第5話 みんな大好き案件
「そもそも簡単に配信といっても、やり方は分かるのか?」
配信を見ることはある。
魔装具の性能確認で、探索者の動画を見ることも多い。
だが、自分で配信したことはない。
「大丈夫です。私、個人で配信してますから。雑談とか、買った物の紹介とか、たまにダンジョンにも行きます」
桃が自信満々に胸を張った。
「初耳。見てみたい」
葵が桃を見る。
「言ってないからね。登録者も300人くらいだし、同僚に見られるのは恥ずかしい」
「恥ずかしいならやる意味ない」
「そうだけど」
「300人もいるなら十分じゃないか?」
俺が言うと、桃は少し困った顔をした。
「主任、優しいですね。配信者としては全然です。でも、定期的に配信はしているので力にはなれると思います」
それなら任せてもよさそうだ。
営業の知識がない俺が考えるよりは、300人を集めた桃の方が詳しい。
「会社の公式配信はすぐにできるのか?」
「さすがにそれはやりません。公式アカウント作るのに時間がかかりそうですし。今回は私の個人アカウントです」
「個人で会社の商品を宣伝するのか?」
「会社の許可は取りますよ。私の配信で紹介して、反応がよければ公式でも動画を出せばいいんです」
なるほど。
公式アカウントで失敗するよりはましか。
「配信の許可申請も、私が出しておきますね。今回はちゃんと事前に」
「今回は、ではなく今後もだ」
「総務主任に怒られてから、細かくなりましたね」
「俺だけ怒られたからな」
主任は怒られるのが仕事らしい。
「配信する場所は、桜坂ダンジョンでいいと思います。5階層までは初心者向けで、出てくるのもスライムとゴブリン。5階層のボスがホブゴブリンです」
「標準短剣の宣伝なら、ちょうどいいな。購入するのも初心者が多いだろう」
「そういうことです。初心者が実際に潜る場所で使った方が、性能も伝わりやすいですから」
そのあたりは、俺より桃の方が考えている。
配信を提案しただけはあるらしい。
「では、準備ができ次第行くか」
「申請が通れば、明日にでもできますよ。機材はありますし、撮影も私がやります」
「ずいぶん早いな」
「善は急げです。売れないまま待っていても、回収費用が戻ってくるわけじゃないですし」
その通りだった。
何もしなくても赤字は増える。
ボーナスも消える。
「私も行く」
葵が手を上げた。
「短剣が使われてるところ、見たい」
「配信で見ればいいだろ」
「いちじょーが戦うところも見たい」
「俺は見世物ではないぞ」
「配信するのに?」
言われてみれば、そうだった。
「桃一人に任せるのも心配なので、私も同行しますね」
茜まで参加を表明した。
「茜さん、私のこと信用してないんですか?」
「信用はしてるけど、桃ちゃんは思いついたら別の方向に走るから」
「今回はちゃんと計画してますよ」
「さっき思いついたばかりだろ」
俺が言うと、桃は黙った。
計画はしていないらしい。
「行くとしたら業務終了後だぞ?残業代でないがいいのか?」
「大丈夫ですよ。楽しそうですし」
「そもそもいつも残業代でない」
葵が付け加える。
悲しい事実を軽く言うな。
ブラック企業やん。
「分かった。申請が通れば、明日行く。ただし、遊びではないからな。目的は短剣の性能を見せることだ」
「分かってます。私が撮影して、主任が短剣を使う。茜さんと葵ちゃんには、必要なら補助をお願いします」
桃が手早く役割を決めていく。
普段から配信をしているだけあって、この件に関しては頼りになりそうだ。
「ちなみに、主任にも話してもらいますからね」
「短剣の説明なら任せろ」
「難しい魔力回路の話は、できるだけ控えてください」
「なぜだ。性能を理解するには必要だろう」
「必要ありません。見てる人が寝ます」
寝るほど退屈な話ではない。
魔力回路の配置によって、伝導効率がどれだけ変化するか。
非常に興味深い話だ。
「主任、今の顔を見る限り、たぶん何も分かってませんね」
「何がだ」
「明日は、私が横で止めます」
なぜ止められる前提なんだ。
◇
翌日。
配信の申請は、無事に通った。
会社公認の案件という扱いらしい。
お金は出ないが。
承認書の最後には、
『今後も必ず事前に申請してください』
と書かれていた。
念を押されている。
今回は何もしていないのに、すでに信用がない。
「主任、これを胸元につけてください。マイクです。浮遊カメラにも音は入りますけど、戦闘中だと声が聞き取りづらいので」
桜坂ダンジョンの入口で、桃から小さな機器を渡された。
胸元につけると、桃が端末を見ながら音量を確認する。
「何か話してみてください」
「改良型標準短剣は、従来型に比べて魔力伝導効率が五割向上している。回路の重複部分を削除したことで、製造時間と消費魔力も」
「もう大丈夫です。音は入ってます」
「まだ説明の途中だぞ」
「配信が始まってからお願いします。ただし、今の半分くらいの長さで」
短剣の説明を半分にするのは難しい。
必要な情報しか話していないからだ。
「配信タイトルはどうします?」
桃が端末を操作しながら聞いてきた。
「改良型標準短剣の性能試験でいいだろう」
「固いですね。誰も見ませんよ」
「内容が分かる方がいいだろ」
「じゃあ、『売れない短剣を主任が使ってみた』にします」
「待て。なぜ売れていないことを自分から言う」
「その方が気になるじゃないですか。売れない短剣が本当に使えるのか、見てみようって」
「悪い印象を与えるだけじゃないのか?」
「そもそも今は、印象すら持たれてません。知られてないんですから」
反論できない。
年に10本しか売れていない商品だ。
悪い印象以前に、存在していないのと同じだった。
「分かった。任せる」
「任されました」
桃の横で、浮遊カメラがゆっくりと上昇した。
葵は興味深そうに見上げ、茜は入口の先を確認している。
「それじゃあ始めます。主任、最初に自己紹介をお願いしますね。難しい話はなしで」
「分かっている」
「本当に?」
「俺を何だと思っている」
「魔力回路の話を始める人です」
否定できない。
「始めますよ。3、2、1」
浮遊カメラが俺たちを映す。
桃は一瞬で表情を変え、明るい声を出した。
「こんにちはー。モモちゃんねるへようこそ!ももです。今日は、なんとみんな大好き案件配信です!私の配信にも案件が来ましたー!」
先ほどまで普通に話していた人間とは思えない。
声も表情も違う。
配信とは、人格を切り替える必要があるらしい。
「実は私、桜坂魔装製作所ではたらいているんですけど、会社から案件を貰いました!桜坂魔装製作所の短剣がリニューアルされたので、実際に使って紹介していきます!実際に短剣を使うのは、桜坂魔装製作所第一製作課主任の一条翠さんです。主任、お願いします」
カメラがこちらへ向いた。
「一条翠だ。今回使用する短剣は、従来型から魔力回路を改善し、性能を5割上がる事に成功したものだ。詳細は省くが、回路の無駄を削除することで製造工程を短縮した。刃身には一般的な鉄系魔力合金を使用しているが」
「では、さっそく入ってみましょう」
説明の途中で切られた。
「まだ終わっていないぞ」
「長いです」
「必要な説明だ」
「今、視聴者が一人減りました」
俺の説明で帰ったのか?
「現在の視聴者は四人です。コメントも来てますよ。『どこの会社?』だそうです」
「最初に会社名を言っただろ」
「『初めて聞いた』」
「AMIの子会社だぞ」
「『主任、話が長そう』」
「まだほとんど話していない」
「十分伝わったみたいですね」
何がだ。
「とにかく入りましょう。戦っているところを見せれば、視聴者も増えるかもしれません」
桃に促され、ダンジョンの入口へ向かう。
短剣の性能を見せるだけだ。
説明するより、実際に使った方が早い。
「主任、戦闘中も感想をお願いしますね。コメントにも、できる範囲で反応してください」
「魔物と戦いながらか?」
「無理なら戦闘が終わってからでも大丈夫です」
それなら問題ない。
武器の性能を証明するだけなら簡単だ。




