみしげな笑みをしながら見守っていた。
しばらくして鈴奈が優輝から離れた。
「優輝、お前はもう少し考えて行動しろ」
僕は声のトーンを下げて言った。すると優輝は申し訳なさそうに、しかし笑顔で答えた。
「ごめん。だけどあの場で考えてたらあの子どもは死んでたかもしれないだろ?」
「お前が死ぬかもしれなかったんだぞ。今後こういう行動は慎めよ」
「死なない程度に気をつけるさ」
「違う。やめろと言ってるんだ」
優輝は僕の言葉に少し驚いたみたいだった。優輝の顔から笑顔が消え、真剣な表情で僕に質問してきた。
「それは子どもが死んでいたとしてもか?」
「……」
僕らはしばらく鋭い視線で睨み合っていた。そして僕は真っ直ぐ優輝の目を見て言った。
「そうだ」
それは冷酷な一言だった。優輝は少しムッと顔をしかめた。
「心配させたのは悪かった。だけど助けられる命まで見捨てる必要は無いだろ」
「わざわざ死のリスクを背負う必要は無いと言っているんだ」
「ちょっと二人とも……」
恵美が僕らを止めようとしたがもう遅かった。僕らの間に明確な亀裂が入る。
「助けられるなら助けた方がいいに決まってるだろ。怪我するのが怖いならお前は家にこもってろ」
「考え無しは単純でいいね。なにも心配することがなくてさ」
「んだと! この弱虫!」
「やる気か? 脳筋くん!」
「いい加減にしなさい」
辺りに響く凛とした大きな声で僕らの喧嘩を遮ったのは先生だった。
「自分の口にしていることをもっとよく考えなさい。じゃないと取り返しのつかないことになるわよ」
「……」
僕らが黙っていると先生は何処かに向かって歩き出した。恵美が慌てて追いかけて質問した。
「先生、どこにいくんですか?」
「どこって、帰るのよ。私の家近くだし」
「え? でも……」
「もう子どもじゃないんだから自分たちで解決しなさい」
そう言った後、先生は振り返ることなく帰って行った。
「……帰るか」
「う、うん……」
それから僕らは無言で帰った。僕の家に着くと優輝はさっさと荷物をまとめて帰って行った。
鈴奈も後を追うように準備をして外に出ようとして動きを止めた。そして僕に背を向けたまま言った。
「遊園地、楽しかったよ……みんなでまた遊べるよね?」
「……」
「もちろんよ」
僕が黙っていると恵美が優しい口調で答えた。その言葉を聞いた鈴奈はこっちにふりかえって少し笑ってから優輝の後を追った。
そして部屋には僕と恵美だけになった。




